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劉備と劉邦はどちらが優れている?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 21:07:06 ID:6b5s6IBB0
どっち?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 21:15:32 ID:igM4QMs60
何故に似てもいない劉備と劉邦?
孫権と劉邦のほうがまだ似てる

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 21:17:43 ID:6WNjXePY0
高祖の風有り

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 22:15:52 ID:7xtm2Nl6O
りゅうびのほうがすき

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 00:37:01 ID:veo65chW0
>>2
えーーーっ!?

漢王から帝になったのと、逃げ上手なのは似てるし。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 01:24:28 ID:syQ3N+mnO
劉邦は守るのも攻めるのも案外上手

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 01:37:52 ID:/X4gtfxI0
比べるのが失礼でしょう

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 02:26:43 ID:HFan1uE+0
日本での知名度は劉備

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 08:55:03 ID:0tQx+RqS0
二人ともヤクザの親分みたいな感じだったと聞いたけど
子分というか盟友というか
諸葛亮は張良タイプか蕭何タイプかは荒れるからほっといて
韓信タイプが劉備にはいなかったのが残念
斎王の立場としての韓信が関羽なき後は劉備にとっては呉の孫権だったのかな


10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 09:35:41 ID:uISlXmcZ0
>>9
日本語でおk

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 15:13:03 ID:0a13yIQF0
結果を見れば劉邦だな。

天下を取り、途中断絶はあれども400年に渡って続く政権を創始した劉邦。

蜀の支配権を奪って地方に割拠、皇帝を称した劉備。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 15:17:11 ID:Oh4+vxnlO
劉邦って元ヤクザでしょ?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 15:42:02 ID:l3iPGrPZ0
劉秀と比べたらゴミのような連中ですがね

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 16:31:07 ID:UUccATef0
劉秀だって劉邦が皇帝になっていなかったら人生のスタートは単なるゴロツキじゃね?

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 17:16:32 ID:KgvthHP20
後趙の石勒は劉邦のような人物がいたら臣事し、後漢の劉秀なら争い、曹操や司馬イのような人を騙して天下をとるようなマネはしないと言ってますね。石勒の中では劉邦>劉秀>曹操、司馬イって評価なんですね。


16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 22:11:44 ID:Xp4MZbpf0
劉秀も加えて議論していけば、かなり面白いスレになりそう

ちなみに、スタート位置、俗に言う「地盤」、「看板」、「鞄」という元手の意味では
間違いなく劉秀が一歩も二歩もリード
それに、祖父に地方官僚を持つ劉備(洛陽に遊学しているくらいだし)が次いで
やはり、一市民である劉邦が一番境遇としてはきついねえ

こいつらの共通点は、大敗しても絶対に死なねえで生き延びやがる
ゴキブリ並みの生命力(褒め言葉)の持ち主と言うところか?
血は水よりも濃いとは言ったものだ

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 23:20:41 ID:YC/mmT4F0
>>9
ありえないけど曹操が劉備についてたら
韓信タイプとして活躍してくれたかも

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 00:06:03 ID:qb1lgykBO
劉備には関羽、張飛のような生涯の親友が居たが、劉邦には居なかった
この点では劉備の方が上

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 00:14:46 ID:hSO+RP6eO
>>18
蕭何
曹参
ハンカイ
張耳
夏侯嬰…

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 01:17:34 ID:2TFCyyLb0
廬綰をお忘れか!
曹操でいうと夏侯惇くらい寵愛を受けてるぞ。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 04:45:22 ID:Jvz20JiC0
つーか劉邦ってなんであんなに立てられたんだ?
徳があったとかいうがどこに魅力があった?

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 09:29:46 ID:+eF1R0xo0
ヒデたんの汚点は馬援への讒言を真に受けて爵位を剥いだことくらいか。
ソナエ兄貴は東征、クニ親分は白登山の大恥かな。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 18:45:28 ID:0uz3sfEM0
占いで政治するのに反対した部下を殺そうとしたり、妹を庇う為に法を曲げて官吏を殺そうとしたり色々瑕はある

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:29:28 ID:NUI05Pp50
>>19
皇帝に なったとたんに 皆殺し

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:30:34 ID:NUI05Pp50
>>23
玉に瑕といえば リンソウジョとベンカだな

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:56:42 ID:r4880FkgO
>>24
その連中は一人も殺してないよ

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:17:55 ID:QIFaySDV0
>>21
項羽が無慈悲すぎたからだろ。
その上、人外無双の武威まで誇ってたから
無力な民は項羽そのものが魔神のようにさえ見えたんだろうな。
それを救済したのが劉邦ってだけの話じゃないのかな。
個人的には韓信に天下を取ってもらいたかった。



28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:30:57 ID:4Lryoxzw0
劉備と呂布しかいないような状況だからな
そら劉邦選ぶよ

曹操みたいなのがいたら三国鼎立になってたんだろうな


県立三国高校(けんりつみくにこうこう)

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 07:55:11 ID:JUu2FcyE0
韓信はもちっと政治力があれば曹操になれたと思うんだ・・

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 09:56:29 ID:H1MwX8Ha0
30get!

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 10:35:05 ID:uGMEbVEx0
韓信vs公孫述vs孫権

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 11:16:57 ID:uGMEbVEx0
iloveme

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 01:10:01 ID:8ml8GhsJ0
圧倒的に劉邦だろ。
あの体たらくぶりで天下をとるのだから異常に近い。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 04:26:44 ID:DCJ5R8GV0
しかし、両人とも旗下に優秀で忠義な人材が何故か集まるのは
似たところはあったんだろうな。
劉備は劉邦を手本にしていたというが、真似して出来ることじゃないし
両人とも人を惹きつける天性の魅力はあったんだろう。

成し遂げたことは劉邦に分があるが、基本的に劉備より欠点が多いと思う。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 04:48:50 ID:kJE+cpFkO
能力では別だが人柄では劉備の方が好きだな
劉邦はなぜ粛清をしていったんだろうね

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 04:52:26 ID:4RqjP/SQ0
24 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/03/17(土) 04:40:14 ID:4RqjP/SQ0
ちなみにあの劉邦はその昔、尿壷に用を足すことが上手に出来なかった為
女のように便所で用を足していたことから【東陶小娘】や【解手漢】と皆から馬鹿にされたそうだ。
そのことを項羽に皆の前で馬鹿にされたことが劉邦と項羽の両名が歴史に名を残すキッカケとなったらしい。


37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 12:22:57 ID:Hqs81aV30
(  ;ハ;)イイハナシアルー

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 13:29:45 ID:1NoRnQij0
>>35
劉備も、天下統一したら粛正しまくってたかもしれないぞ。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 15:37:09 ID:IxJ5MeYE0
あの粛清はかなり異常ですよね...
梁王・彭越を塩漬けにて配るとは(苦笑)
しかも、功績の無い劉一族を王位につかせたと言うのはダメダメですね

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 15:44:42 ID:rHMy+yYi0
粛清と言えば疑獄を作り出した、明の洪武帝でしょう。
何万人も粛清してるらしいし。


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 15:55:49 ID:7NR9qiC30
しょうがないんじゃねーの。
元々劉家は王家でもなんでもない劉邦一代で築いたもの。
土台になるものがないから自分が死んだ後を考えると一族を持ち上げないと不安だろう。
朱元璋も秀吉もそうだけど一代で地位を築くと譜代の家臣がいないから、
自分が死んだ後も自分に仕えた時と同じように子供に仕えてくれるかわからんもん。
何だかんだで血統とか大義名分が大事だしね。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 15:57:35 ID:rHMy+yYi0
ハンレイとか、処世術にたけてるよな。
あと、張良も。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 17:20:52 ID:2IKH+mmO0
名前くっつけたら良いよ 劉邦 あ、劉邦になっちゃった

