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司馬懿はどうしてメジャーになれないのか?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 18:38:08 ID:roMK96qx0
ちゃんと評価してやれ

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 18:51:07 ID:f5mjgOxqO
おつ

3 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/25(水) 20:20:01 ID:uKFqq/0n0
坊やだからさ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 21:44:55 ID:Eakzsupx0
というより何故某歴史SLGではジジイ顔なのか

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 23:41:31 ID:roMK96qx0
>>4
ボケ老人話が有名だから

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 15:14:20 ID:9CRnPPRU0
俺は仲達は嫌いだ。
人気がないからじゃないか?

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 18:30:56 ID:msxHgFbzO
充分メジャーだと思うけどね
なんか陰険なイメージがあるから人気無いのかもね

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 18:36:15 ID:PSsht4zP0
吉川御大と横山御大のせいで出ると負け将軍だと思われているから

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 10:56:52 ID:BavDBui30
三国演義で、諸葛亮が主人公正義の側に置かれている以上、
どうしても、司馬懿は悪の側に回らざるを得ず、これは仕方のない問題。

また、後の簒奪へと繋がる魏の事実上の乗っ取りも行っているので、
こういう点でも、野心家ということで、人々からは嫌われる原因ともなっているのだろう。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 13:24:58 ID:5ZA7Fjqp0
孔明が悪い奴という作品が出ればな支持が上がるのだろうけど
実際、無理な北伐とかして蜀の民にはどう思われてたんだろ

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 14:17:05 ID:ZB/RNaZw0
慕われていたとおもうよ。

魏の打倒のための国家が魏を討とうとしなかったらそれこそ失望されるもの。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 16:52:34 ID:0CnKDMPQ0
魏への討伐を行わない蜀に存在理由はないからね

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 01:20:16 ID:B0dY5zbh0
>>11
魏の打倒のためってのは、上の方が言ってるだけで、民衆の意志じゃないでしょ。
北伐がなくなっても「最近兵役がなくて楽でいいなぁ」くらいにしか思わないだろ。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 10:46:02 ID:26deI4230
人気はあまりないだろうけど、
メジャーという点じゃ、十分メジャーだよ。
三国演義のおかげでね。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 15:33:25 ID:hcpApT7t0
芝居がうにコードのせいだよ

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 01:27:32 ID:0mlzsPSx0
司馬懿

>>15
普通に出るぞ

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 23:49:11 ID:xrpsZy9D0
>>16
普通はでないよ
司馬い い がでない

司馬懿が主人公の小説とか作品ないのかな?
陳寿以外で

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 00:10:43 ID:Vdl8wGa10
悪役だからと言うが、同じく悪役の曹操は結構な人気だぞ

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 18:26:05 ID:xlysfc4D0
他の時代の人物に比べりゃ、充分すぎるほどメジャー。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 20:19:44 ID:X0/J9iri0
>>17
漫画なら火鳳燎原。
でもこの作品はもう一人主人公がいて、司馬懿よりもそのキャラの方が
目立ってる。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 18:59:56 ID:bqBESAl20
それ見たことある!司馬懿が主人公で驚いた

司馬懿カッコイイのになんでメジャーになれんかな?
やはりクーデター起こして、国を乗っ取っちゃったからか・・・
曹操さまは人気あるのにな〜

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 19:09:44 ID:THSjT2jhO
何を考えてるのかよくわからないイメージがあるなあ。
有能なのは間違いないと思うけど

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 20:58:24 ID:9qDtxrCs0
司馬懿のイメージは、例の人形劇ですかね。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 21:38:35 ID:LlaFp+0bO
コピーバンドがメジャーデビューできる訳なかろう!!

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 23:28:39 ID:qnEyoaMI0
司馬懿の父司馬防って、曹操を都尉に推挙した人物らしいね。
妙な縁がありますな、曹操と。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 10:19:38 ID:S6FTw7HW0
司馬炎よりメジャーだと思う。晋の初代皇帝よりメジャーなら十分だろ。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 12:24:35 ID:/i/eXUl5O
みんな判官贔屓なのさ

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 18:03:19 ID:QvRYMu3p0
>>23
あれはひどかったww

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 22:58:11 ID:xw76JA4X0
人形劇の司馬仲達、しかめっ面の
意地悪そうな感じが良かったけどな。

あと、BSでやってた中国中央電視台制作?の
「三国志」の司馬仲達も良かった。
日本語の吹き替えが野沢那智なのも○
野沢仲達は嫌らしさと悪賢さが醸し出されていた。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 15:24:12 ID:d4A5FXxfO
物語の主人公として、仲達と曹操を比べた時、曹操には旗揚げから死ぬまでに戦場での活躍をメインに出来るからやりやすいけど、仲達は戦場で指揮するのが遅いし、対孔明戦でも華々しく撃退するでもないし、対公孫淵戦は相手が小物過ぎる。

孔明は悲劇の主人公路線が可能だけど、仲達はどう頑張っても無理だし。

やっぱ、物語の主役をはれないと知名度向上やイメチェンは無理じゃないかな。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 16:33:25 ID:aVrjdx9Q0
>>30
活躍してるけど、地味なのがいけないよな。
諸葛亮との決戦での結局のところの勝因が諸葛亮の死なんだし
公孫淵は配下が優れていることが挙げられても、公孫淵自体のネームバリューがない。

別に地味じゃないと言えば地味じゃないが
じゃあ主役張れるか!と言われたら張れないと思う。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 16:59:10 ID:aOv3jnhCO
司馬炎より有名でも
恵帝よかマイナーかもしれん

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 03:10:46 ID:xf7YFRRkO
一つ言っておくが、横山三国志の司馬懿は、全然悪者じゃないぞ
ライバルの孔明を尊敬してる
司馬懿の死に際なんて、あの世で孔明に教えをこいたいなんて言って感動する
クーデターにしても、自分の身を守る為に、仕方無しにやったって感じ
皇族側が非皇族側を排除しようとしたから>例のボケ老人の話

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 08:57:24 ID:ZLoz++XD0
でも悪人イメージ
例のボケ老人も狡猾な印象を持った<横山

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 09:48:45 ID:+2A7jxos0
もともと野望なんてなかったんじゃないかな
曹操が強引に招聘しなければヒッキーだったし
一生懸命仕事して売られた喧嘩買ってたらいつのまにか一番の権勢を持ってたみたいな
曹操も禅譲考えてなくて曹丕が実行したみたいに
司馬師、司馬昭の野心が司馬懿の人物像に影響してそう

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 09:51:03 ID:7s6xctnv0
司馬懿太朗

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 10:42:08 ID:xf7YFRRkO
>>34
俺は魏延を焼き殺そうとした諸葛亮の方が恐かった

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 17:22:06 ID:K4niwXe9O
>>36
シバイたろうか?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 18:51:37 ID:00Sh5nIv0
ホンマ生れついての喧嘩屋やで!

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 19:21:48 ID:S7/lFRUs0
司馬氏の晋は中国史上もっとも陰険に帝位簒奪を実行した王朝。
爽やかさに欠けること甚だしいから、メジャーになれないんだろう。

参考図書:井波律子氏の各著作

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 21:39:23 ID:yg+JbX+u0
そうか?五胡十六国とか南朝の方が酷いぞ。陰険というより冷酷だが。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 23:36:00 ID:QGISOO+d0
陰険で華やかさもない

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 01:37:08 ID:Yh2H2EI3O
西太后とかもこえーし

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 21:42:13 ID:rKBpgMqq0
>>1
来オフにもポスティングでメジャーらしい

ソースは東スポ

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 09:35:22 ID:xwLxbRj00
>>38
(^ω^;)

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 13:16:57 ID:dzmy8KXgO
>>40
スレ違い、それは息子に言え

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 00:35:28 ID:s8mXn5lx0
司馬炎は孫では?

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 01:19:06 ID:7U7hhQBtO
>>47
その親父が爺さん以上に野心バリバリだったってこったろ

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 02:29:13 ID:HlAktJXf0
司馬炎が無能だとしてもあの状況じゃ簒奪できたからな。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 04:36:23 ID:kWldCtjJ0
司馬遼なら司馬懿を主人公で書けるだろうし、書きそうだとおもった。
あの人、勝者目線大好きだからね。結果論的なのがw
まあ三国志は陣さんが書いてるから書かなかっただろうけどね。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 13:15:27 ID:12T38ANq0
ソープ北方先生には芝居中辰を主役にした小説書いてもらいたいもんだ

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 21:43:01 ID:rrbiZvvS0
司馬遼は司馬懿みたいな陰性(っぽい)キャラは得意じゃないのでは。
家康も主人公にしたのは書いてないよね。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:02:26 ID:VuQOP4Bl0
中国が長らく異民族統治国家へと成り下がったのは元はと言えば司馬懿のせいだろ

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:29:45 ID:VuQOP4Bl0
>>52
つ覇王の家

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:32:57 ID:K3j/CdUKO
>>53
曹操だろう
烏丸、匈奴、テイを内地に移住させたのが元凶じゃないか

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:35:06 ID:VuQOP4Bl0
そうそう。書いてから気付いた

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:39:39 ID:VuQOP4Bl0
異民族を流入させた八王の乱は内部権力争いという司馬一族の家風を作った
一族の長、司馬懿のせいということでここはひとつ

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 22:40:39 ID:VuQOP4Bl0
書いてて何を言いたいのかよくわからなくなった。
糞して寝るか。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 00:11:45 ID:95KQxqrhO
北方司馬はマゾ設定で可哀想だ

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 19:02:05 ID:8VXak3QyO
陰湿に曹魏を乗っ取り朝廷を設立し、最後はみっともない崩壊した王朝のパイオニアだからな〜司馬懿がマイナーなのは。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 07:58:14 ID:yGMZn3wC0
八王の乱は陰湿過ぎて泣けてくるな。
アホかこの一族はと

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 09:42:18 ID:D8dtpChV0
みっともないよな・・・・・
曹魏のほうがマシ

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 11:57:30 ID:VYA4XmyqO
司馬懿は関係ねーだろ

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 12:32:25 ID:wpuhjUh7O
朝廷に対する陰湿さなら曹操も負けてないと思うけどな

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 12:42:35 ID:pt2AQlph0
曹操と信長は対比できるけど、
司馬懿は秀吉とも家康ともタイプが違うんだよな。
強いて言うなら成功した石田三成かな。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 13:04:54 ID:NsOu2mdy0
>>55
烏丸はそうだが、テイ・キョウや匈奴は後漢のころからすでに内地に移住していて
政治問題化していた。劉淵を出した南匈奴だって、献帝の東帰の時点ですでに介入
してきている。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 13:38:41 ID:7FY29TvY0
司馬懿は簒奪者というけど
簒奪の方向に動いたのは息子二人だしあくまで魏後期の重鎮じゃね?
本人はどっちかと言うと保身しか考えてなかった気がする

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 14:25:17 ID:LfbQZIuP0
>>67
それはないと思うけどな
強引に大逆罪にしたてて曹爽の三族・一味をごっそり処刑してるのを見るととても野心なしには見えない
自分の代での簒奪は考えて無かったかもしれないが

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 15:17:44 ID:wpuhjUh7O
>>66
問題化してたのを追認どころか推進したわけだ

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 16:26:05 ID:eAI6Tt50O
陳御大風に言えば
「身を守る為には皇帝になるしかない」
ってトコかね
そうなった原因は曹爽の司馬懿潰しだけど
さらに遡れば曹爽と劉放・孫資に遺言を踊らされた曹叡
つーか曹叡の寿命が短すぎたどーしよもない部分から始まってる


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 18:49:10 ID:VFyESgINO
>>70
はげどー、曹叡があと35年位は長生きしてくれたら。

>>64
明帝と王導の会話を参考にしたら司馬懿は関係あると思うな。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 22:31:38 ID:yGMZn3wC0
子孫がアホばっかりだったのが残念
息子の代まではかしこいのがいたのに

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 01:34:13 ID:GfPiaBi50
司馬一族は漢民族から見たらただの国賊だろ

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 02:46:37 ID:A2Ag6ZRi0
224 名前:世界@名無史さん 投稿日:2005/08/20(土) 03:40:01 0
>222
>東晋の皇帝たちが皆せめて50歳ぐらいまで生きてたならば、
>六朝史は随分と違うものになってたんだろうなぁ。

何だかんだ言って成漢があれだけ保ったのも、李雄が長生きしたのがまず
大きいもんなぁ。もちろん、劉宋文帝や梁武帝みたいに晩節を汚しちゃった
例もママあるが、皇帝の長寿は、政権の安定化に概ね結び付くものだ。

もし曹丕と曹叡が二人揃って60ぐらいまで生きてたら、司馬懿の出る余地は
まず無かっただろうな。(でもまぁ、仮に文帝・明帝が長寿だったところで、
その後の歴史の趨勢から見て、八王の乱や永嘉の乱に類したものは
明帝の次かさらにその次の代あたりで確実に起こっただろうが。)

225 名前:世界@名無史さん 投稿日:2005/08/20(土) 17:52:49 0
八王の乱は曹魏政権じゃまず起こり得ないだろ
あれは曹魏の失敗を見た西晋が皇族にしっかり力を与えた故に起こった乱じゃないかね

226 名前:世界@名無史さん 投稿日:2005/08/20(土) 20:22:07 0
>225
乱の根本的な原因は、あくまで九品官人法(とりわけ州大中正)制定以後の、
出世ルート途絶による寒門層の不満爆発にあるわけなんだから、諸王に軍権を
与えて要所に配置したっていうのは、せいぜい事件の引き金にすぎないと思う。

故に、もし仮に曹魏が存続した場合でも、史実で衛権らが進言したような九品官人法改革が
行われない(=寒門層の不満を和らげない)限りは、例え史実の晋のような軍権を保持した
諸王の存在が無くとも、外戚なり異民族なりの抗争に乗じて、史実における王浚らのような
各地に割拠した姦雄たちが(配下の将校や在地不満寒門層に推戴されて)挙兵しただけだろう。

あと、八王の乱はともかくとしても、永嘉の乱の方はほとんど歴史の必然だと思う。
胡族の流入はそれこそ後漢中期以来の趨勢だったから、江統の『徙戎論』のような
根本的解決策さえも机上の空論でしかない以上、胡族の挙兵はもはや時間の問題。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 09:39:17 ID:UHNXlZWH0
陸抗最高!