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 17:49:57 ID:PyPb8Rej0
>>1
劉備だな。劉邦は孫権タイプには絶対勝てない。後漢末では生き残れない気がする。

>>2
斬新な考え。でも劉邦は本国は臣下に任せて自分は戦場にいくタイプなんだよね。

>>6
どこが?劉備って項羽に一度も勝ってないじゃん。韓信、彭越のあたりは案外
簡単に項羽をひねっているのに。単于にもやられているし、英布の弓で重症だし、
韓信無しで劉邦が勝った事なんかないだろ。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 17:52:42 ID:rHMy+yYi0
>>44
>劉備って項羽に一度も勝ってないじゃん
そりゃ、そうだろっw

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 17:57:37 ID:PyPb8Rej0
>>11
劉邦は最期まで反逆者の鎮圧に追われて一生を終えた。400年続いたのは、
周勃、陳平と劉邦の正反対のスーパー優等生、劉秀くんのおかげ。

>>13
劉秀くんに比べたら二人とも無礼、無知、無教養のダニですからね。

>>14
劉秀くんはウンコしないよ

>>15
石勒ごときに何がわかる。
劉秀>>>劉邦>>>石勒>>>司馬懿>>>劉備>>>曹操>>>孫権
これが正解。



47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 17:58:19 ID:PyPb8Rej0
>>45
うっ・・・

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 17:59:44 ID:PyPb8Rej0
それはそうと、項劉記を730円で買ってきた。劉邦の統率が99もある・・・。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 18:45:28 ID:AcXyJdd70
劉秀は優等生すぎて、かえって人間的な魅力に欠けるな。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 18:50:49 ID:rHMy+yYi0
>>49
劉秀の小説とかないのか?
俺は前後漢代を専攻していたが劉秀のことはあまり知らない。
正史は読んだんだが印象にない。
粛清はあったのかもしらない。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 18:53:31 ID:Uxj1OHBV0
優等生っつーか、いい意味で小物だったんだろ。

劉秀「執金吾になって、陰麗華ちゃんと結婚できればいいなぁ」

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 20:57:23 ID:WWhSavPh0
劉秀の場合優れた兄がいたこともあるし

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 21:16:04 ID:GyDkzbyD0
劉邦死んでから粛清が始まったと思ってたけど
劉邦も非道い事してたんだね
劉備が天下とってたら馬超に涼州あたえてたかな
そして馬超本人はその気がなくとも謀反の風評はどこからともなく出て…

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 23:33:26 ID:DOpO+ts70
>>50
あることはあるのだが。
劉秀からいきなり書き始めても日本の一般読者には理解不能、
かといって始皇帝あたりから書いていくと誰がメインになるかわからん。
というわけで、これはという適当な小説がまだない。

いきさつが大概わかるのは小説十八史略ぐらいだな。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 23:35:57 ID:rHMy+yYi0
>>54
十八史略は正史である18の歴史書の抜き書きだからなぁ。
後漢書読み直してみるかな。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 22:46:49 ID:dnTenftA0
なぜ、劉備は天下をとれなかったんだろう?人間の器は、劉邦と対等以上なのに。
名門の血をうけ、関羽・張羽・孔明などの最高レベルの武将・軍師に恵まれてた
のに・・・ライバルをとっても、項羽は名門出身で軍事的天才、曹操は宦官の孫
という卑賤の生まれで、人格低劣・軍事的にも赤壁の大敗が示すように無能極まり
ない奴なのに。不思議だ・・・

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 22:52:00 ID:HSALx1fkO
>>56の頭の中が不思議だ…。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 23:21:38 ID:162yLwmk0
>>55
小説十八史略は、分量2倍の超加筆補強バージョンなんか出してくれると嬉しいな。
長くなると、だれてしまうのかも知れないけど。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 01:11:39 ID:r0Djoy+K0
56 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:2007/03/18(日) 22:46:49 ID:dnTenftA0
なぜ、劉備は天下をとれなかったんだろう?人間の器は、劉邦と対等以上なのに。
名門の血をうけ、関羽・張羽・孔明などの最高レベルの武将・軍師に恵まれてた
のに・・・ライバルをとっても、項羽は名門出身で軍事的天才、曹操は宦官の孫
という卑賤の生まれで、人格低劣・軍事的にも赤壁の大敗が示すように無能極まり
ない奴なのに。不思議だ・・・

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 01:52:02 ID:OVQw01df0
まあさすがに釣りだろうが万一本気でそう考えてるなら答えは出てるな

「最高レベルの武将・軍師に恵まれてた」「曹操は(略)無能極まりない奴なのに」
これが嘘っぱちかさもなくばそれでも勝てなかった劉備がとことん無能だったかのどちらかだ

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 05:11:20 ID:aE2cnpqe0
はんれいとハンショはハッピーエンドだよね。
でも一度死んだに等しいけど。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 09:32:03 ID:+3iYCZpU0
劉備は大事なトコでポカしてないか

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 11:42:06 ID:jDdqUVMB0
元々天下三分自体詐欺みたいな戦略だろ。
一時(219年前後)、本当に奇跡が興りそうだったというだけで神。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 16:18:53 ID:WnIJwTvOO
>>46
石勒にすら理解しきれんとしたら、どうしてお前が語れるwww



劉備は曹操や孫家3代に劣る。関羽張飛のような個人武勇は時代遅れになりつつある後漢末にイニチアシブは曹操にあったろう。質量ともに、戦い吸収してきた数が違う。
劉邦のもとには時勢にあった名将が揃った、っていうイメージがある

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 17:32:20 ID:jDdqUVMB0
袁紹≧曹操≧劉備>>>>孫氏三代>他

孫氏三代の面々は一長一短すぎて、到底、新王朝を作れる面子じゃない。
キーポイントとなる戦は5つ、
官渡、赤壁、漢中、樊城、夷陵の結果次第だ。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 19:14:57 ID:T12FbXqW0
正史の袁紹は結構やり手なんだよね。袁氏の本拠と財力は袁術が相続。
左遷されて僻地渤海から独力でで華北を切り取って大勢力を形勢。

曹操は部下にいろいろな局面を委任したけど、
袁紹はすべて自分でやって最後は自分で制御できる限界より組織が肥大化して自滅

優柔不断な演義の袁紹と正反対みたいな性格みたい

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 20:17:23 ID:1qmoz0pk0
>>60
見事に>>56の一本釣りに引っかかってるじゃねえかw


68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 00:08:52 ID:pWAzJX0DO
劉備に大層な器はない。
もちろん群雄相応な野心はあったろうが袁紹や曹操、孫策らに感じる親を乗り越え己の才で正々堂々名を上げるという感じはしない。

劉の姓を旗に野を這えずり、まんまと同姓の領土を掠めとり、平然と帝を名乗る小悪党。
高祖劉邦も泣いておられるよ。


要は荊州かえせー!w

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 01:37:13 ID:Jk/xRm/l0
劉備が小悪党なら、劉邦は相当な大悪党
両人とも生存能力はゴキブリ級で、
何故か有能な人材が配下になってくれるという特殊能力がある

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 05:39:23 ID:w5wZBIvt0
正々堂々とかワロス

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 14:17:07 ID:zwm4KLew0
ていうか、その悪党を沢山生んだ劉家で劉秀が生まれたと言うのがかなり謎な訳で

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 20:47:50 ID:E1U1ws5pO
一代で劉備くらいの領地を支配した奴はその後結構いる
俺の中では朱全忠>>>>劉備

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 23:14:23 ID:UrJdT1Q+0
劉備はあの流転そのものがドラマだからなあ。
その結果、同時代の大勢力のほとんどと密接な関係がある男。
彼の足跡を追うだけで、三国鼎立までのドラマができちゃうぐらいなのだ。

このへんが別格なのだよ。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 20:51:40 ID:5cZG9l0R0
>>51
劉秀が小者だったら、英雄なんてこの世にいなくなると思うがのう。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 21:04:01 ID:5cZG9l0R0
>>69

孫文
中国のヤクザ。正統の北京政府に対してテロを繰り返す。
劣化版劉備、生存能力はゴキブリ級で、アメリカや日本で金をたかりながら
生活する駄目人間。しかし所詮、劣化劉備なので広州を押さえるのがやっと。


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/22(木) 00:42:47 ID:YhkRpJMU0
>>74
英雄がいわゆる「大物」ばかりだと思ってるなら大間違いだな。
英雄にそういうタイプの奴が多いってだけだ。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/22(木) 09:57:48 ID:oIJjDGYY0
\(^o^)/

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/22(木) 22:10:44 ID:FArs49O90
劉備と同じ環境におかれて生き残れる奴はそういないだろうな
危機管理意識?が並じゃない

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/22(木) 22:20:42 ID:8TY6xq6p0
中国での評価は劉備>劉邦>劉秀?

80 :wang:2007/03/22(木) 22:39:44 ID:j13av0Lh0
劉邦でしょ。


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/22(木) 22:50:48 ID:QNXJszijO
>>79
中国での劉邦の知名度は日本以上だから、間違っても劉備を劉邦より評価する人はいないでしょ。



82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/22(木) 23:33:16 ID:njUp4ngV0
>>72
朱温を、三国演義における劉備並みの聖人君子として、
描いた物語は作れるだろうか?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/22(木) 23:51:54 ID:G6anuSEy0
まあ貧乏人からのサクセスストーリーと
宦官という絶対悪をヌッ殺す英雄って強調して善玉に出来るだろう
李克用の方が善玉向きだが

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/23(金) 09:27:24 ID:S5FlF4qO0
劉備はツメが甘い

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/23(金) 18:50:00 ID:X3FxMiaj0
じゃ、ツメに辛子でも塗っておくか。


86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/23(金) 21:03:08 ID:hKkaUnb60
( ^ω^) おっおっおっ

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/23(金) 22:15:22 ID:OPD7aUVz0
>>82
あんなに寝返りまくりの朱温が英雄になれるわけないでしょ!








・・・・あれ?

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/23(金) 23:38:01 ID:MgdalQmU0
劉備と呂布しかいなかったようなもんだろ
劉邦と項羽の時代って

生まれた時代が良かっただけだよ
あまり変わりない むしろ劉邦のほうが実力は無い

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 00:14:05 ID:PXRUtAr50
>>88
劉備と呂布しかいなかったようなもんって・・・・・・

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 03:36:36 ID:KHzoIZeZ0
せめて劉備と孫策ぐらいにしたほうがまだ正しい気がする

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 03:59:03 ID:G+5bBuNl0
劉備はまだ常人じゃないところが垣間見えるが
劉邦はどう見てもただのダメ人間にしか見えない。
配下の意見をよく取り入れる素直なところが好まれたのかな?

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 04:18:55 ID:EGHlVV6v0
劉邦の最大の長所は「自分の器を知っている」こと。
自分より頭のいい人間の言うことは素直に聞くし(これで心服する香具師が多い)
苦手なことは自分より出来る香具師に平気で丸投げする。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 05:10:07 ID:rhfRP2YY0
>>92
劉備は登用したての諸葛亮の進言退けて、荊州強奪しなかったよ。
法正の進言には乗って益州強奪したけど。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 05:22:30 ID:/N/bdosGO
劉備は劉邦より能力があるぶん自分の才能を過信してるとこがある

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 07:08:37 ID:rMA8MHVi0
よく考えたら劉邦って、蕭何にいいように操られてるだけじゃね?

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 07:52:36 ID:MaAEVuPb0
蕭何にそんな芸当ができるようには見えない。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 09:43:05 ID:Q20JFK/E0
劉備の統一に失敗した理由。
天:曹操がいたこと。漢朝復興の大義名分自体が揺らいでいたこと。
地:領土、物資の確保が遅かったこと。
人:人材の結集が遅かったこと。個人としては英雄だが…

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 09:43:30 ID:39YaJ4kwO
矢が刺さっても平気な顔したりは常人には出来ないよ

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 09:48:53 ID:OIm6DQJR0
>>97
劉備と曹操の違い

地盤→ひたすら流浪しまくって、やっと根拠地を固めることができたのが最晩年
看板→漢王朝に連なる血統、これのみ(劉表とかよりははるかに不利)
鞄 →借りた金を返せないほどの借金王、というか踏み倒しすぎ

どう考えても、袁紹や曹操の陣営の方が居心地がいいよね
看板(血統)のみであそこまで伸し上がったのは、やはり英雄だよ
そして、看板すら持ち合わせていなかった劉邦にいたっては別格でしょ?

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 10:17:21 ID:dK0oDcRC0
劉邦の偉大さは陳勝・呉広と較べると分かるでしょ。
器が違う。













但し、粛清前の話。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 10:22:22 ID:Q20JFK/E0
<秦末西漢初>
本命:項羽 対抗:劉邦 大穴:韓信

<新末東漢初>
本命:劉玄 対抗:劉縯 大穴:劉秀

<東漢末魏初>
本命:袁術 対抗:袁紹 大穴:曹操

この分布だと劉備はポジション的に公孫述か?
曹操のマイナス面で大きくなった印象。
序盤は天下取りのレースに参加すらしてない。
孔明を得てからの中途参加だよなあ。やっぱ。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 12:01:11 ID:q3kmRYCT0
袁術って実際はそpんな嫌われてたん?

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 19:44:15 ID:dK0oDcRC0
>>102
皇帝を僭称したからじゃない?
そりゃまずいわな。
後漢末だと

本命:袁紹 対抗:曹操 大穴:孫策
くらいだろう。


104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 21:06:26 ID:GJG1Hagb0
>>82
朱温は演義の曹操そのものだからなんとも善玉は難しいと思うぜ。
>>103
袁紹、袁術は党錮の禁などで弾圧されそうな人物を匿って名声を得ているし、
宦官討伐の首謀者として大業をなし遂げている。
曹操は袁紹の武将扱いとして袁術や黒山賊と戦ってるね。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/24(土) 23:25:45 ID:vpw6ixpb0
>>82
とりあえず成人君子なんだから、唐朝に忠義を尽くさなければならないはずだけど、
簒奪したことにどう説明をつけるかだな。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 03:17:28 ID:flRSUorF0
劉備の「立身」の上で、漢王朝に連なる血筋とやらはどの程度役立ったんだろ?
遥かに由緒正しい血筋の人物で、没落の憂き目にあった人物が多いのに。本当
のところ、後世における評判や正当化以外、現実の劉備の人生に対して寄与し
なかったと思うけど。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 09:24:20 ID:O0ZJlXW70
>>106
血統者にしては、けっこうないがしろにされてた気が

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 10:05:57 ID:iOkG+5F/0
劉備はあれだろ。日本でいえば俺には遠い昔の天皇の血が入ってるでもその
証拠は家系図のみだ。ゆえに俺は日本を支配する権利があるとかいって
日本の4分の1を支配したようなもんだろ?