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 18:28:28 ID:y4u+z/tU0
曹丕に関して言えば寒門登用を軽視してたとは思えないけどな
結構改革気質だから>曹丕
曹叡はバランス型で治世は上手くいくけど、問題点を残したまんま死ぬタイプ

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 09:51:26 ID:zcSUYwlu0
夏候家も親戚だから冷遇されてたの?

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 20:11:36 ID:1lEsRQey0
>77
kwsk

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 09:29:07 ID:0EIdHXP30
普通にメジャーだと思うけど

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 11:11:52 ID:Ph73ZbEd0
日本では三国志のおかげでメジャーだよな。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 10:28:08 ID:Ng76660Y0
逆に三国志に伝(本紀?)が立ってないから、パッとしないんじゃない?
俺は司馬三代の戦いは、兵法の「勝ってのちに戦う」を地でいってると思うが
それは「有利な状況を作れれば負けてもOK」ということだから華々しい活躍にはならないよな・・・

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 12:17:29 ID:qTBBcLA30
司馬懿スレ
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1167793942/l50

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 08:03:13 ID:gq8En2Pg0
司馬家って戦国時代からの名門の家だと聞いた

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 21:02:53 ID:YQ0fBVe40
八王の乱(笑)

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 13:18:08 ID:Z/l5BCd80
司馬亮

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/15(月) 19:01:22 ID:3VfaK6F80
ふつうにメジャーじゃん

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 23:30:58 ID:/JWYzBB80
三国志読んだことない人が
「三国志の有名人物と言えばシバイ」
とは間違っても言わないので
メジャーじゃないでしょ

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 01:20:05 ID:fXNYpIda0
悪いけど、充分メジャー。
司馬懿より功績高いけど、司馬懿より知名度低い人物なんて歴史上にいくらでもいる。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 04:41:57 ID:NCWSj9l+0
中国の歴史でも三国志ってかなりメジャーだから、その恩恵を受けてるだろ
ただ>>87のいうように三国志の有名人物、英雄、好きな人物と言われてシバイの名をあげる人は少なそう…というよりいなさそうw

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 09:44:21 ID:2pXrWMqB0
司馬懿は受け

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/29(月) 21:47:07 ID:HYHFOzo20
(> <)私もそう思いますー

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/31(水) 09:31:11 ID:uTkoOlnE0
腐女子が沸いたな

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 13:10:49 ID:ru5o6rh90
>>88
司馬懿ヲタは、司馬懿の知名度が、
劉備や曹操、諸葛亮らと並ばないと納得しません。
特に諸葛亮とはW

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 19:52:43 ID:CXU3Az0WO
蜀軍に捕まり
関羽の神技に悶え
張飛の乱暴に乱れ
馬超の馬なみのマラで口淫され
黄忠の老練の手淫に濡れ
趙雲に赤子をあやすような優しさに恥辱を覚える

司馬イ『ら、らめぇ………!』

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 21:29:31 ID:XWs0bv7u0
(  ;ハ;)イイハナシアルー

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 01:30:35 ID:Wp3sCcEh0
司馬懿ファンクラブでも結成するか。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 02:27:42 ID:XgwC97Yg0
>>96
腐女子厳禁なら参加したい

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 13:26:04 ID:vnsFJKBr0
むしろ腐女子歓迎(^ω^ )

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 09:46:03 ID:2G82jKz90
曹丕受けでw

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 04:00:40 ID:rlwx+SQX0
100

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 02:30:01 ID:B7SzZV7Z0
101匹司馬懿

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 11:39:51 ID:HXuylBPk0

>>101

(^ิิ౪^ิ) ウシシシシシ

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/07(水) 23:50:08 ID:pmuyLG0K0
司馬懿と言うか、司馬一族の印象が悪いのは、
群雄割拠の状態を勝ち抜いて天下を得たのではなく、
既に魏によってまとめられた天下を簒奪したからだろうな。
それに、演義で諸葛亮の敵役にされたのが致命傷となった。


104 :pgf@n99:2007/03/08(木) 20:46:33 ID:hLL63fo/O
≫103
同感。孔明が相手となると、孔明の支持の方が圧倒的でしょうね。
司馬懿の方が個人的に好きですが…。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/10(土) 02:30:48 ID:g7m6adwIO
日本で家康に人気ないのと同質の理由だろうな、似たやり方でトップになったりするし。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/11(日) 02:15:50 ID:V3XVMx/00
チャンスをモノにするって凄く難しいことなのにね

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 23:55:11 ID:vmMeqhK/0
>>1
それは性格が陰険だから。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 11:22:15 ID:KBQ7hwKc0
逆説的に言えば保身に失敗してたら人気高かったかも。
どっちにしても良い主人を立て続けに失った可哀想な家来とも言えなくも無い。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 13:01:35 ID:VCwNSQ/00
三国志演義の場合、終盤にしか活躍が無いからね。
そりゃ敵役としても人気は出ないだろう。
ほぼ全編出ずっぱりの曹操ならともかく。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 19:43:11 ID:0xWaZ3lJ0
曹丕が即位後もちゃんと長生き(というか並の寿命)していたら、きっとしばいも幸せだったと思うよ

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 22:10:31 ID:C+L6sR030
そうかぁ?

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 23:47:49 ID:UAfQOV28O
>>110
曹叡も忘れちゃいかんよ。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 22:29:36 ID:15/sKfxL0
この男の芝居はアカデミー賞級

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 22:56:13 ID:62JLbl5H0
>>113

アウアセフセ・・・アウッ!

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 21:19:05 ID:0yQRxrqm0
>>113
そういうことは夏に言え

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 07:05:30 ID:pQAiPJlN0
(^ิิ౪^ิ)

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 09:12:05 ID:QG5cYtCv0
司馬一族ってさ、曹一族と比べても異常者が多い印象があるな。
死んだ愛妾を文字通り「喰っちゃった」奴もいるし…。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 11:01:46 ID:PNPzrHDo0
今の価値観と昔の価値観は同一に語れないっしょ

昔でも異常だったのかもしれんけど

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/25(日) 11:06:42 ID:IDqi/XDw0
きんもー

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/03(火) 09:31:04 ID:KsGrP8R80
わかってるよw

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/03(火) 19:38:33 ID:n+0A6W+k0
>>117
まじでー

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 17:57:33 ID:cYw1jlVl0
>>117
あるあるwww

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 19:24:55 ID:TyomPU4p0
こいつって軍事政治人事ぜんぶ天才的にこなすのに、詩だけは子ども並みに稚拙だったんだよな

なんかおもしろい

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 21:23:38 ID:Vlr6D1L60
「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の故事を読めば読むほど
諸葛亮よりも司馬懿の方が軍師としては上だったと思えてくる。

蜀の補給難を読みきって引兵拒守することで味方の損害をゼロに抑え、
女物の服を贈られるといった見え見えの挑発には決して乗らず、
病床をおして激務をこなす諸葛亮の様子を聞いて仇敵の死を予言。

蜀軍が反撃の構えを見せたときに危険を冒さず深追いを避けたのも
組織の危機管理として正解だし、それを民草に「逃げた」と揶揄されても
「わしゃー、死んだ者の策までは読み取れんわw」と余裕をかます。
現に存命中の諸葛亮の策は全て手に取るように読めていたわけで……。

そんなわけで俺は『三国志』全編の中でも、特に司馬懿のファンである。
だから(贔屓が入るんだけど)「司馬懿はメジャー」に一票w

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/07(土) 23:12:35 ID:N36CcAaV0
>>123
mjd!

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 02:09:52 ID:/v/LzJsE0
大企業で出世街道を極めるのも弱小企業を率いて大敵に伍するのも両方偉大。
ただ孔明は機会に恵まれずに実力相応の本懐を遂げられず、
ただ保身のみの仲達はゆるゆると晩節を全うした。それだけだ。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/09(月) 03:16:20 ID:k7Gt170f0
機会に恵まれなかった人間の実力相応って
ただの妄想以外の何物でもないな

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/09(月) 20:20:55 ID:q4gm6j9S0
司馬懿は十分成功者

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/10(火) 13:40:02 ID:hnF4leBG0
>>126
五丈原以降、その後の司馬懿の政治家人生を見てみれば、
「ゆるゆると晩節を全うした」などとはとても言えないはず。
遼東征伐とか曹爽誅殺とか王淩の乱鎮圧って知ってるか。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/10(火) 21:20:11 ID:9k/vc8030
本人はもっと生きたかっただろうな

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 16:46:33 ID:YsKIU9Hs0
>>124
張郃

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:10:57 ID:4B5F/8M70
司馬昭の命令で賈充率いる軍勢にあっさり首を取られた皇帝曹髦

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:28:31 ID:Zcn2JMgw0
吉川は微妙だけど横山三国志の司馬懿はかなり愛を注いで
描写してもらってるのが傍から見ててわかる

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 20:59:27 ID:X/WE5k/tO
諸葛亮孔明
司馬懿仲達


「懿」の字が難しいからメジャーになれないんだと思う。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 09:27:17 ID:92ZAkrg80
わははこやつめ

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:25:00 ID:AXJcUfkY0
子孫が最悪だしね
親戚同士で殺し合いして異民族に国奪われてちゃな・・

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:38:01 ID:q+fxLSCu0
骨肉の争いだな。でも統一勢力でそれをやっちゃあね・・・・

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 13:12:54 ID:iTshHaA10
司馬懿と袁紹って似てない?

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 20:50:31 ID:7BM+ZRaL0
似てない

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 21:27:22 ID:T+5mRRKZ0
どこが似ているのか?と逆に聞いてみたい。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 20:39:42 ID:oq9sX/3C0
マジレスすると、後世に残るような名言を一つも残してないからじゃないか?
何処までも実務畑の人で、リアリストのイメージが。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 10:38:33 ID:6AdcJFKE0
>>1
有名sだお

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 10:51:22 ID:usDVcAUh0
オレ的には
蒼天司馬懿が最高だと思っている。

あの司馬懿と変態との決戦が見たかった。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 00:07:51 ID:lhY2KD19O
>>134
の理屈にワロタw

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 09:23:01 ID:igYwXFn00
司馬炎のほうが有名だな

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 02:25:44 ID:Aqp01ZhfO
懿懿懿懿懿懿懿懿

この字が怖い‥

曹沖が長生きしていればと思う今日この頃

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 16:45:09 ID:sIbiRbSf0
かっこいい字じゃないか 懿懿

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 20:44:00 ID:Aqp01ZhfO
懿とか蟹とか怖い((゚Д゚ll))

でもこのスレに出会ってから司馬懿の事少し好きになれた気がする‥
だから司馬懿FC「竹林のry」

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 16:07:01 ID:HLa/fWdh0
三国志・蜀将討議スレッド17
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1180445040/


150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 09:46:06 ID:eTykPB9i0

150get!

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 09:22:54 ID:Bivcvo6H0
とっくにメジャー

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 18:42:49 ID:FEajn5RZO
懿←この文字が恐い(嫌い)な人に教えてやろう。

懿は美徳を表し、懿徳だと夫人のもつ美徳となり優しい文字てある。

解ったかな?