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 12:15:43 ID:bw2zv4kY0
大義名分として大いに効果があっただろう。
劉姓じゃなかったら流れ者の人間が蜀を治めることは出来んかったし、
帝位に就く事なんて出来んよ。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 19:51:00 ID:DZV1DDcp0

あの時代に、代々劉姓を名乗り続けることができたという事は
血統が正しいものだと認められ続けてきたからだろう

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 19:52:46 ID:51xB3Qzr0
出身地には昔からの知人もいるだろうし、比較的裕福だったし
たしか税金の免除とかもあったらしいので
全くの出鱈目でもないと思うけどね。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 20:13:19 ID:YJ/lU7WM0
劉備の家は父親が死んだため貧しかったが、彼の学費を出してくれる裕福な親族がいた。
仮に家系伝説が自称に過ぎなくとも劉備個人の自称ではなく一族の伝承でであったであろう。
多分。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 09:29:56 ID:CEdDAwni0
あの時代に堂々と劉姓を名乗れたということは
本当に皇族の末裔だったんだろう

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 14:01:39 ID:+yoE8ZI+0
>>106
劉姓と小金持ちの親族のおかげでかなりまともな学校に行けた。
本物の素性なしだと金があってもそう簡単にはいかない。
劉姓なんてゴロゴロいたから漢室につながってた利点は実はそれくらい。

劉備のその後に役立ったのは苗字だけではなく学校で得た教養と人脈だな。
そのおかげで、どこへ行こうがただの傭兵隊長じゃなく士大夫扱いされ、
わらしべ長者のような出世ぶりを果たせた。

のちに皇帝を名乗れたのも、簒奪された王朝を復興するという大義名分が
あったからだが、それを可能にしたのは曹操から貰った分不相応な官位だったりする。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 14:17:16 ID:MYU6zSe40
一体、曹操は劉備をどう使うつもりだったのだろう?
呂布に徐州を追われてからさっさと殺してしまえば良かったのに。
あと、入蜀がすんなり成功したのも劉姓のおかげだよな。
孫呉では到底無理だと思われる。
劉備との手腕の差がどうとか以前の話で。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 21:20:54 ID:Ja+ScNSC0
劉邦悪役 項羽善役
劉備善役 曹操悪役
inシナ

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 21:32:30 ID:MYU6zSe40
巨悪の前では小悪が良く見える不思議。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 21:54:50 ID:Rw7ree8G0
劉備ってなんであんなに漢王朝復活という名目に固執したんだろうな
曹操の下にいれば結構な官職に上れて子孫が貴族になれた可能性も低くないだろうに
絶対皇帝じゃなきゃ納得できない上昇志向の持ち主か本物の忠義者だったか
俺は忠義者説を推したいね
演技やらの反動で実は劉備は悪者みたいにいわれてるけど漢王朝に対する行動としては忠義があるように見える

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 22:25:26 ID:q46nQ3vk0
俺はどちらかというと漢王朝のためってより野心のために漢王朝に固執したっぽいと思うけどね。
献帝死去の誤報(?)の時に帝位に登った事とか故意に感じるんだよね。
つーか劉備って漢のために何かしたことあったっけ?

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 22:27:08 ID:q46nQ3vk0
あー、っと誤解ないように言っとくけど野心家=悪とは思ってないよ。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/28(水) 23:04:35 ID:lnxJqA4n0
劉氏でなければ、武帝の配下でそれこそ呂布と双璧の態を為したかもしれない。
全ては自分の可能性を信じればこそだ。
初志貫徹、その一念だけであそこまで成り上がったのだと思われる。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 09:42:45 ID:nHYDtFTb0
ものすごい立派に聞こえるね

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 13:42:46 ID:ci4Bpl270
劉備の行為って、漢王朝の権威を損なうようなことばかりだけどね。
結局、曹操への対抗上で劉姓を大きく持ち上げたってとこだろ。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 21:50:52 ID:pkevsVQD0
劉邦だったら閨秀はもらってたと思う
妙な気取りがあるよう見えるのか劉備はあんまりすきじゃない

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/30(金) 07:28:43 ID:KHIbXpQ00
忠義者といっても盲目的な現実見ない忠義者じゃなくある程度現実見れた忠義者だったんじゃないかな
献帝個人じゃなく400年続いた漢王朝への

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/30(金) 09:43:45 ID:7/7nQX8/0
ぅうぬ

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 00:31:22 ID:JR6c93rj0
劉裕最強

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 02:13:14 ID:hvatm+KoO
やっぱり劉表から荊州もらっておけばよかったよなぁ

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 02:16:21 ID:gFdHev4T0
背中がかゆい

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/05(木) 09:13:43 ID:+BfwA/qI0
>>127
うむ。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/10(火) 09:15:38 ID:35MLDS0z0
劉封スレはココですか?

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/11(水) 09:19:30 ID:qgiHXICO0
( ^ω^) うむ。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/12(木) 09:16:09 ID:mZi3T9KH0
劉裕って漢王家とは関係無いんだろ?

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/12(木) 20:35:37 ID:CC11Lb2Q0
名目上は劉邦の弟の楚王の末裔だけど即位後に俺みたいな奴がそんなわけねーだろウソだよと言ってる
楚王の末裔だと東晋に劉隗っていうのがいたな

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 09:26:00 ID:+0uD+bDW0
劉隗はマジなんか

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 00:46:05 ID:0BbxTRtl0
マジかどうかまでいくと実証するのは無理だな
当時の人々が疑ってないなら真実の可能性が高いってだけだな

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 23:11:33 ID:ygzfRD7f0
間男とか考えるとちゃんと漢皇室の血を引いてるのってリ劉邦だけだよね?

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 09:24:28 ID:5oGc1+UI0
(;;´;゚;ё;゚;`;;)?

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 09:18:34 ID:a19YSsjR0
今、中国の陸上の選手で、劉翔っているよね
彼は漢皇族末裔なのかな

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 13:21:24 ID:MlaEg2fc0
知らんが漢代のうちに劉姓の人口は増えた

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 14:35:17 ID:DKDtyi6U0
張遼の親父はたしか偽名使って張○さんになったような記憶が・・・
漢代のうちに劉姓の人口は増えた確立は実は高い?

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 20:51:58 ID:TPzJstQB0
>>139
劉って中国人口多い名字TOP5に入ったと思うんだが
それ全員末裔か

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 20:59:54 ID:xPy5K2DI0
中国で多い姓は
劉・張・趙・朱じゃないか?