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 11:44:28 ID:GYSV2HgU0
懿とプリントされたシール持ってるが『BEAUTY』とも書いてある。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 20:07:20 ID:Cbko1KPIO
つまり司馬ビューティと。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 03:17:59 ID:pB3fZvEe0
むしろビューティ司馬の方が語呂良いな

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 09:02:30 ID:gdlqvwwO0
なんという女子レスラー

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 20:43:32 ID:DYURc18n0
新北京プロレスか

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 00:08:53 ID:gJD+BONX0
最近の女子プロレスラーはかわいい子も増えたねぇ

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:02:05 ID:oTR7bo/WO
このスレはどこに流されるのやら‥

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:13:51 ID:AQzf7ZTj0
NHK国際放送中断事件

http://www.youtube.com/watch?v=RK9jLHB6sZw&mode=related&search=

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:13:57 ID:0qd6lpwg0
司馬懿大好きだから、子供できたら「懿」の字を名前につける。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 21:54:39 ID:9cjNvKQ8O
>>161
瑜懿ちゃん
う〜む‥「懿」って使える感じなのかな?

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 22:03:18 ID:NtaoAVXW0
>>161
「仲」「達」の方を使ったがよくね?

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 00:38:40 ID:wZAfz8KuO
魏王朝の将軍に昇格した司馬懿(仲達)が10日、当地での対蜀戦で初めて
メジャーになった。グレーの衣裳に皮甲なしの姿で合戦開始の約3時間前に
兵車で戦場入り。「こんなにうれしいことはない。自分の采配をしたい」と抱負を述べた。
合戦前には幕舎で各将兵と並んで座り談笑。漢字「司馬」の入ったグレーの
ビジター用旒旗は立てていなかったが、「(旒旗は)合戦前に1人でゆっくり
立てたい」と笑顔で話した。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 00:39:44 ID:8yzAeoJDO
ビジター用ワロタ

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 01:20:51 ID:uNUZe7rzO
仲達=仲代達矢の略

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 06:52:54 ID:NwfJkzrqO
>>164(ロイター)

「懿」という字の印象が変わったところで首相の「懿の国」発言。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 14:16:44 ID:DMgqUN9H0
161ですが、
>>162
懿の字は、自分は男の子にしか使わないと思います。懿●って漢字に
多分名前の一文字目に。西太后もたしかこの字で「懿貴妃」と呼ばれていた
ような気が。どこかで「懿」の字はずる賢いという意味もあると小学生の
時本で見た気がします。これからの世の中、ずる賢いと言われるくらいでは
ないとやっていけないと思うので、姓名判断的にいい文字数内に収まるなら
懿の字を使いたいです。あとは、魏の陳羣や荀イクがすきなので彼らにちなんだ
名前でもいいかもと思っています。まだ、予定もなにもないですが、遠い将来。

>>163
八人作って「八達」やってみたいと思っていました。夢だけど、難しそうです。
仲だと、どんな名前があるかなと考えましたが、今のところ思いつきません。
子供の頃司馬遼太郎がペンネームと知らず「日本にも司馬さんいるんだ。司馬さんと
結婚して懿っていう名前付けてみたい」と思った三国志馬鹿です。



169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 18:16:07 ID:NwfJkzrqO
162です
>>168は誠実な方ですな
司馬さんがペンネームだというのは知りませんでした‥
八人は無理でも二王なら叶いそうですね

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 19:53:43 ID:JJxV70KE0
八人だと八王の乱が起こるかも知れませんしな。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/13(水) 09:40:31 ID:wi+95yfx0
おっと・・・・・

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/13(水) 18:52:50 ID:1v6DziMJO
「美しい懿」で流行語。語尾ちょっと置いてく感じで。

シバチューピカピカー♪

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:09:41 ID:WyE+oqGA0
逆にメジャーな司馬懿とか司馬懿らくしない
孔明のライバルとか、やられ役とかそんなんばっかり
ただ、今なお人を騙し続けてるというのは凄いと思う こいつには勝てん 本当の勝ち組
当時の人を騙し、今の人をも騙し続けてる 最強すぎる

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:11:35 ID:RmuC+hV50
>>172
( ^ω^) きんもー☆

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:17:50 ID:WyE+oqGA0
【調査】 “好きな「三国志」の武将ランキング” 
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1176114347/

司馬懿10位 結構人気あるじゃん
曹操陣営なら2位(曹操抜いたら1位)だ

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:29:34 ID:NaWhwiigO
無双の影響では?
某所のコミュニティ人数が三国無双の武将の中でトップらしい

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 09:05:51 ID:+Xnm0tKr0
三国志ブームを当て込んだ筑摩か岩波あたりで、
晋書の邦訳を出版してくれないかなぁ・・・。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 22:26:00 ID:sJQS6rdaO

史紀:岩波・筑摩
漢書:筑摩
後漢書:岩波
三国志:筑摩

晉書は、果たしてドッチなんだか・・・とにかく我々が生きている間に早く出版して欲しいね。
可能なら筑摩で・・・頼む。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 19:59:08 ID:YCHequ9m0
前四史に比べると晋書はどうしてもマイナーだから、
岩波や筑摩みたいな一般の人文系出版社じゃなくて、
漢学専門の汲古書院から出るっていう可能性もあるな。
ちょうど渡邊義浩氏の後漢書訳もここから出てることだし。
まぁいずれにしても、取らぬ狸の皮算用なんだけど・・・。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 20:38:07 ID:WL7+ilnE0
西晋<東晋

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 05:45:51 ID:bEgFSduDO
晋書は評判悪いから学者さんが訳したがらんのかもね

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 23:56:55 ID:T0YNJ8XJ0
既にメジャー

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 17:57:59 ID:0JbP2ykf0
司馬懿がメジャーになれないのは、ぶっちゃけチキンだからだと思うぜ。
出仕拒否、死せる孔明、狼顧の相(=振り向き癖)。どう考えても臆病の塊です。
軍記物では最高にウケが悪いw

正に「思考の四分の三は臆病」だ。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 19:10:25 ID:qIXt324iO
演義と史実を混同してる馬鹿がいるのかよww

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 19:15:15 ID:kr6aF5uF0
シバイがメジャーじゃなかったら三国志でメジャーなのは10人もいないだろ
教科書にも載ってる人間だぜ

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 19:38:08 ID:BD0cgvkY0
教科書にゃ載ってねーだろ
国語の便覧に「死せる孔明、生ける仲達を走らす」は載る

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 20:30:59 ID:kr6aF5uF0
教科書によるのかも知れないが西晋の建国者のところに魏の司馬懿の孫司馬炎が建国・・・って載ってた気がする
本人が何やったかは書いてなかったけどな

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 21:33:29 ID:0JbP2ykf0
>>184
俺正史だけだなんて一言も言ってないぞw
軍記物ってちゃんと書いてあるじゃん。

そもそも、卑弥呼と壱与(台与)の時代だしなぁ。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/03(火) 04:35:22 ID:zzq9a+rr0
司馬懿って軍務ばっかりやってる武官って印象があるけど
他にはどんな役職で仕事やってたんですか? 行政面での評価は?

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 16:35:39 ID:GAGelZ5cO
現役高校生の自分ですが、世界史の教科書には曹操、劉備、孫権、諸葛亮、司馬炎、張角(黄巾の乱)が記載されていますよ。
しかし、司馬懿以前に、三国時代はたったの十行足らず…。


191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 17:51:17 ID:94NYMXnI0
そりゃそうだろ
世界史的に三国志で重用なのは屯田・清談の流行ぐらいだし

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 20:27:03 ID:cB3S7Lde0
総じて地味だし謀略、持久戦が主体で派手な活躍が無いせいじゃない?
なんか毛利元就みたい。有能だし凄い人なんだけど歴史の主役にはなれない感じ。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 22:39:52 ID:iU/p/ZMj0
司馬いがメジャーになれないのは諸葛亮が邪魔すっからだろ
周㋴だってけっこうすごいのに諸葛亮がいて影薄くなるし・・・

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 01:06:04 ID:/g4UkOju0
一般的には三国志って、曹操と劉備と孫権だけ知られてればいいんじゃないの?

>>183
顧狼の相って、人相見で用いることばで、
狼みたいに体正面向けたまま首を180度回して後ろ見られる体の特徴なんじゃないの?

>>189
あんまり聞かないな。>行政
司馬懿は大将軍になってるしもうなんだか武将のイメージな俺無知www
諸葛亮と司馬懿を同じ土俵で比べるのに疑問感じるの俺だけかね。
諸葛亮は為政者としてこそ有能なんだし。軍事で見たら司馬懿の方が圧倒的に優秀だと思う。
比べられんのは演義のイメージが強いせいか。演義あってこその三国志か?
つか三国志には司馬懿の伝無いんだよな…。宣帝だから…。あったらいいのにorz

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 02:15:19 ID:FlMALUJM0
まぁ、演義あってこそだろうな。
伝がないのも手伝って更に地味な印象になってしまう。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 12:47:10 ID:/g4UkOju0
でも司馬懿って、読んでみれば結構派手な人だよな。vs孟達の素早さとか、
うって変わった公孫淵との持久戦とか。なんだっけ、戦において出来るのは
敵と戦うこと、戦えないなら守ること、どちらも出来ないなら死あるのみだ、だっけか?
刺客差し向けられても堂々と寝てたり、ボケ老人の振りしたり、演技派だよな。
演義でもある意味、負けてばっかのヘタレ軍師って事で目立って…目立っちゃ困るのか。

俺は吉川三国志で「俺の首はまだついているか!」ってテンパってる司馬懿も好き。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 19:54:49 ID:Z0CfTObp0
横山三国志の扱いはなんだかんだいってもいいよな
孔明にもたまに勝ってるし、あの超悪人キャラが随分とまぁまともに

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 20:14:19 ID:TbxZi8Oc0
まてあわてるな これは孔明の罠だ も別に司馬懿を貶めては無いしなぁ。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 21:59:43 ID:6Akov5HS0
敵対した蜀にとっても功績上げてた魏にとっても都合の悪い人だからねこの人。
まぁ息子たちのせいで割り食ってる部分もあるんだろうけど。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/06(金) 07:08:37 ID:OMedqEoP0
女装したのが不味かった

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/06(金) 20:12:28 ID:uXb3y+v+0
三国フィールドコンバットでぐぐると幸せな予感。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/08(日) 18:29:13 ID:BuTFVoRoO
張コウに無理な追撃させたから嫌いになった。
本当かどうかは知らんけど。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/10(火) 00:33:54 ID:W0ItVCmq0
張コウが言うこと聞かずに勝手に追撃したっつうバージョンもあるんだよな。
実際どうだったのか残ってる書物読んでも解らないんだもんなwww

だが、軍の中で張コウ派と司馬懿派とかいうのがあったらしいから
敵対する可能性のある危険因子を早めに始末した…と考えるとwktkする

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 00:34:50 ID:Jp/TlktW0
牛金みたく毒殺すればいいのに、それをしなかったのは何でですか?

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 13:57:00 ID:j5paVETe0
張コウのパーソナリティーを考えるとそれはない
見てればすげー堅実な動きを取るから

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 14:08:01 ID:xV7sehJV0
八百長三国志だと謀殺だった。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 15:20:22 ID:qjO04mOX0
(先手、孔明の思考)
 やべ…食糧足りね…でも、結果出さなきゃ帰れないし…
 そだ、この高台に罠を張れば、仲達たんはきっと邪魔な奴を送り込んでくれるだろう…
 てゆーかワシなら絶対、アイツとかコイツとかを送るねッ!

(後手、仲達の思考)
 うはwww 孔明すげぇよアンタ露骨すぎるwww
 えーとそうだな、たぶんアイツとかコイツとかを期待してるんだろうけど。
 あ、でも、ここで張将軍とか向かわせたらきっと慌てるぞwww
 将軍がやられたらやられたで結果オーライだし! よしそれでいくかwww

…というような、以心伝心による共同作業説が俺は好き。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 18:44:43 ID:XeEUzU290
司馬懿はもう本当にガッチガチのセオリー野郎だから追撃できる時に追撃最大限にやろうとする
んで失敗して張コウが死んだだけのこと

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 23:18:06 ID:Jp/TlktW0
張コウの晩年を思うと胸が温かくなる。
疎まれていたかどうかは別としても、辺境でこき使われて
矢が刺さって悶え死ぬなんてな。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 00:37:59 ID:CssFzkU+0
たしか三回くらい死んでなかったっけ<張コウ

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/12(木) 12:51:48 ID:csg3sWRE0
>>207
それいいな。本とかでその説扱ったのあったら教え頂けないか。

ついでに孔明は魏延も殺そうとした、と。

>>209
股間に刺さったらしいね>矢

>>210
吉川で二回「屠られた」表現、最後が「死んだ」だった希ガス
俺は「屠った」=「ぶっ飛ばした」と解釈したが、屠るって殺すってのとほぼ同義だよな。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 04:15:04 ID:lVaKdyld0
司馬懿ってそんなに謀殺してんの?