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 21:16:04 ID:jP7qlD710
張三 李四 王五

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 22:28:09 ID:JbRmNoqG0
先日の調査では王姓が一番多かったらしい。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 15:08:57 ID:3gsNaXHe0
>>145
ちょうど今朝その記事が載った一昨日発売の中国紙を読んだばかりだ。
省や都市によって分布は違うが中国全土では、王、李、張、劉の順番。
(以前は李がいちばん多いと言われてた)

この四つの姓だけで全体の25%ほどを占めるらしい。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 00:54:09 ID:UVT3hVNo0
ほぇ^

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 01:37:12 ID:M+QfDDJv0
元が王・張・劉・李・趙の姓皆殺しを考えたぐらいだからな
王・張は昔から多かったんだろう

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 17:02:21 ID:SctPh0pe0
その割に王姓で有名なヤツって少ないよね
無能かつ数は居る姓の代表だな>王

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 17:19:11 ID:4JSygKbH0
苗字スレじゃないんだが。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 17:40:37 ID:5jIPwV+g0
>>149
王姓で有名な奴は王安石と王貞治と男塾の王大人だ。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 20:12:06 ID:gAlET1ZvO
王平

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 01:07:18 ID:zV3Guw3J0
王莽


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 01:21:53 ID:8n8s+mbY0
王守仁

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 08:19:54 ID:GWsZY5pX0
王子服って高級そうだぜ

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 09:51:32 ID:4Il9hWZv0
英雄ってプラスのイメージのある奴じゃないとダメだと思う。
太平天国の洪秀全を英雄とは呼ばないだろ?
太平天国を独自の私兵とも言える軍隊を作り上げた曽国藩や李鴻章を英雄と呼ぶだろ?
だから黄巾の乱の張角や五斗米道の張魯は英雄とは呼ばないと思う。
コウホスウだろいれるとしたら。


157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 10:40:44 ID:8ybH+zNFO
王翦は偉大な将軍

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 14:19:07 ID:jGWlFeOw0
劉備って劉邦と劉秀を足して2で割った感じだよね

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 14:35:36 ID:RB2j0YJN0
どこが?

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 22:19:10 ID:du3PnYYkO
王ドラ

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 23:17:05 ID:5IuiTRaZ0
>>155
リメDQ5のOT技で強引に入手したけどヘンリーしか装備できなかった

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:30:48 ID:h9AgLL6n0
王ドロボウ

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 23:56:10 ID:m5Dx7dNm0
まあ、結果が全て。

つまり優れていたのは劉邦ということになる。


164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 01:46:53 ID:lNK5MjyIO
劉邦は非常になりきれたから天下を取ったがその分孤独になってしまった
劉備は非常になりきれなかったから天下を取りこぼしたが自分の思うがままに生きることができた

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 03:31:26 ID:P2VFHRX+0
むしろ項羽と曹操の出来の違いが大きいだろう

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 22:15:19 ID:Ahw9Lf140
生まれながらに劉邦は非常の人だと思うが


167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 00:25:38 ID:F1sm2Jlv0
非常・・・非情・・・

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 00:47:30 ID:7AqRVc7g0
非常だけど非情ではないな

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 02:04:48 ID:F9FAH7wM0
天下とったら被害妄想か何かで非情になったな

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 20:29:52 ID:6FKDqdOp0
奥さんがな

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/17(木) 13:03:17 ID:Yj0xznB30
いや、本人もだよ
奥さんが狂ったのは劉邦が死亡してから

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 00:28:06 ID:NvMOxIqB0
劉備は良くも悪くも死ぬまで侠客だった

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 07:40:27 ID:XCvlMhTn0
劉備

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 00:00:45 ID:ekwAvNoX0
劉邦vs劉秀vs劉備vs劉淵vs劉裕

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 05:01:22 ID:1rIWJxZL0
劉邦

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 14:59:58 ID:kL4UO3S2O
劉備って侠客なのか?

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 19:45:25 ID:c0mYe7Q+0
劉備は侠者に限りなく近いよ。


178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 19:52:53 ID:UdUHXblb0
少なくとも関張簡あたりが部下からしてアウトロー軍団の頭目というとこだな

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 19:32:51 ID:nSco5dfJO
侠客とかアウトローとかってイメージはないなぁ。
まがりなりにも盧植の弟子だし。
地元の若者集めて用兵の練習してた魯粛なんかと少し被る。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 22:20:40 ID:P/cymk43O
どちらかというと劉備はインテリヤクザ
当時の知識人たちに評価されてるでしょ

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 03:07:16 ID:Qw7WevA20
ダメダメ人間の劉邦の回りになぜか人材が集まり、
気がついたら天下をとってた、というのは話が面白すぎるよ。
まあ、庶民のあこがれ、といったところだろう。
司馬遼太郎、客色しすぎだ。

実際のところ、やはり傑物というか、凄みのある人物だったんだろう。
でなきゃ、天下がとれるわきゃあない


182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 03:16:00 ID:WEsUl4fC0
上:贏政、冒頓
中:劉邦、項羽
下:韓信、彭越、黥布、韓王信

当時の東亜の王たち。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 03:22:49 ID:WEsUl4fC0
劉邦や項羽はいいとこ数百年に一人。
上の二人は千年に一人。
韓信も戦争屋としては千年に一人の男だが王としては…

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 04:24:12 ID:T5nH/7ObO
始皇帝じゃなくても当時の秦ならそのうち天下統一できそうな気がしないでもない

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 04:34:49 ID:ce8tJopU0
短期間でやっちゃった辺りは始皇帝を評価できるような
その分短期間で崩壊してしまったけど

純粋な個人能力なら、劉備>劉邦だろうけど
組織のTOPとして考えると、劉邦>劉備だろうな

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 13:26:22 ID:1ILWeWMw0
始皇帝はすごい先進的だよね
あのまま秦の統治が続けば・・・・
漢から2000年くらい同じことを繰り返してるのに

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 18:51:12 ID:v18W/Hrb0
いや、法治主義を徹底しすぎる王朝は長続きしない。
これも歴史の経験則だから。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 22:13:54 ID:8gePunKh0
つうか法律は厳しすぎると普通の人間をもちょっとしたことで犯罪者にするしな

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 22:18:58 ID:FCt+nzv00
二人とも李世民を前にしたらケツの穴舐めてでも許しを請うだろう

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 23:19:55 ID:y2eKuzIw0
>>179
弟子、門下生にもピンからキリまであってね。劉備のそれはどう考えても落第生。

>>187
前漢とか明とか清とか。

それから始皇帝は法治を徹底したが、ちょっとしたことで犯罪になるような行き過ぎた
体制は二世皇帝から。むしろ、始皇帝の法治体制が二世皇帝と趙高によって壊された為
秦は短命に終わった。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 11:00:14 ID:vk3Wf5GCO
落第生だろうが何だろうが、名士階層に片足突っ込んでたことは事実。
どう見たってヤクザ・チンピラの類いではない。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 15:35:02 ID:nqBGWbca0
侠はヤクザチンピラじゃないんだが。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 17:25:00 ID:UXNPv2z60
経済ヤクザが大学出ているようなもんだな。
劉備は、大学には入ったが講義にはまるっきり出ずに遊びほうけて単位落しまくり
のようだが。で、留年繰り返したあげくに卒業したのかどうかも不明。
何年か後になって、教授の何かの祝いの席でOGが集まった宴会にいけしゃーしゃーと
顔をだす。「あんなやつ、うちのゼミにいたっけ?」

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 19:45:26 ID:vqsiQyi20
>>「あんなやつ、うちのゼミにいたっけ?」
それができるのが、時流というやつなんだろうな。
劉備はほとんど自分の才覚で、ああもなんの根拠もないような征服政権生み出したのは、すごいことと思う。

普通は、中央から派遣された者が、乱に乗じて独立するのが多いのに、その線で行くと蜀漢政権は劉璋のはずなんだけど、なぜか劉備という…

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 20:01:16 ID:vk3Wf5GCO
いや、勉強は熱心じゃなくとも、会ったら忘れられないタイプなんだろ、劉備って。
陳登も、外見からして英雄だって言ってるし。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 21:15:23 ID:jMeC3gR50
講義はサボり倒すけど存在感がすごいんだな
テスト前になるとノートコピーさせろやとか言うわけだ

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 22:43:42 ID:lhAFUMJgO
それでも好かれるの劉備の凄いとこだな

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 23:45:31 ID:UXNPv2z60
出ても結局無視されているから、それほどたいしたモンじゃないと思うけどね。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 01:05:54 ID:ufj9b+pQO
劉邦って誤解されてるよな

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 02:24:38 ID:YwWStjCKO
200

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 15:09:14 ID:DujIPTef0
>>194
曹操から分不相応な官位を受けてたから半合法的な制圧が可能だった。
蜀漢皇帝即位も、漢の高官として魏の簒奪を糾すという大義名分があったからできた。
(この場合劉家の血統よりむしろ漢帝国内部での地位のほうが重要になる)

なぜ曹操が破格の扱いしたかというと、劉備がただの傭兵隊長ではなく、実力と人望を
兼ね備えた士大夫階級の人間として扱われてたからなんだな。
学がないといくら力があっても呂布になっちゃう。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 16:14:06 ID:+E+0cZlwO
分不相応だったかどうかは別にして、劉備の左将軍って位は劉表より上だからな
実際には曹操はもう認めてなかっただろうが、袁氏なき後では官位だけ見たら曹操に次ぐのは劉備だからな

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 11:13:23 ID:uNLSsIe80
丞相が曹操、大将軍がカコウトン、車騎将軍はだれだったっけ?

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 12:18:12 ID:DtzqtOhsO
>>203
夏侯惇は建安末に魏王国の大将軍になってるけど、曹操の丞相や劉備の左将軍は漢帝国の官だから格も時期も違うよ
車騎将軍や衛将軍は董承が死んで以来、袁譚らの自称以外はいなかった筈
また劉備は蜀入り以降は大司馬を称している

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 22:32:46 ID:Axm1JnBb0
世間には麻生とか久間とかいう僭称者がいるが俺は外務大臣兼防衛大臣を称してる

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 22:59:18 ID:DtzqtOhsO
>>205
ニートが自称する分には誰も気にしないが、例えば四国くらいは支配してる奴が自称してるから厄介

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 04:28:19 ID:ZzZNd93M0
劉備の場合は本人も任侠の人間なら幹部の連中もヤクザ的な人間が多くない?

208 :劉邦:2007/06/27(水) 12:04:48 ID:nREH7iav0
劉邦が結論的には上。劉備は劉邦より犯罪的な部分な行動が多い。劉備は三国志では善玉とされるが劉邦は項羽と劉邦だと善玉ではあるが劉備ほど行動に意識的ではない。劉邦より優れてるのは劉秀くらい。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 18:54:40 ID:ByO59EVs0
>>207
比較するなら劉邦のほうがはるかに侠客じみてるぞ。
劉邦の初期の側近なんてほとんど地元のならず者ばかりだし、
旗揚げ時点の行動がそもそも叛乱だ。
後年にいたっても行儀の悪さを張良にたしなめられてる。

劉備はああ見えても一流の学校出身のれっきとした士大夫だから、
教養があるわりに親分肌ということで名声を高めていった感じ。
そうでなきゃいくら力があってもいきなり徐州を譲ろうなんて話は出てこないし、
あれだけ負け続けて身を寄せる場所が次々と残ってるわけはない。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 19:13:29 ID:bFHVpx0v0
劉邦

やはり天下を取ってるのは大きい。
劉備は曹操と比べたらどちらが上とは言い切れないが
劉邦と曹操なら確実に劉邦の方が上だと言える。
故に劉備以上だと思う。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 21:23:17 ID:XVZU+tac0
一流の学校を遊びほうけて落第して無教養だったのは当人も認めているほどなんだが。

それと、劉備を貧農出身者とまではいわないが、だからってれっきとした士大夫とも
いえる階層じゃあないだろう。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 22:55:19 ID:zX+yvNWt0
後漢末期は人口崩壊が起きていて、中流階級が貧困化していく真っ只中だったわけで
それを考慮すれば、劉備は中流階級としてはそれなりの家柄だったと思うぞ

劉備は曹操ほど才気走ってないし、袁紹ほど調整型ではなかったよねえ
極端な政治家は不安定な政情では歓迎されるが、安定してくると嫌われるし

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 21:10:29 ID:wlGgkK6o0
>>211
漢代の士大夫は出身階層じゃなくて受けた教育で決まるから。
少なくとも怪しげな皇室の血筋よりかは役に立ってる。

214 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 13:01:02 ID:NZJzXmP4O
三国志の小説や漫画は一杯あるけど、そうてんこうろ(漢字がわからん)が一番実在の 劉備にちかいのかな?


215 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 15:40:55 ID:4e0PGdsB0
実像が〜〜が一番近いなんざ
歴史なんて所詮過去のことなんだから検証することすら出来ない

百者百様の捉え方・描かれ方があってOK
そこに歴史の醍醐味があると思うんだが

216 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 16:01:36 ID:cyzk1C5H0
>>213
いえ、実際にはほとんど家柄できまってます。

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 10:10:35 ID:vu8ufTCY0
劉備は家は皇室の可能性は低いがなんらかの理由で劉姓の経済特権を
得ていたようなので、まぁまぁ だが士大夫とは呼べない。 
が本人はその気である

実務もまぁまぁ、戦争もまぁまぁ、
この後を思えばまだまだ穏やかな三国時代に生まれた幸運もあるな。
最後の失敗なんか見てると、才能があっても重要ななにかが足りなくて
敗れ去っていく英雄群に共通してる部分があるな。

トータルなら符健と同等くらい

劉邦は、家は食うには困らない普通、実務は、学はないが勘がいい
戦争は実際は結構できるだろう

劉邦は農民でも皇帝になれるんだよ〜という後世の英雄輩出(朱元璋
石勒ら)に影響を与えたりしてるし 格別なんだろね

劉邦の1段階下は、上の強化秀吉の二人クラスか光武帝

その1.5段階下に曹操。その数段階下に劉備

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 11:43:06 ID:Lamiy4FV0
>>後世の英雄輩出(朱元璋 石勒ら)に影響を与えたり

影響というより口実という気がしないでもない。
一旦官僚社会が確立すると、下層民の栄達は閉ざされてしまうが、
中央の支配矛盾や抑圧によるものが積み重なり、地方での乱につながると
別に石勒や朱元璋でなくとも、王侯を目指そうとしたものは多い。

秦始皇による「天下」統一が目を曇らせるが、戦国時代の各国では官僚体制があり
個々が小中国ともいえる存在だった。
秦の侵略と急進的な変革で、そういった六国の人々の反感が溜まり地方に乱が起きる。
つまり劉邦もそういった時流にうまく乗った初期の例であるにすぎない。
(春秋戦国期の支配領域は秦の「天下統一」後からもずっと根強く残り、中央の揺らぎに対しては、
概ねその辺りが、反乱勢力なり軍閥の中心地となったりしている)

石勒が劉邦を尊敬するのは勝手だけど、それをもって劉邦より下とも言えないし、
劉秀や曹操が下と断じるのもどうかと思う。
曹操の生きた後漢末は地方の勢力が中央に歩み寄るくらい強固となっていたことも考慮にいれる必要がある。
どのように実力を発揮できるかは、その当時の世の中の流れによって変わるから、判断できない。
なので、その曹操と同時代に生きた劉備は運が悪いとしか思えない。
政治的立場で逆転、あるいはリードできなかったから、曹操よりは格下と見てもいいかもしれんが
最後まで、アンチ曹操として立ち回ったあたり、名望、実力、期待感などが伍するという見方もできるんじゃなかろうか。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 12:57:07 ID:18lquA+D0
>>217
>劉備は家は皇室の可能性は低いがなんらかの理由で劉姓の経済特権を得ていたようなので

ソース
まず経済特権を得ていたという確証がない
また皇室の可能性を否定するような理由は特にないと思うが
なんでよりによって「皇室じゃないけど特権は得ていた」なんて無理のありすぎる結論になるんだ?