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 16:01:22 ID:aq+M2w2m0
司馬懿は、自分の中では野村克也氏とイメージが被る。
諸葛亮は長島茂雄氏、所謂向日葵と月見草の関係ですね。

一般受けするのは向日葵なんだけど、
実際に実力で言うと月見草の方が上、って感じも似てると思います。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 22:00:10 ID:WI9jJJih0
僕は、全然似てないと、思うな。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 09:15:43 ID:fqGI12ND0
ノムさんwww

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 15:58:54 ID:6YkXMEowO
>>134
ワロスww

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 22:46:40 ID:lac1ItqX0
司馬懿が諸葛亮より実力が上って何の根拠があるのかな
あんなにアドバンテージがあるのに守り勝ちしたから、上って…
こいつも曹操と同類。持ち上げられ過ぎ。


218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 23:24:07 ID:dfVBBy9V0
行軍速度は異常だと思う

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 03:48:37 ID:6GkQTtsR0
>>217
時々は五丈原以外のことも思い出してあげて下さい。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 10:08:48 ID:ogUfpHY30
>>190
曹ヒはないか?

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 00:26:18 ID:Gh+spa6A0
>>219
第四次北伐のことか? 圧倒的に数も少なく、地の利もない諸葛亮に野戦で大敗したのは?
その後の張コウの運命は?
大体、張コウが罠と知り、かかって戦死する馬鹿と思う? 
そういう場合、普通、戦ったふりして引き返すな
司馬懿の失態になるのに張コウを謀殺する理由も分からん
無理に司馬懿の命令に従わされて、戦死しただけだろ
なのに諸葛亮が軍事的に下と言い切る諸兄らの理論はよく分からない。

また、張コウを差し向けた際、張コウに兵法の基本を盾に反論されている
司馬懿は張コウから、素人扱いされているようにも思えるが?

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 18:57:31 ID:Rk4HT2s60
魏の圧倒的戦力で勝っただけでつまらん用兵ばっかしてるからだろ。
金に物言わせて勝ちまくるジャイアンツやレアルみたいだ

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:24:47 ID:TKsG4LJy0
>>221
済まんな、孟達戦と公孫淵戦のことだ。
それから221が言ってる第四次は、蜀書と晋書で書かれていることが真逆のところじゃなかったかな。

何も諸葛亮との戦いだけ見て司馬懿上って言ってるんじゃないと思うよ。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/21(土) 23:53:23 ID:KkGNSKK80
>>201
司馬懿始まったな
歴ゲ板の方でも書き込んでしまったが

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 09:29:35 ID:ZVfepWB30
ハイジマタ

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 14:55:18 ID:S2xsv9CX0
晋書が和訳されればメジャーになるんじゃない?

227 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 13:55:30 ID:j/dBEsCZ0
個人で和訳している人はネット上で見たことあります。


228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 09:15:44 ID:wZXDqbeX0
すごいなぁ

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 23:10:39 ID:lAJMJc1fO
『晋書』って、やっぱ西晋と東晋を含む内容なのかな?

全部翻訳しても三国志関連の巻しか売れない気がするなぁ〜

岩波に中国正史の日本に関する部分だけを集めた物があったと思うが、こんな感じで『三国志』のオマケとして、『晋書』の三国志関連の部分だけ翻訳した本を出してくれんかなぁ〜

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/03(金) 11:38:15 ID:hGTEe5KIO
>>1
名前がムズイため

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 09:22:31 ID:CutLDzUf0
それはいかんともしがたい

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 09:05:59 ID:32EHm3Hg0
名前が恐い

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 09:53:59 ID:/N51pFqp0
晋書の地理志だけはおもしろい。 正確さはわからんけど。
晋書は恭帝までが帝紀。俺はこの時代三国志よりおもしろいから好きだ。 

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 12:16:52 ID:8gmNYKUa0
有名だけどマイナー
ってあたりが矛盾してるけど正確な表現かな。
軍事的な功績も保身のための権謀術数も大したものだけど人気が無いのは、
まあ野心はあったかもしれないが、曹操や諸葛亮なんかと違って、
実現したい理想を持たない本質的に極めて官僚的な人間だったからじゃないかと思う。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 13:00:10 ID:6EZdLiV50
まぁ、元々脅されて仕事をしてただけだからなぁ。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 13:22:00 ID:/N51pFqp0
司馬懿は官僚というより完全な軍人って感じだな。政治感覚も並以上に
はあると思うけど国家運営という意味での政治眼が優れてるか疑問だ。

遊牧民を内地に入れた魏の政策中、当然遼東には多くの移住者が居たが
これを虐殺したのを見ても外交的な政治能力があるのか疑問だ。
異民族対策は重要なのにそこを考えれば、晋が異民族に蹂躙された遠因
はこれだしそういう意識が希薄すぎる。

その後、すげぇショボイ(文学的には恥ずかしいというレベル)詩を作って
功績を誇ってるあたり。 無骨な野心多き典型軍人って感じ。

軍事能力はこの時代の屈指の人物なのは間違いないけど、後世引き合いに
出される評を見てもそれほどの人物ではないという評価があったんだろうな。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 04:40:52 ID:UzKWgPqa0
相手が中国史上最強の軍師諸葛亮じゃあな
天才的戦術家を前にしてはカスと変わらないように見えるのは仕方ない
不運だな

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 05:35:18 ID:nsDE/pRv0
>>237
それ演義じゃんw

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 05:39:27 ID:nsDE/pRv0
書き込んだ後で釣りにマジレスしちゃったであろうことに気づいた罠。
皆様方まことに申し訳ない。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 10:05:41 ID:pg3EBwAB0
240get!

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/18(土) 13:40:03 ID:9E+OZTEt0
>>239
んなこたぁない

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 01:31:00 ID:TF1j1mW50
だな
孔明の前じゃあ李靖も韓信も下等生物に見えるもの
運が悪いんだよ司馬イは

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 09:21:17 ID:yXo/SJqT0
( ^ω^)???

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 15:02:22 ID:g8lu+1OD0
司馬懿の評については上に書いてるのが妥当だろうな。(孔明云いの
関係文ではない) 官僚系では全くないな。 

権謀や知略はあるが政治は弱く(司馬炎含む八王全員にも共通)、戦術は一流。
人間性も冷徹で寛容から遠い(捏造されたエピソードすら少ない)
こういうタイプは長期王朝の始祖としては成功しない。

そういえば司馬徽も潁川の出身だけどやはり一族なんだろうか?

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 20:06:10 ID:tD9NDjwW0
シバイは河内の人だから違うんじゃないの?
処刑された司馬叩の子孫だっけ

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 21:27:18 ID:pnNQEch8O

愛知のキチガイ脳糞古川は神だと思っている。

半年ほど前の正月休みに両親と愛知のキチガイ脳糞古川の実家(もんじゃ焼き屋)に 食べに行った時の話。
両親と3人で鉄板を囲んで食事をしているといきなり脳糞古川が玄関から入ってきた。
もんじゃ焼き屋に似合わない勝勝負服ないでたちで。

脳糞古川が「私いつもの〜」と言って二階へ上がろうとすると、
店内にいた高校生集団が「脳糞古川さん!」「脳糞古川さんかわいいー!」などと騒ぎ出し、
脳糞古川が戻ってきてくれて即席サイン会になった。
店内に13、4人ほど居合わせた客全員に店内にあった色紙を使い サインをしてくれた。
高校生達が脳糞古川の母校愛知のキチガイ高校トラウマ部だとわかった脳糞古川は いい笑顔で会話を交わしていた。
そして脳糞古川は「またね〜」と二階に上がっていき、店内は静かになった。

私と両親は脳糞古川の気さくさとかわいさに興奮しつつ食事を終え、会計を済ませようとレジに向かうと、
店員さんが階段の上を指差しながら 「今日のお客さんの分は出してくれましたから。また来てくださいね」と。

あれには本当にびっくりした。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/31(金) 09:37:49 ID:LWcGjjIA0
>>244
始祖っていうか実際は基盤築いただけじゃね?


248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/04(火) 21:12:25 ID:rBUxGH0e0
始祖は、司馬炎で、問題は司馬炎が大してなにも
しなかったことだ

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 00:44:53 ID:L4fIF+AFO
孔明や荀イクより仲達や角の方が好きな俺

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 00:50:24 ID:MxSUYgoS0
>>248
いや、司馬炎は結構色んな政策を実行してるよ。
ただその政策が裏目に出てしまっただけのこと。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 23:56:40 ID:PqGzdyRMO
まあ、アウグストゥスがカエサル程メジャーになれないのと同じ事

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 00:08:45 ID:f3h1cxgYO
ヤッターマンよりボヤッキーがメジャーになったら困る。

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 00:10:53 ID:X4B+IZPI0
三国志演義が歴史の事実よりも普遍的に受け入れられているから?

でも演義で司馬懿は諸葛亮の引き立て役として目立ってるか

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 10:33:03 ID:unfJwj3l0
かわいそうです(´;ω;`)

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 20:42:53 ID:fga4niZD0
司馬懿はゆりしーポジなのかw

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 14:34:24 ID:ZiOYclOL0
◆司馬懿◆司馬家の人々◆だけじゃない◆
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1189574680/

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 09:23:07 ID:+tqSkHYb0
>>255
実は腹黒い点しか似ていないなw

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 09:10:56 ID:JBGpamHn0
おっと・・・・

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 23:23:30 ID:s+/G9J2H0
>>257
おまえんち燃す

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 00:20:26 ID:yrVNMUFB0
                    ,ィ⊃  , -- 、
          ,r─-、      ,. ' /   ,/     }     ち
          {     ヽ  / ∠ 、___/    |
   署     ヽ.      V-─- 、  , ',_ヽ /  ,'      ょ
           ヽ  ヾ、  ',ニ、 ヽ_/ rュ、 ゙、 /
   ま        \  l  トこ,!   {`-'}  Y        っ
             ヽj   'ー'' ⊆) '⌒`  !
   で    , 、      l     ヘ‐--‐ケ   }        と
        ヽ ヽ.  _ .ヽ.     ゙<‐y′   /
   来     }  >'´.-!、 ゝ、_  ~  ___,ノ
         |    −!   \` ー一'´丿 \
   い    ノ    ,二!\   \___/   /`丶、
        /\  /    \   /~ト、   /    l \


261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 13:55:34 ID:dgesFtn50
占い信じて牛金を毒殺するようなところが好きになれん

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 23:45:23 ID:FvB/yhQi0
イイハナシダナー

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 11:36:12 ID:j6wChbWg0
司馬懿が戦争上手いと思われてる理由は孔明と互角に戦ったから
だが孔明は戦争下手だった それと互角だった司馬懿も…以下略

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 18:57:45 ID:EHQLQOl2O
孔明が戦下手というか、兵糧輸送能力の限界の問題。
そして司馬懿はどうだったかといえば、その兵糧輸送能力の問題をついて持久戦に徹しただけ。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 19:21:02 ID:3CVaEScC0
司馬懿は遼東遠征とか対呉戦線とかでも実績あるって

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 00:15:49 ID:Ch0QA7kK0
シバイは芝居上手

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 12:36:58 ID:bXznn0N40
>>266

【審議中】
    ∧,,∧  ∧,,∧
 ∧ (´・ω・) (・ω・`) ∧∧
( ´・ω) U) ( つと ノ(ω・` )
| U (  ´・) (・`  ) と ノ
 u-u (l    ) (   ノu-u
     `u-u'. `u-u'

しばらくお待ち下さい。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 15:28:14 ID:JbbV6blx0
(´;ω;`)かわいそうです

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 17:05:57 ID:hAoJA55T0
マジレスすると
漢民族じゃないから

チベットや東トルキスタンなど

他民族を大虐殺するような漢民族原理主義の国家ゆえ、漢民族である蜀の国をひいき

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 18:33:54 ID:csRi1dXG0
司馬懿って代々続いてる名門の出なのに漢民族じゃないの?

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 19:42:11 ID:EHEqMhME0
司馬と言う名はどう考えても漢族姓だね。
モンゴルや満州はもっと異なる名前を持っている。
チンギスハーンとかヌルハチとかいう名は日本人ですら違いがわかる

司馬遷とかいう人も司馬姓の著名人だね

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/14(日) 22:05:10 ID:TlPzugWp0
>117
世説新語によると曹丕もやってるよ

あと、匈奴は元々そうゆう習慣がる。王昭君とか

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/15(月) 00:19:47 ID:bNlHz0wh0
司馬懿は異民族をボッコボコにした側だろ

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/20(土) 23:51:37 ID:03++Zsde0
東晋最高!

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 08:01:19 ID:wE3DuNGp0
この人、対呉戦線の方が活躍が長いのね。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 08:10:42 ID:wE3DuNGp0
朱然とかにも勝ってる事なんて
長らくしらんかった。

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 11:48:06 ID:DAebGfDx0
>>264
仲達自身を含めた魏の首脳の考えは、
「どうせ補給が繋がらないんだから、適当にあしらっとけ。」

つまり、別に仲達で無くても漢中から北伐なんて不可能だと
いうことが魏にはバレバレで真剣に相手にさえしてもらってない。
仲達の持久戦略は魏の国家としての方針。

孔明がそれでも北伐を繰り返したのは政治的な意味とかも有るんで、無駄な努力とは
一概に言えないが、「戦争」が上手かったとはとても言えないな。


278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 20:03:14 ID:O1GidPsAO
>>277
じゃあ孔明はあと何ができたのかと(ry
大体諸葛亮も「魏にゃ勝てない」ってことくらいわかっていただろう。
もし本気で魏の打倒を考えていたやつがいたとしたら、
それは魏延とショウエン(←こいつも本気で考えてはいないかw)くらいじゃね?
いくら地方政権は宰相といったって、そのくらいのことはわかっただろう。
そうなるとじゃあなんで諸葛亮は北伐したの?って話になってくるんだが…。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 23:51:56 ID:tK2+6omL0
北伐の成功率は低いってどっちも解ってたと思うが
魏は大軍繰り出してるのだから適当にあしらっとけって感じではないはず

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 00:24:45 ID:MAlyOM9H0
四次までは>>277で説明付くけど五次まで同じ戦法でいったのはちょっとなあ
孔明がぽっくり逝かなかったらやばかったんじゃね

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 04:34:30 ID:xWxCGDLtO
持久戦は明帝の指示。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 08:57:58 ID:MAlyOM9H0
五次はそういう魏首脳部の考えを逆手に取ろうとしたんだろうか

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/26(金) 12:50:48 ID:u91O92G70
互いの勝利条件が違いすぎだな。
仲達の方は守ってればいいだけ。
魏の国力を考えれば、時間が経てば経つほど、
蜀、呉と差が開いて有利になっていく。

孔明はジリ貧。
魏の方は西部方面軍しか使ってないのに、
蜀はほとんど総動員では負担が大きすぎる。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/28(日) 21:54:20 ID:rn2C/nub0
そうだな・・・・

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/30(火) 20:45:35 ID:Wb+XeRTC0
デスノート読んでたら

夜神月・・孔明
L or ニア・・司馬懿 

の構図が思い浮かんだ 

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/01(木) 07:09:31 ID:aSfpn5ReO
なんていうか自分の中では魏自体が悪役色強いんだが・・・


287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/03(土) 23:44:38 ID:74i9HXh10
横山の影響kぁ

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 13:04:23 ID:qDwGRCpt0
関羽を呉との挟撃で撃破、
孔明の天下三分の計を破綻させ、
圧倒的戦略優位を確保して後は持久戦の末、
孔明の北伐を阻止。

曹操の官渡の戦いの様に一かばちかの勝負はせず、
勝つべくして勝ってきた人物だから面白みにはかけてるね。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 23:17:41 ID:k8ofmyYi0
堅実さは売れないわけか

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 05:20:54 ID:n4iPdMwIO
>>288

勝つべくして勝った人物だから、面白かった

私は、危険な勝ち方をした人より、安全な勝ち方をした人のほうが好きです


291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 09:04:26 ID:rXgxCibW0
本人にしても諸葛亮より勝負師としての勘が優れてただけで、
素の力は及ばないと思ってた節があるように思うけど。
孟達強襲はどう考えても博打。
また北伐の戦略的優位を確保できたのは明帝の援助が強力だったから。
三少帝らが指導者ならどうなってたか分からない。

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 11:49:11 ID:J0rdS1g/0
蜀への遠征は何度も上申しながら生涯一度も認めてもらえなかったあたり
司馬懿では蜀を落とせないと明帝からすら思われてたんだろうな。
臍を咬む思いだったろう。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 13:35:01 ID:I9WADYMKO
そんな事やってない。
そもそも仲達は、曹真が生きていた間は、
対呉方面担当。

一度、曹真主導で蜀攻撃が行われたが、
長雨のため交戦することは無かった。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 03:42:01 ID:YtnLKe250
>>293
つ 辛ピ伝

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 13:12:49 ID:Mo9eDKaG0
それポーズだけって、
孔明自身言ってなかったっけ。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 14:30:35 ID:YtnLKe250
そういう記述は目にしたことがないが。何伝だろうか。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/12(月) 13:21:14 ID:IQdLXsEC0
>>294
それ。「司馬宣王が諸葛亮と戦いたいと言ってきたが、明帝は許可しなかった。」
というやつのこと?

それは蜀の攻略がどうのという話じゃなく、
五丈原での対陣中のはなしだぞ。

それについて諸葛亮伝の注の漢晋春秋に諸葛亮が
「そりゃただの演技だ。」と言った記述がある。

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/13(火) 01:35:47 ID:Pt9RoMiz0
>>297
丁寧な解説サンクス。スッと理解した。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/13(火) 23:38:42 ID:yOB/ugHQ0
>297
>「司馬宣王が諸葛亮と戦いたいと言ってきたが、明帝は許可しなかった。」

この箇所は辛ピ伝では五丈原対陣中の話とは書いていないよ
事実はどうかわからないが陳寿の書いた文面上では
青龍二年より前のこととされている。


300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 12:21:04 ID:3OrzbKms0
第5次北伐の前に方針は決めてあったろうね。

でも「孔明が出てきたら周りの将軍たちが煩いんで戦ってもいい?」
というのと蜀攻略に遠征にいくのとでは訳がちがうよ。

魏首脳の戦略は持久戦なのに、
長安駐留軍の戦意が高くてなかなか押さえが利かなかったみたいだね。

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 20:19:42 ID:uSgZHP2H0
戦意は高くとも士気は低かったのか、戦意が高いのに戦えない事でフラストレーションが高かったのか、
兵士と長安住民の間で結構問題が起こってるんだよな。

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/16(金) 09:26:45 ID:0ltCf9ps0
兵士は素行悪そう

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 13:16:31 ID:3eYifyMX0
雑兵はそうだろうね

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/29(木) 19:24:50 ID:LDmJIZINO
結局三國志って司馬家の一人勝ちじゃないか?
日本でいえば家康みたいな。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 06:41:03 ID:dbsVs2Jy0
なんだかんだで中原への居住規模を拡大した異民族連中が真の勝ち組

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 09:26:50 ID:UjlB/0990
そうとう後まで考慮したらなw

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 21:47:51 ID:3TCOELPS0
ある意味じゃ、魯粛が強力に推し進め、諸葛亮が堅守した天下三分は
司馬一族による統一の踏み台なんだよな

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 09:32:45 ID:bKmidqtY0
NO・・・・・・

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 10:41:54 ID:xBDcOdHV0
江南開発に成功した孫家が最大の功労者

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 16:00:38 ID:0HnAE6fs0

■司馬懿 「この俺とて、初めから天下を目指しておったわけではない。」

       「俺は孔明の才に憧れた…。そして命賭けで孔明と渡り合った。」

       「そして孔明が亡くなった…、その時。」


       「まわりを見渡せば、俺より力の有る者がいなかった…。」

       「ただそれだけの事だった。」

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 16:05:35 ID:YyZZZ6kV0
だったら曹爽と張り合わなきゃ良かったじゃねえかよ

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/07(金) 21:31:26 ID:+W7jjUkd0
>>310
これの元ネタって何?

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/07(金) 22:14:11 ID:6XISLkfmP
>>312
「花の慶次」の、小田原攻めの後の秀吉の台詞

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 09:35:37 ID:gnbLwwRr0
ぬお?

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/16(日) 15:43:10 ID:c55HwjiwO
司馬すらかつこれをかういわんやいけるものをや!

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 09:21:14 ID:3iaP05tw0
漢語でおk

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 14:27:29 ID:12zZEY5s0
もうメジャーなのに・・・・

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:09:02 ID:ww6uBaZ7O
仲達が孔明と同等かそれ以上メジャーにならんと納得せん奴らがいるんだろう


319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 00:16:04 ID:FkeCf2hf0
晋書演義を書いて大ヒットさせればいいと思うよ。

司馬懿は軍略家としてはこの時代屈指で、諸葛亮では話にならない。
だけど戦闘指揮がイマイチって感じだ。「良家の坊ちゃん」ってイメージ。

一方諸葛亮は堅苦しい性格のせいか軍略は並だけど、
本人の自負を信じるなら野戦の陣頭指揮は一端のものだったようだ。
(蜀の軍制や軍備も込みでだろう。これも諸葛亮が整えたものだが)

と、考えると、討って出るなという司馬懿の方針やその理由、
北伐で諸葛亮が大敗せず、張コウを射殺するなど局地戦では
何度か戦果があることなど、色々辻褄が合う。

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 00:18:23 ID:c4n7cE6f0
>>319
公孫淵討伐や皇族監禁は「良家の坊ちゃん」にゃ到底できないけどな

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 00:22:24 ID:FkeCf2hf0
「品行方正」って意味じゃないよ。言葉のアヤだ

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 02:54:01 ID:8SO5dCPc0
>>319
その話にならない諸葛亮にフルボッコにされた挙句援軍まで貰わないとヤバイ状況をどう説明すりゃいいんだ?

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 04:57:37 ID:FkeCf2hf0
>説明
二段落目に書いた

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 09:12:52 ID:8SO5dCPc0
>>323
お話にならない相手に直接フルボッコにされただけならお前の説明でいいよ
でもその後にお話にならない筈の諸葛亮に戦略規模で戦う前に軍を寸断されまくって援軍無しにはいられなかった状況が説明できない

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 13:38:06 ID:wA3xtuKH0
それよか無骨な軍人がひたすら突き進むほうが格好良くねぇ?

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 15:52:50 ID:MgxQ3NTz0
>>324
いつの話を言ってるの?

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 18:00:57 ID:YCOCCF620
>>326
第四次→フルボッコ
第五次→大兵力で望んだはずが戦う前に兵力を寸断されあわや大敗かと思いきや
援軍により難を逃れる

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 22:25:50 ID:Phidq1KN0
ところで諸葛孔明が悪役で出ているジャイアントロボはここのスレの人はご存知?
司馬懿もいるとかいう話だけど

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 18:55:09 ID:z/FXq3YF0
>>317
もともと、諸葛亮のおかげで

メジャー度
諸葛亮>>>司馬懿>>>>>張良>(越えられない壁)>王猛、張賓など

になっているのに満足しない、アンチ蜀か、魏(司馬懿)信者かしらないが、
立てたスレッドだからな

百歩譲ってこいつらのいうとおり、軍事的能力と政争能力が
司馬懿>諸葛亮だったとしても、
(これも怪しいものだが。司馬一族はいくらでも歴史を改ざんできる立場だったからな)

中国史上200位にやっとはいるかはいらぬか程度の能力で、これ以上メジャー
になろうなど片腹いたい。
諸葛亮がメジャーなのは、別に軍事能力や政治能力ではなく、生き方の問題

1よ。司馬懿より、王猛や楊素をメジャーにしてくれ。


330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 19:08:31 ID:PizOTsZT0
弟子「先生、処女を貴重だと思う男は多いです」
孔子「その通りだ」

弟子「しかし逆に童貞は女に気持ち悪がられます」
孔子「確かに」

弟子「おかしいじゃないですか、何故このような意識の違いが生まれるのですか」
孔子「それは一度も侵入を許していない砦は頼もしく、一度も侵入に成功しない兵士は頼りないからだ」

弟子「では30年も侵入を許していない砦は相当頼もしいのでしょうか?」
孔子「建てられてから30年も経つと、砦はどうなるかね?」

弟子「多くは朽ち果て、場合によってはうち捨てられます」
孔子「そのような砦を攻める者はいないということだ」

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 17:21:51 ID:YlWORLKEO
>328
石川賢のゲッターロボアークも敵軍の軍師が諸葛亮孔明だった

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 17:58:32 ID:IVuwRwVf0
司馬懿は軍人としてはまぁまぁ政治家としては良い程度
是ではメジャーにはなれないだろ・・・・
司馬懿は運の強さだけは他の三国人物より群を抜いているけど、
やっぱり歴史全体から見ると並みの人物

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 18:02:07 ID:IVuwRwVf0
司馬懿の存在感は少なくとも(能力的にもね)関羽より上なはずなのに、
関羽が関帝として祭られたのに
司馬懿は関羽より無視された存在として扱われているんだよな。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 18:23:09 ID:GKwayu94O
関羽と能力云々で比べたってしょうがないでしょ

関羽が神格化された背景は能力・業績云々より、その生き様やキャラクターによるところが大きい(最初は数ある豪傑の一人に過ぎなかったとしても)

司馬懿の生き様じゃ後世の民衆や士太夫から支持されそうにないし、戦歴にしたって持久戦で孔明を退け電撃戦で公孫淵を討ったくらいで、霍去病や李靖みたいに騎馬民族を破ったわけでもないしね


335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 19:35:47 ID:sTA6cZ1w0
>>333
司馬懿は例え祭ったところでなんの役に立つか分からないしね。
関羽の場合は例えば、そろばんの開発者、元塩業者というところから商売の神
如何なる時も忠節を尽くた義理堅い性格から、国を纏めるためにも有効だったので護国神
当代きっての豪傑であったため武神

など多種多様な尊信価値もある性格だったので自然と神になった。
司馬懿は残念ながら後世では曹操と同じく、天下簒奪の徒としか見られていないんだよね。
しかも、曹操にはあり溢れる文才によって近年若干の評価を得られるようになったのに対し
司馬懿には孫が晋という弱体国家を建てるための礎を作ったという功績しかないからね。
晋がせめて統一王朝として、漢王朝並の歴史を歩んでれば評価も変わったかも。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 01:19:42 ID:RyKAyPAa0
司馬懿はよく家康に例えられるが、
国、時代の違いを考慮しても過大評価だな

日本史で例えるなら、北条時政かな?