いくら2chとはいえあまり無茶苦茶な妄言はやめよう


220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 13:13:28 ID:JreTZtrA0
個人能力のみの比較なら
曹操>朱元璋>石肋>劉秀>劉邦

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 20:38:10 ID:KFsdeBE30
>>218
劉邦は市民とは言え、士大夫階級なんぞには遠く及ばない都市国家農民だぞ
そりゃ、蘇秦のように一念発起して宰相を目指す農民はいるかもしれないが
帝王という存在を目指すには、「血統」、「権威」で圧倒的に足を引っ張られるのが
目に見えている

権威の価値に一石を投じたのが呂不韋ならば
権威の価値を大暴落させたのは紛れもなく劉邦
中国は周辺の諸異民族に比べて、かなり血統を軽んじているのは明らかでしょ
(日本の万世一系やいまだにチンギスハーンの子孫がゴロゴロしている中央アジアの方が
「普通」なんだよな)

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 20:48:14 ID:PQADNJQk0
王侯将相いずくんぞ種あらんや、ってことだな。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 20:55:52 ID:C2n4ZP130
ソースはないw けど上何代かが役人だったり貧乏な割りに儒大家の
盧植に遊学したりとそこらへんがそうなのかなと思って。
血統は、実際の資料が出てこない限り分からないからな。自称した
(演技の?)血統表だと代数が多すぎて普通に考えて異常なので信憑性
がないし。


劉邦の正確な年は分からんが挙兵したのは、歴代の中でも相当高齢の部類。
だが短期間で統一を成し遂げた。 統一出来たか否か結果というのは重要。
この点も劉邦の実力だと思う。200年の統一王朝。

例に出した連中だと

劉備は30程度で動き初めて非常に動きがおそく晩年で建国 40年政権。

曹操は金がありそれなりの豪族であったことを考えれば歴代英雄の
中では動きは遅いほうだと言える統一に失敗。45年政権。

出発点は乞食なのでこの点朱元璋はすさまじいものがある。実質2代と
も言えるが300年弱の王朝の開祖。
20代で奴隷だった石勒もそうだろう。死んだ後国は迷走30年政権。

劉秀も弱小1豪族であったが毛並みはこの中では一番いい。
のろい気もするが結果比較的若く統一を成功させた。 200年王朝。

上の連中なら君主としての力なら劉邦>朱元璋,劉秀>石勒>曹操>劉備かな。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 21:01:10 ID:KFsdeBE30
劉備の実力的に竇建徳ぐらいが妥当じゃないかな?
生涯に致命的な敗戦を経験している者同士で、ウマが合いそうじゃないか
人間性では、竇建徳の方が二枚くらい上だが

>>222
すっかり陳渉さんのこと忘れてました
この人も、権威崩壊の立役者の一人だよねえ

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 21:38:06 ID:Lamiy4FV0
>>220>>218の反論なのか補足なのか…
それはいいとして。
>>223の「200年の統一王朝」というけど、劉邦時代は六国の宗主的な立場で
それを徐々に徐々に帝国としての枠組みに溶け込ましているのは、後代の業績と言えると思っている。
劉邦じゃなくとも秦の急進的な改革に反発する諸侯を糾合できたかといえば、その前に項羽がいたわけだけど
その項羽のアンチ派閥としては、劉邦が脚光を浴びるようになったのは、彼の実力と思う。
単純に王朝の基盤を拓いたからエライというのでは、後の偉人の功績をないがしろにすることになる。
ちょっと注意を喚起したいのはソコということで。

>>224
隋末唐初の群雄割拠では、竇建徳が劉備として準えられていますね。なんかそんな話を聞いたことがある。
それにしても、竇建徳はただの一戦で捕らえられたのが、その運と実力の及ばないところだったのかなぁ。
李世民の機転と戦術がおそろしく冴えていたといえばそれまでですが
もちょっとどうにかならんかったかと悔やまれます。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 21:40:03 ID:Lamiy4FV0
ごめん、おもくそ安価ミス。
誤)>>220>>218の反論なのか補足なのか…
正)>>221>>218の反論なのか補足なのか…

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/06(月) 21:54:38 ID:18lquA+D0
>>225
>劉邦時代は六国の宗主的な立場でそれを徐々に徐々に帝国としての枠組みに溶け込ましているのは、後代の業績と言えると思っている。

そりゃ劉邦一代の功績じゃないのは間違いないんだけど、旧六国の君主を排除して実力者を封建し、さらにその実力者を排除して自分の縁者を封建する、という形で、「帝国としての枠組みに溶け込ます」重要な第一段階を果たしたのは劉邦でしょ。
いずれ来る旧六国の反発を、都を長安に置き直轄領である旧秦領を堅持する方針で対抗しようとしたのも劉邦。
歴代皇帝みんなの功績だけど、一番を決めるならこれらの基本方針を示した劉邦だと思う。
君の意見は少々劉邦を過小評価しているように感じる。

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 03:11:24 ID:J+hI43g60
>>227
俺には貴方こそ高祖を過大評価しすぎだと思うが。
秦末の力関係は項羽>劉邦&韓信&ホウ越&田斉&他
コウ門の会で暗殺されるか、立ち回りを誤るか、途中で諦めるか、決定打もなく延々殺し合いを続けていれば、
先ず天下は若い項羽のものだったことを忘れてはならない。

劉邦自体は可も不可も無いそこそこの男。
彼が凄いのは史上にも稀に見る化け物じみた三傑その他を従えていたことと、
覇業を完成させた優秀な配偶者と子孫に恵まれたことに尽きる。

それだけでも十分偉大なのだが、二人のコウ武帝には創業者として為した仕事で明らかに劣る。
特に統一後の遊牧民との対峙での不手際を無視し過ぎだ。

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 10:48:22 ID:F8Hr64Al0
>>223
劉備は叔父(だったと思う、うろ覚えスマン)が学費出してた
この叔父さんが何やってたのかは知らないけど(そこそこ成功した商人だったのかな?)
経済特権は貰ってないはず

ちなみに劉備の親族は、後漢末の騒乱で全滅しているみたい

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 12:18:44 ID:n0uU0AvuO
次々適当なこと言いふらすな
劉備一族が経済特権(復)を得ていたかどうかは不明としか言えない
彼等の家業もしかり

親戚が後漢末の戦乱で全滅したのかも不明だろ

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 12:45:28 ID:WrCP/19o0
劉備一族っていうと劉備の家が主流だったみたいな勘違いが起こるからやめれ。

>>223
> 劉備は30程度で動き初めて非常に動きがおそく晩年で建国 40年政権。

動きはじめての定義がわからんなあ?
「動きがおそく」というのは領土拡大の速度?開始時点はどこに求めてるの?