これにしても晋が長命を保てなかったところをみると微妙だが、日本には元寇以外に
他国侵略はないから、妥当なところじゃない?

まあ、司馬懿>諸葛亮を定説みたいに言い張る連中は、演義をそのまま信じる人たちよりも
はるかにたちが悪く、勘違い野郎という結論でいいんじゃない?
諸葛亮派の人たちが声高に演義をもちだして、司馬懿を貶めているのは
少なくともこの板でみたことないしな

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 10:51:41 ID:Oy5Za3FS0
正史=歴史の真実

こう思い込んでる痛い連中も少なからずいるらしいからな。
正史は当時の王朝が記したものだから本当の真実は歴史の中に
埋もれている可能性が相当に高いわけで。
三国志演義が小説として広く流通したからこその誤解かも知れんが
三国志正史も所詮は晋から見た目線に過ぎないんだよね。
そういう意味では後世で幅広い支持を受けた蜀漢こそ
正統王朝と歴史に語り継がれても違和感は感じないな。
現存する廟なども圧倒的に蜀将のものが多く
妙な贔屓目線を込めなければやはり司馬懿には地味なイメージがあるね。


338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/31(月) 22:32:47 ID:MspVHVyW0
>>337
待て待てw
晋代に私撰された三国志は、魏を正統とはしているが少なからず蜀贔屓だぞw
陳寿が諸葛亮を敬愛していたことは確実だ。関係ないが裴松之はさらに傾倒している。
演義はむしろ、のちの蜀正統論が裴松之注と相俟った末に生まれたものだ。
一方、三国志においてこそ、司馬懿は地味なちょい役に過ぎない。だって晋代に分類される人だもの。

演義及び民間伝承と、三国志及び王朝正統史を対立して扱うのは、
いささかならず的を外していると思うな

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 11:10:59 ID:q4bImw1f0
でも民間伝承であり、大衆小説である三国志演義の方が
遥かに正統として浸透してるな。
三国志成立間もなくから現代に至るまで長々と蜀漢を
正統としてきた国に対して、正史がどうのこうのといい
それを正統と言い張るのは少々滑稽に見えてくる。
王朝正統史なんて本当に中国で支持してる人がいるのかさえ疑問。
まあ、これは三国志に限りだけど。
演義成立によって、魏=蜀の立場が逆転したと思ってる人は多いらしいけど
それは誤解なんだよね。


340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 13:52:06 ID:bdpjOsj/0
十年以上も前、演義をそのまま歴史と信じ、諸葛亮を無邪気に完全無欠天才軍師
と信じた人が多かったのを逆手にとったアンチ蜀の異様なまでの増長はひどいな

陳舜臣はまだ、演義と正史の違いを伝えたかったし、曹操の見直しを求めただけだろう。
だが、田中某と○天航路、そして正史準拠ということで、コーエーゲームにおける魏武将の能力向上に
勢いを得た連中が、他国の宗教や文学、民間伝承にまで口出すというのは明らかにやりすぎ。

菅原道真や聖徳太子より、北条時政の方が能力値が高いから評価すべきと中国人がいったら
間違いなくデンパだ。こいつらが言っているのはこれと同じ

338氏はそういう人たちではないと思うが、司馬懿は三国時代の人でしょう。
だって、晋の時にはすでに死んでいるもの。(伝は晋書しかないけど)
確かに、三国志正史は確かに蜀びいきかも知れないが、陳寿だって保身もある。
晋の実質的創始者や、晋の重臣が仕えていた魏をあまり悪くは書けない。
都合悪いところは、後代に消された可能性もある。

司馬懿こそ過大評価されていると思う。
死後も曹操、諸葛亮の恩恵をうけるところが、こいつらしいところだけどね


341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 18:49:18 ID:q4bImw1f0
陳舜臣はまだ、演義と正史の違いを伝えたかったし、曹操の見直しを求めただけだろう。
だが、田中某と○天航路、そして正史準拠ということで、コーエーゲームにおける魏武将の能力向上に
勢いを得た連中が、他国の宗教や文学、民間伝承にまで口出すというのは明らかにやりすぎ。


同意。
曹操、司馬懿においては価値の見直しを超え、マンセーしすぎによる暴走が目立ちすぎだね。
関羽=神、諸葛亮=国民的英雄という存在に強引に近づかせようとしすぎて
無理矢理な独善的高評価に徹底しすぎてる。
関羽、諸葛亮は長い歴史の中で延々と培われてきた英雄でもあるから
自然と三国志において最高の評価を得るのは当然の事。
司馬懿は確かに徹底堅守で蜀軍を撃退した功績もあるが
後世で石勒が言うように、戦の雄が女々しい事をして天下の土台を築いても
評価とは呼べないのかもしれんね。


342 :338:2008/01/01(火) 20:58:24 ID:sx5gv4TX0
いやー。俺は、そういう正史vs演義の対立軸でこの流れを見る事はできないと言っているんだよ。
ま、そう看做している人が大多数なのが事実だけど。
「演義厨」とか「アンチ演義」とか…もっと踏み込んで言えば、「正史派」「演義派」という区分自体
俺にとってはありえない。「北方派」とか「蒼天派」ならありえるが。
一度、裴注「三国志」を通して読んでみてから演義を読むことをお勧めする。
史書に伝えられるエピソードからの取材の豊かさ、取捨選択と接続の巧みさ、
史伝体を再編成して一本の物語として繋げる歴史的事実への忠実さ、
蜀を正統・正義としつつも多面的に描かれる人物群に驚嘆するから。
三国志-裴松之注-民間伝承-三国演義は、一本の流れとして繋がるものだ。

で、スレタイに戻ると、なぜ司馬懿がマイナーかというと、諸葛亮の敵だからと
いうのが最大の理由だが、次いで、演義が主に取材した「裴松之注三国志」に
おいて司馬懿が脇役だから、が上がると思うんだよね。
「三国演義」内での「晋書」の比重がもしもっと高かったら、もっと面白い
エピソードや活躍が取材されて挿入されただろうと思う。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 22:08:26 ID:QHmt7w8S0
司馬懿が蜀を攻め落としていればメジャー昇格だったけど


344 :340:2008/01/01(火) 22:37:58 ID:4r+9cB5L0
>>338

>「三国演義」内での「晋書」の比重がもしもっと高かったら、もっと面白い
>エピソードや活躍が取材されて挿入されただろうと思う。

確かに、それは自分も思うけどね。晋書の原文や三国志サイトの翻訳された分を読んでいて
もそう感じる。欲をいえば、あと十回増やして、二回を司馬懿とその周辺の分、
三回を魏内戦の分、五回を晋呉時代の分(ほとんど読まれない付録になるだろうけど)
に晋書から出して、費やしてくれていればとも思っている。
曹操に比べて、司馬懿は小説的にライバル描写が少ないので魅力が足りないんだよね

322氏のいうとおり、圧倒的大軍で守備戦をして、少数軍の諸葛亮に翻弄されたのが
実態かもしれないし(晋書は司馬懿勝利は大本営発表なので信用できない)


345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/02(水) 23:42:59 ID:51Lm3DFK0
演義の難点だよな
諸葛亮の死〜三国統一までの話が大雑把で省略されがち
もっとエピソードが盛り込まれていたら、司馬懿のイメージも大分変わってただろう

はじめて演義(吉川先生のだったが)を読んだとき
何か諸葛亮と戦って負けてた人っていうイメージしか湧かなかったからなー

大方の司馬懿観には拭いがたく「諸葛孔明の付属物」が付きまとってる気がするよ

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/06(日) 11:01:05 ID:A3x9gIGrO
司馬懿がメジャーになれないのは、
それこそ光武帝同様に、なんていったらいいのか、
とにかく大衆的注目を浴びれる位置にいないからだろう。
光武帝は非常に優秀でありながら
漢高祖や劉備などと較べると一般的な知名度や人気という点で劣る。
これはドラマ性に欠ける(ようにみえる)からだろう。
人格者で、長期統一王朝の開祖である光武帝がこのざまなんだから
陰謀の臭いがぷんぷんしてくるこいつがメジャーになれるとはとても思えんな。
日本でも有名な諸葛亮と戦って、
更に孫が皇帝になったからって
諡号を贈られ皇帝扱いされながらも
今日このざまなのは仕方がないんじゃないの?

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/11(金) 09:45:44 ID:HhDBNBEp0
戦国奥州における最上義光みたいなポジだな

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/16(水) 21:39:58 ID:J7fw8qC50
孫家でも無いのに損するわけか

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 19:29:49 ID:ZCFrNiqC0
晋が弱小国家だったからな。

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/23(水) 10:39:26 ID:qyhxdNb00
350get!

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/23(水) 13:58:57 ID:pwZwMZxj0
>>349
弱小と言うわけでもないと思うが。

滅び方があれだけど。

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/26(土) 10:57:18 ID:X5ce0fnlO
充分メジャーじゃね?
『学習漫画世界の歴史』で、三国志関係の人物で名前が出てきたのは、
張角・董卓・劉備・関羽・張飛・孔明・曹操・司馬懿・孫権
の9人だけ。
この僅かな中に選ばれてるんだから。

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/26(土) 18:08:23 ID:+cE4k/V+0
えらく蜀に偏った人選だな。

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/26(土) 19:02:29 ID:xQ0s9m8O0
それが世の中の常識ってこった。

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/28(月) 20:49:54 ID:NgHkEyXM0
聡亮にして明允、また剛断にして英特。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 04:09:43 ID:dlCULz8I0
司馬懿がメジャーになれないのはマイナークラスの器を出きってないから
じゃん。晋書を読めばたしかにメジャークラスな気がしてくるが晋書自体
24史でも評価が糞から数えて何番目だし。

頭は悪くないが高次の政治は弱かった。息子もその点は実は弱かったと
思われる。東晋含めて政治に優れた司馬の皇帝は非常に少ないのでそういう
血統なんだろう。
だから影にソコを強力に補充できる賈充みたいなのが重用されるんだろう。

戦争の時多数の兵隊を指揮するのは優れていた。
が政治的な駆け引きが欠けているため中央とのやりとりが上手くなく
行動が制限されたり超一級の戦功が上げ難く、メジャー昇格最低条件の
蜀攻略をやらせてもらえず建国も出来なかった。

司馬懿の場合 曹操と同年代であったとしても後漢の後を襲う統一王朝
を建国できただろうなという気がしない。
やっぱマイナークラスに落ち着くんじゃねーの。

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 21:36:38 ID:pJuYirtq0
司馬懿の能力評価にはある程度頷けるが、
だからマイナー、とは繋げられない。
欠点を述べ立てるなら諸葛亮も同じくらい列挙できるからね。
統一できなかったという点を突けば曹操に対しても可能だ。
ていうかこの二人は単身でそんなに「高次の政治」が得意か?
二人とも群に秀でた能力によって求心力を持ったタイプだろう。
晋書の史書としての評価も全然関係ない。

司馬晋と劉蜀のイメージの分かれ道というのは、
つまりは三国演義に至る道筋だろう。
晋が漢魏晋という流れに位置し、統一王朝だったが故に、
その狭間に埋もれてしまったこと。
蜀漢が短期で滅びたにも拘らず南北朝時代の形勢によって
「拾われ」て、「正統」「信義の国」というイメージが醸成されて
演義の成立に至ること。

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/02(土) 23:37:40 ID:/WJxIWLV0
どうかな。諸葛亮と司馬懿の能力差云々はお腹一杯だから、
諸葛亮と司馬懿の能力が同等とは思えないがそのことはいいや。
人の能力など曖昧なもの。それに上下をつけるなど下世話な話だし。
(アンチ蜀の諸葛亮に対する誹謗中傷は全て白紙だ。
 正史に対する知ったかぶりどものたわごとに過ぎない)

でも、諸葛亮が貢献した劉備勢力の一県から益州・荊州獲得という躍進
及び漢中における曹操を撤退に追い込むという歴史は、詳細はどうあれものすごくドラマチックだ。
諸葛亮一人の力ではないにせよ、伝説を生んでもおかしくない

それに比べて司馬懿の人生は中国歴史上ではよくある話。隋の楊堅ですら、
決してメジャーではないのだから、十分、評価されている方だと思う。
曹操は悪役とはいえ、強烈なキャラクター。これはメジャーで当然だ。

また、漢の天命が、統一もできず短命に終わった魏に行ったというのも、
天命という概念からいけば、あまり納得いかない話。
蜀漢が後漢の天命を一応、継いで、滅んでから、数年天命が宙に浮いた後、晋に行ったという方が
(中国人の心情として)なんとなく納得できる。
諸葛亮が漢の最期の天命を守ろうとした悲劇の丞相という位置づけも不思議ではないと思う
司馬懿にはそういう物語性がない。しょせんは、天命怪しき魏の実権者。
呉蜀を滅ぼし、皇帝に自分がなっていればメジャー昇格だったとは思うが。

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 18:11:01 ID:Jz7zo8sZ0
孔明と仲達の対比ねえ。

4流企業をシェア10%までもって行けば立志伝になるが、
最初からトップ企業に部長待遇で入社して、
激烈な出世競争を勝ち抜いて社長についてもあまり感心されないわな。

ただし俺自身の評価は仲達の方が孔明より上だな。
大組織で競争に勝つことの大変さを理解してる立場だから言えるが。

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 18:53:06 ID:Jz7zo8sZ0
>>358
君にとっては蜀漢程度の軍閥を作るのが「伝説」と評価して
天下の3分の2を占める魏のトップに立って、
一時とはいえ全土統一して150年続いた王朝の開祖になることは「よくある話」なわけ?

余りにも見方が偏りすぎじゃないですか?
州レベルで独立した軍閥を作った人が中国史上どれだけいることか。
諸葛亮がメジャーなのは>>357のいう特殊要因によるものだよ。



361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 19:57:19 ID:lpWN65x50
結局メジャーマイナーて一般人の人気と知名度に過ぎないんだよね。
たまたま三国志という大衆小説でfeat.されたんで超メジャーな諸葛亮
もいれば、李元昊だって十分優れた人物だが知名度0のため超マイナー
なわけでw

能力や事跡とは正比例しないのだ。 司馬懿は三国志のお陰で十分メジャー
でしょ。あの世でほかの英雄達から羨ましがれてると思うよ。

が中国史で彼らと同等以上に優秀で実績があっても一般人に知名度0
なのは腐るほどいる。残念ながら知らないものは評価対象外なので
なんかでfeat.されない限り悲しいかなマイナーなのである。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 20:41:36 ID:3W9rJzLLO
日本だと楠とか真田とかの類だね。
やたら有名だが、実績となると神レベルか?
ていうやつら。

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 17:21:16 ID:hoFX78T20
>>361
やっぱり演義の影響は大きいよね。
この人の軍歴で一番多く戦ってるのは実は呉軍だしね。
呉軍を何度も撃破してるのにそれについて言及されることは殆ど無い。

一方で孔明の方は彼が主役だったとは言い難い益州攻略や漢中争奪戦で
>>358みたいな信者に「伝説」とまで称えられてるんだから。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 19:26:08 ID:7y/BQZPAO
朱然は演義だと、
とっくの昔に殺されてるからな。

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 22:45:20 ID:xc7m19FD0
>>360
よくある話じゃん。十六国や南北朝では似たような話はいくらでもある。
国土の面積の問題とそれが後に統一王朝になったかを除けば、司馬懿程度のドラマ性を持った人物は
いくらでもいるってこと。司馬懿というピンで見ればそう珍しくない。
統一王朝でも権力を握るだけなら、凡庸な人物ですらいくらでも見られるし、
乱世というなら、宇文泰や高歓などの方が司馬懿よりもはるかに波乱と起伏に富んだ人生を送っている。

ここでは、現代の日本のメジャー度をはかっているのではなく、なぜ、同時代の諸葛亮や関羽、曹操に比べて
マイナーかをはかっている。356氏もそういう意味だと思う。
演義だって長い過程で生まれてきているし、すでに東晋あたりから司馬懿を讃える記述はなくなり、
諸葛亮伝説は生まれている。

要は蜀漢の興亡のドラマ性が多くにうけいれられたということ。
一州取るぐらいは歴史上山ほどいるが、すでに中原をとられた状態で
項羽や李存勗みたいな致命的なミスを犯さない乱世の英雄を敵に回して、
これほどうまく立ち回った例を、他には知らない。
しかも、れっきとした漢民族政権で大義名分もある。

もちろん、本当は諸葛亮は主役ではないのだが、そこはあくまでドラマだ。面白いもの勝ち。

要は劉備や諸葛亮を中心としたドラマを面白く、司馬懿はつまらんということ。
だから、司馬懿のエピソードなど聞きたがらず、マイナーだってことだ。
姜維だって演義の最後に主役の話があるのに、マイナー。
これも、答えはつまらん以外なにものでもない。ほとんどの人がそこを読んでいないからだ。

もっとも、好みもあるから、司馬懿がつまらん人物とは言い切れないだろうけど。
それより、諸葛亮の味方をしたら、なんでも信者扱いして過剰反応するなよ。そうは言ってないだろ

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 23:47:44 ID:KTgmR/bs0
>すでに東晋あたりから司馬懿を讃える記述はなくなり、
これでは遅い。
>蜀漢が短期で滅びたにも拘らず南北朝時代の形勢によって
>「拾われ」て、「正統」「信義の国」というイメージが醸成されて
これと区別が付かない。

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/06(水) 16:03:54 ID:e3GQmnvu0
この人の人生って大乱世なのに、
ずっと右肩上がりですからな。

明帝に疑われて、一時官職を剥奪されたというのは創作だし。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/06(水) 16:09:29 ID:o7S/UyP00
>それより、諸葛亮の味方をしたら、なんでも信者扱いして過剰反応するなよ。そうは言ってないだろ
>>358の文章はいかにも信者にしか見えんが。
まあ蜀漢の方が>>359みたいな意味でのドラマ性はあるとは思うね。
結局三国を滅ぼして統一を果たした晋の太祖なんだからもう少し脚光を浴びてもいい位置には
いると思うんだけどそれまで三国のどれに感情移入していてもこいつは横からかっさらって
勝者になるポジションだし史実でも未統一未登極の壁があるから結局演義的にも史実的にも
あんま引き立つ余地がないと言えば言える。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/07(木) 20:59:45 ID:vwbTtS6F0
呉最強!

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 02:46:45 ID:qz++ax8/0
司馬イは本来は対呉戦線担当の人ですな。

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 04:08:26 ID:6FYgIKwf0
武帝が死んだ後の晋って孔明が死んだ蜀と同じだよな。

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 16:18:06 ID:32KIMRs00
色々あっても司馬炎から100年以上も続いてるんだから、
それはそれでたいしたもの。

江南の大規模な開発にも成功。
文化も栄えた。

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 21:18:42 ID:GiMWP6b40
>>368
アンチ諸葛亮さまの登場か。まだ、こういう人いたんだね

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/09(土) 15:11:36 ID:ZOfFKXyK0
そんなことは無かろう。

諸葛亮は天下の一割を平定した地方政権のナンバー2
としてみんなから評価されてる.

天下統一とか中原回復とかの目標とは程遠い結果だが
普通に考えればそれなりに凄い。

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/09(土) 19:37:00 ID:3EO83AAnO
司馬懿はどう考えてもメジャーだろ
三国志を軽くかじっただけの人でもみんな知ってる
三国志関係以外で名前がメジャーな人なんて最近の人物を除けば孔子くらいのもんだ
唐とか明とか国号は知ってても建国者の名前なんて知らない

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 13:45:23 ID:N5w08lV60
始皇帝の本名は誰も知らんし、
チンギス・ハンと劉邦ぐらいかねえ。

ヌルハチとか名前は知ってても何者かは知らないだろうな。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 13:48:12 ID:wc2aOCO80
>>376
下手すると「抜かずヌルハチ」のほうが有名かも知れん

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 13:48:23 ID:TZ8rvgYG0
>>375
>三国志を軽くかじっただけの人でもみんな知ってる
それじゃ、三国志の中でメジャーというだけで、世界史全体でメジャーとはいわん。
三国志を知らなかったら、知らないわけだろ?

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 14:18:03 ID:aphLIL/s0
>>376
楊貴妃と玄宗皇帝なんかもいるな
後はラストエンペラー溥儀とか

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 18:06:22 ID:ZvS/UMo/O
>>378
「世界史全体で」なんて定義なら司馬懿程度の業績でメジャーになれるわけないやん

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 18:11:18 ID:9MIczvye0
世界史レベルなら、始皇帝、チンギス、孫子、孔子、他数人ってとこだな。
そんな話は誰もしていないw

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 18:32:26 ID:VqqP+8ZyO
項羽と劉邦忘れんな!

それと、麻雀好きなら、股くぐりの韓信は有名人


383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/11(月) 02:19:57 ID:dH5qhG+C0
オレの印象だと司馬昭は物凄く性格悪いと思う。かじゅうと同類。

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 01:58:19 ID:M3uJ7r7j0
高校の教科書に載ってたのは曹操・孫権・劉備+孔明だったな

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 06:26:24 ID:NRF1jZrDO
うちの高校の世界史の教科書に載ってたのは、曹丕・劉備・孫権。

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 09:58:21 ID:qEo8MZrR0
うちのとこは>>385と同じ解説で
おまけの注釈的な下の※のところにちょこっと諸葛亮の名が少し

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 09:59:02 ID:oyLvJOyNO
俺は三国志を熟読してたから世界史のこの辺のテストは余裕だと思ってたけど
三国志なんて一問も出ねーでやんの。

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 11:17:59 ID:WUuORhSh0
そりゃ三国時代なんぞ長い中国史の中のほんの一瞬の出来事に過ぎんしな
世界史の教科書的にはより重要な物事が多かったということ

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 12:03:33 ID:WerCTrz00
>>385
曹子桓・孫仲謀か…
何ていうか『結果』はそうかしらんが
歴史はその土台になる人や物事があって
当然三国にも曹孟徳・孫文台という素晴らしい人がいたいうのに倅ばっかり…。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 12:22:21 ID:vFuDTlHgO
歴史的に特に意義のある人物はその倅のほうだしな。

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 16:14:03 ID:CYasXYBZ0
曹操はともかく、孫堅は無いわ

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 23:32:08 ID:JroeMgUe0
秦だって長いことかかって強国になったのに有名なのは最後に統一した始皇帝だけじゃん。
>388
3000年のうちの100年は一瞬とはいえないんじゃないか。

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/16(土) 08:13:46 ID:HcHaZlsvO
自分の定めた法に敗れた商央

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/17(日) 13:54:09 ID:Bq9j0iFZ0
地元(中国)で人気無いからだ、以上。

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 09:35:19 ID:6eDv+GCF0
ウボアー('A`)

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 16:34:51 ID:xclsnaxJO
孫堅なんて大したことしてないじゃん

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 20:48:12 ID:1KGwSgJEO
合戦の最中に登山して射殺されて、一瞬にして一族郎党を路頭に迷わせたのに、
息子が建国して皇帝になったおかげで、一躍国父扱いに。

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 22:36:00 ID:K4qni3Gx0
なんで孫堅て好評価なんだろね。 三国志演技があるとしても。
史上無数の群雄の中のさらに小物の袁術のさらに手下でありかつパシリ。
群雄にすら成る前に戦死。

三国時代しかないのならともかく、この程度はいて捨てるほどいる。
たまに時代の寵児!みたいに書いてるのみると笑える。

メジャーかともかくエポックな時代でもない三国時代で重要度だと
曹操、曹丕。
文学で三曹、鍾元常。
次点で九品の陳長文。南朝一番手孫仲謀。

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 22:58:52 ID:W6HSIeyi0
勿論、孫堅の名が高いのは孫策と孫権のお陰だ。
が、孫堅が掃いて捨てるほどいるレベルの人間だったなら、
孫策の下に二張や周瑜、魯粛らが集まることは無かったし
そもそも袁術に機会を与えられることもなかっただろうね。
董卓の本軍を突破して洛陽まで到達した唯一の人間だぜ。

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 23:17:28 ID:W6HSIeyi0
あ、もしかして>>398は中国史全体での孫堅の評価のこと言ってたのか?
さすがに歴史全体から見て高く評価しているなんて話は聞いたこと無いなあw
そんなこと言ってる人間はいないと思うぞ? 398以外。

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 23:51:30 ID:IUvjxmL50
中国史でもトップクラスの400年続いた漢王朝が絶えたのは三国時代があったからで、
何故そうなったのかといえば太守が軍を持てるようになって戦国時代が訪れたからで、
何故軍を持てるようになったかというと黄巾の乱があったからなわけで・・・

張角が一番重要なんではないだろうか

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 09:39:14 ID:UBF6U6QU0
tんm5t

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 11:37:40 ID:3oFX6C1D0
高校の頃の漢文の授業で

しばしば司馬懿

という突っ込んでいいのか悪いのか微妙な出だしで
教室がざわついたのを覚えている

404 :sage:2008/02/27(水) 12:18:58 ID:UiHvvLfQ0
それで教室がざわつくほどの知名度があるなんて、素晴らしいことじゃないか

でも歴史上司馬懿のファンを公言した人はいたのかな?
諸葛亮や曹操は西晋時代から、諸葛亮には劉弘、曹操には陸機と大物がファンについている
個人的には好きだが、やっぱり司馬懿はファンに囲まれるタイプじゃないか

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 12:24:47 ID:7guLuHNQ0
いや、単なる語呂の問題でざわついたんだろう。

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/02(日) 12:21:12 ID:fi9t9/eX0
ざわ・・・・ざわ・・・・・

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/03(月) 21:01:46 ID:r4KrYOKq0
もうどうでもいいよ。三国志にでてこなければ、ファンがつくほど魅力ある人物じゃないだろ
こいつの生き方見習っても、ただのいやなせこい奴になるのが関の山だし

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/03(月) 22:26:41 ID:9b2QlP0R0
創業者らしい明るいエピソードとかあんま無いのな

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 22:14:13 ID:Y6TwkXQp0
>>398
孫堅は何気に南から洛陽攻略してるのがポイント高い。
ほぼ独力で首都に居座ってた董卓を追い出すのはかなり凄いけどな・・。

それと、この時代の文学だったら一番重要な何晏が出てこないのはどうなのよ

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 13:58:11 ID:atCah5GE0
( ^ω^)うーむ・・・・・・

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 08:28:51 ID:ZtT0TDq60
\(^o^)/オワタ

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 10:01:18 ID:OUWV+mPV0
蜀に大勝したわけじゃないし、魏の乗っ取りや呉平定に活躍したのは息子や孫

事跡でハッキリしているのは、せいぜい政治上のライバル曹爽を駆逐して、
晋建国の基礎を築いたというぐらいしかない

あとは、軍事上のライバル・張コウに無理な追撃戦を命じて死亡させたとか、
牛金を毒殺したという噂がある程度でしかない

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 10:06:58 ID:xXxEroL70
ライバル?
張コウなんてもう既に官位で追い抜いてるんだが…
それもかなり圧倒的に

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 10:23:08 ID:OUWV+mPV0
>>413
当時、張コウは車騎将軍(征西車騎将軍)、司馬懿は大将軍
官位でそんなに差はない

それに、権力という点で見れば歴戦の武将として文官の司馬懿以上に
軍や兵士たちからの支持があったので、司馬懿が専横を働いたとき、
軍事力でもってこれを粛正する実力があった



415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 10:51:37 ID:OUWV+mPV0
ちなみに、牛金の死因についても俗説の「玄石図(馬の後を継ぐのは牛)問題」ではなく、
牛金が曹仁子飼いの郎党から曹仁によって引き上げられ高位に上った人物であり、
それゆえに曹氏に忠誠心が厚く、それを圧迫する司馬氏を憎んでいた反司馬派の
武将であったゆえに謀殺され、それが玄石図のような俗説となって口コミで残ったという
推測をしている歴史論文は、中国の大学でいくつか発表されている。

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 11:53:45 ID:KKWAJGg10
司馬懿の大功といえば遼東平定だろう

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 12:36:25 ID:hgXAZluV0
征西車騎将軍ってやっぱ車騎将軍と同等だったんだろうか

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 13:50:18 ID:xXxEroL70
>>414
そんなに差はない、だと?
全然違うじゃないか
大将軍は一品官、車騎将軍は二品官
格が全然違う

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 16:41:16 ID:OUWV+mPV0
>>417
> 張コウが拝命したとされる征西車騎将軍という官位は、『三国志』張コウ伝においてのみ
> 登場するものであり、征東車騎将軍や征南車騎将軍なども例を見ない。
> そのためこの記述については、「誤植である」「征西の命を帯びた車騎将軍という意味である」
> などの指摘がある。
> なお『晋書』宣帝紀では張コウは車騎将軍と記述されている。
    Wikipediaより

>>418
その程度で「格が全然違う」とかいうような世界じゃないでしょ。
政治的影響力では文官の司馬懿が勝るけど、軍に対する影響力のある張コウは、もし反対派に
まわれば、司馬懿にとって危険。
シビリアンコントロールの日本においても、防衛大臣の石破が制服組に絶対的な影響力を
持ち得ないように、武官のトップ、つまり制服組のトップの張コウは司馬懿にとって潜在的な脅威
になりうる。
軍事力は、簡単に物事をひっくり返すからね。
だからこそ、今は自分にとって反対派ではなくても早めに始末しておくべき対象だったことは
十分に考えられる。
もっとも、あくまで司馬懿が張コウを死地に追い込んだというのは、推測でしかないけどね。

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 17:12:36 ID:xXxEroL70
>>419
格が全く違う
一品と二品の間には高い壁がある
特に大将軍は常任の将軍ではなかったので絶大な権限を持っている

第一大将軍は文官じゃなくて武官
元々対蜀担当になる以前は荊北方面の司令官として軍の重鎮だ

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 18:02:57 ID:WrKGtT1CO
そもそも張コウはあの時点で老齢だったと思うが。
司馬懿のライバルたりえる存在とはいえないのでは?
司馬懿もあの時点では、まだ用兵に慣れていない感があるから
(戦術レベルでは諸葛亮に負けてる)
単に采配ミスでは?

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 20:53:46 ID:4rdePE+VO
そう。
政敵排除のために戦死するように仕向けたなんて、
本能寺の黒幕は秀吉説の類のトンデモ論。
諸葛亮の待ち伏せを見抜けなかった、司馬懿の単なる采配ミス。

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 09:39:21 ID:sICPNFsn0
張コウはけっこう年輩なほうだよね

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 13:45:48 ID:xERGumFV0
黄巾の乱の時点(184年)で韓馥の軍の司馬をやっていたので、若くても20代後半、30歳半ばくらいが妥当な線
30歳だとすると没年の231年時点では77歳
20歳だとしたって67歳
当時52歳の司馬懿が忙殺する必要はないだろう

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 17:04:31 ID:i6yXYp+JO
将兵の信望厚い老練な歴戦の将軍。
恐れるに足りる存在だと思うが。

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 18:10:35 ID:xERGumFV0
>>425
でも老い先短いしそろそろ引退が近い
大体70歳で「老」(老とは70歳以上という字義がある)いたとされてお役ご免、もしくは引退だから
普通は気にする必要ないぞ

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 18:25:51 ID:fK1c6F84O
後に曹爽が老齢の司馬懿を疑っていた、ということもあるし、
猜疑心の強い司馬懿のこと考えられなくもないが、
仮に司馬懿が張コウを脅威的存在であると認識していたとしても
「だから処分した」という短絡的思考が妥当とは思えない。

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/21(金) 20:40:51 ID:NVzkbxvK0
はっきりした敵対関係でもない限り
自分のミスと見せかけて戦死させるなんて普通は考えないよな
いずれ謀反を起こす時にはもっと邪魔なやつがたくさんいるだろうし

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 14:06:22 ID:yq4onQgJO
呉蜀だと七十代でも全然現役に見えるが
魏は違ったんだろうか

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/24(月) 09:28:43 ID:lJUc6NMV0
>>429
じゃあその現役に見える例を出さなきゃ
よっぽど代替の利かない人材でもなければ70歳くらいにもなると隠居ないしお役ご免だよ

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/24(月) 22:49:42 ID:FRnau/yKO
魏ではトウ艾などはどうだろう?
いずれにせよ司馬懿が張コウを殺すために追撃させたというのは根拠薄弱ではないだろうか?
(なんか小説的だし)
両者が対立していたことを示す記述ってあったっけ?
というかそういう推論は一体どういう発想で出てくるんだ?
司馬懿が後にクーデターを起こしたからだろうか?
しかし張コウが仮に戦死しなかったとしても、
クーデターを起こした年まで生きていたとは思えないし、たとえ生きていたとしても呉の呂岱みたいに現役だったとは思えない。
もし司馬懿が本当に張コウの影響力を懸念していたとしたら杞憂だと思う。

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/25(火) 23:33:40 ID:WDDncA9Q0
>>431
ええと、ケ艾は年齢こそ不明なものの208年頃12歳以下だった事は正史から推測できるので、早くても197年生まれ
遅ければ200年代が生年ってことになる
没年は264年で確定的なので、征蜀時でも59〜65くらいで70歳には行ってない
七十老公って段灼に弁護されてるけど、七十歳にもなろうかという老公っていう意味なら間違いじゃないし
むしろこれ70歳にもなるともう先ないから野望なんて持てないっていう意味だから
張コウが70歳近い老人だったらやっぱり野望なんて持てないって事を補強する話に

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 21:36:46 ID:irdZVwMM0
張コウは長生きだったのでは?

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 07:53:42 ID:ZZjm/0nH0
司馬懿は、なぜ張コウをむりやり追撃させたのだろう?

他にも武将はいくらでもいる

張コウは魏軍の副司令官でしかも老将

そのうえ、司馬懿の追撃命令に反対している

それを、司令官としての権力をもって無理矢理追撃させた

そんな重要人物に伏兵の矢が直接あたるぐらいだから、与えられた追撃部隊も
さほど大人数ではないのだろう


暗殺説はさておき、そこまでリスクを犯して張コウに深追いを強要した理由は?


435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 11:55:40 ID:ZZjm/0nH0
>>424
> 黄巾の乱の時点(184年)で韓馥の軍の司馬をやっていたので、若くても20代後半、30歳半ばくらい

そんなことはない
地方太守の司馬程度なら10代や20代前半でもいくらでもいる

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 12:49:39 ID:q+ovL7nJ0
単に流れ矢に当たっただけなんじゃないの、と思うけど。

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 14:13:58 ID:3zYkCpYA0
>>434
副官的な立場の者があえて反対意見を言うのは普通のこと
誰もが司令に従ってたら考え方が一方的になり過ぎて失敗するから
だから、直前に反対意見を言うのが普通で、反対意見を述べたからと言って使わないなんてことはない
というのが軍隊の常識、古代でもそうなのかは知らんけど
司馬懿が無理に出撃させたんじゃないと思うが

>>435
寡聞なので知らないんだけど例えば誰かな?


438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/29(土) 17:32:14 ID:IinV8aak0
だよな
http://haikyo.t35.com/list.php

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 07:51:07 ID:SPdVugbW0
>>437
> 副官的な立場の者があえて反対意見を言うのは普通のこと
> 誰もが司令に従ってたら考え方が一方的になり過ぎて失敗するから

そんな慣習やルールは100%ありません

> だから、直前に反対意見を言うのが普通で、反対意見を述べたからと言って使わないなんてことはない
> というのが軍隊の常識

そんなわけないだろw
三国志やその他の中国の史書読んでみろよ
意見の対立でもめたり、あいてを恨んだりしまくってるじゃん


古代中国はどんだけ開明的・文化的なんだよwwww



440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 08:30:58 ID:SPdVugbW0
>>437
張コウは、司馬懿によって嫌々追撃戦をさせられているよ

裴松之註より
 『魏略』にいう。
 諸葛亮の軍が退くと、司馬懿は張コウに追撃を命じた。
 張コウは言った、「兵法には、包囲の城は必ず道を開けておく、帰りの軍は追ってはならぬ、とあります。」
 司馬懿は聞き入れなかった。
 張コウは仕方なく追撃した。
 蜀軍は高地に登って伏兵を設け、弓と石弓を乱射し、矢は張コウのももに命中した。



441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 10:07:24 ID:hFdQ7Exf0
>>439
だから現代的な軍隊での常識を述べてるんだが…
古代でも通用するかは知らないと言ってるだろ

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/03(木) 23:19:00 ID:iAbQrB8HO
>>441
もう来なくていいよ^^;

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/12(土) 09:50:39 ID:XH+8mfrw0
【最悪】民主党議連・北朝鮮籍以外の在日に選挙権を与えるべきで一致

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/13(日) 03:41:10 ID:rv9DpA4YO
むしろ芝居が適正評価で、米が過大評価だろ。
三国時代の人物は総じて過大評価だが




445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 17:52:59 ID:XQZ/7BSTO
演戯での活躍はこの人の戦歴の一部でしかないしな。

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 19:38:30 ID:FUE102X80
え、全部網羅してるんじゃないの?
遼東遠征も入ってるし。
むしろガイテイを自分の手柄にするとか、水増しされてないか?

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 02:18:51 ID:oAOJwewcO
対呉戦線での勝利は大抵省かれるねえ。
実際は対蜀より対呉担当の方が長い位だが。

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 11:09:43 ID:8rVsCTcQ0
まあ孔明の好敵手として美化されてる部分もあるし、プラマイゼロじゃないかね?

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 15:33:06 ID:YlBg99VN0
演義で第一次北伐の迎撃に参加してるのは、
結局空城の計に嵌められるためだろうな。

実際は曹仁の役目を引き継ぐような形で荊州方面指令。
実際に諸葛謹率いる呉軍を撃破して、張覇とかいう将軍を討ち取ってる。

晩年には呉軍のエース格の朱然を大破。
朱然は演義では夷陵の戦いであっさり死んだことにされており、
当然演義には無い。


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