そもそも劉備は20代前半で安喜の尉になってるし、その後も激しい流転の中で何度か基盤を失ってる事を考えると勢力回復の速度はかなり速いとも言える。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 13:41:20 ID:J+hI43g60
基本的に高祖と光武は失地がはるかに少ない。
先主は徐州といい荊州といい、苦労して手に入れた土地を失いすぎ。
それを守ってた関張は基本的に攻勢の部将なので守勢には向かないし。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 14:55:02 ID:uvu8yuxF0
劉備の運だけは中国史でも稀に見る逸材だと思う
逃げまくってるのに勢力は拡大しているという

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 15:23:36 ID:YXjm2R2A0
劉邦の運だけは中国史でも稀に見る逸材だと思う
負けまくってるのに最後は統一しているという

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 18:39:11 ID:xmVPNxka0
戦略と戦術の違い。項羽は戦術家としては優秀であったが、所詮戦略では幼稚。その点、劉邦軍には張良がいた。項羽軍には戦略家がいない。これが致命的。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 19:58:34 ID:RZ5eNi0a0
劉邦は自分からアイディアを発想する能力はないが、
部下のさまざまな意見から最もよいものを選ぶ能力はすごい。
自分との親しさとかその人物の地位とか完全無視してよい意見だけを選ぶ。
選んだ策は必ず当たる。凡人にはできない技だ。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 22:48:13 ID:/zhir5BZO
自分は漢楚についてはそこまで詳しくないけど…。
このスレには「個人の能力において劉備は劉邦よりも優秀」という見解の人がいるんだな
では劉備が「個人の能力において劉邦よりも優秀」と仮定して、
ではなぜ劉備は劉邦より優秀だったのに天下を取れなかったのか?と考えてみる
そう考えると、劉邦の宿敵の項羽と、劉備の宿敵の曹操では君主としての質の差がある、というのも要因の一つだと思う。
項羽は優秀だ、ただ自分が優秀な為か、配下の進言を採用しないことが多い、
だから漢の三傑他優秀な人材を抱える劉邦に負けた。
項羽は三国志でいうと公孫サンと呂布に似てる、
この二人も局地戦では優秀な為優秀な人材を嫌ったり疎んじる、
だから一時は隆盛を誇っても一度負けると崩壊していく。
その点曹操は自分も優秀だが、更に優秀な人材を招聘し、用いる。
この点は同時代の許貢に「項羽に似る」と表された孫策だって同じだ。
ところが劉備は優秀な人材を招聘するのを怠ってしまった。
いや、後年積極的に招聘したけど孔明が活躍するのは劉備死後、ホウ統も戦死して、法正も劉備が皇帝になる前に病死した。
本来なら韓信の役割を果たすべき関羽は独断で軍を動かし自滅し、張良格のホウ統法正は先述した通り、
結果本来蕭何の役割だけ果たしていればよかった孔明が漢三傑全員の役割を担わなければならなくなったが、
そんなこと孔明が如何に優秀だったとしても不可能。
というか本来なら名士層に好かれる人間なのに、劉備自身は名声のある人間を厳しい目でみる。
馬謖を「あいつ口だけ」と言ったことや、許靖を用いようとしなかったりなど、ね。
そういう名士達が政権にもたらすであろう利を劉備が理解していなかったはずはないが、
あるいは生理的に(っていっちゃ変だが)うけつけなかったのかな?
まあ君主の器量としては劉邦>劉備だと思うな、
劉邦は張良の策をよく採用したが劉備はホウ統の進言を一度却下してる。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 23:02:28 ID:P5YCZAd+0
俺、劉邦って将軍というよりむしろ偉大な政治家だと思うんだけどな

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 23:08:10 ID:xSj5/fs10
>>238
秦を滅ぼした優れた将軍で、現代にもつながる中国の基礎を築いた偉大な政治家である不世出の皇帝
だと思うよ、マジで
将としても項羽と冒頓以外には大抵勝ってて、負けまくりみたいに言われがちだが勝ちも結構多いよ

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 23:47:01 ID:P5YCZAd+0
うん、将軍としての手腕も認めるけど、それ以上に政治家としての嗅覚が優れてる
簫何とかはむしろ官僚的だと思う。というか漢三傑が過大評価なんだよね
劉邦の「三人に及ばない」発言があるせいか。でも韓信と簫何は代用がきくと思うんだがな

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 00:02:38 ID:lOQ+kY8E0
三傑が過大評価とはこれ如何に?
三傑並みの連中なら他の時代にもいる、というのなら判りますが。

韓信以外に、あの僅かな期間で河北―山東平定なんて他の誰にも出来ません。
劉邦は倍する勢力圏をもって、初めて項羽を殺し得る手段を見出しました。
韓信が手間取ってたら、それまでに項羽が劉邦を締め上げて終わりです。
副将に付いてた曹参、灌嬰含めて全時代通してもほぼ最強の陣容でしょう。

劉邦も決して弱い指揮官ではないのですが、
項羽というキチ●イじみた敵には常敗状態でした。
それでも劉邦が不屈でいられたのは簫何が関中から兵と食を送っていたからです。
関中は豊かな土地ですが、それをそのまま運用出来るのは、高度なロジスティクスのノウハウを備えていたからでしょう。
また後に執政となる曹参の施政は簫何が立てたものをそのまま流用して時を掛けるだけでよかった、
つまりそれほど完成度が高かったということです。

過大評価で代用が利くなんてのはちょっと信じられない見解なのですが。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 00:04:56 ID:+374kN0Q0
>>240
いや、蕭何はあれだけの人物が劉邦のすぐそばにいたという青い鳥並みの奇跡自体が凄いんだよ
蕭何本人も凄いんだけどさ、当然

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 00:55:46 ID:QnGbD0Dv0
蕭何は後の律令の原型ともなったと言われる「九章律」を定めたりするなど偉大な人物なんだけどな

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 02:07:05 ID:n1+cjuRT0
簫何の代わりで曹参でいいじゃん
韓信の代わりで灌嬰でいいじゃん
統一は遅くなるけど、最終的に劉邦が勝てるだろ
義経いなくても源氏勝ったよ理論

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 12:07:34 ID:lOQ+kY8E0
前202:垓下の戦
前200:白登山の戦

なんだが。
あれ以上遅いと匈奴に背中から討たれかねない。
三傑がいたから楽勝で勝てたのではなく、三傑がいてもギリギリな勝利だった訳だが。
冒頓と項羽に挟撃された場合、関中の要害に頼れば滅亡はありえないけど、
分裂状態は長く続いたと思われる。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 12:36:49 ID:zM/fKHT+O
劉邦は項羽よりも年上なんだから、あまりに長いと寿命がきちまう。
すると後継は三傑を使いこなせるかわからん器量の持ち主。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 21:01:03 ID:kmwb7qet0
まぁでも劉備が凡庸というわけではなくて、こういう歴代の面子と
の相対評価だということで。

三国志のせいでなにか特別に感じるのもあるだろうけど劉備のような
1地方政権は数多いし、劉備並の人間も多く居るからな。

ちょうどこの後蜀の支配者の李雄も孔明的な宰相を迎え、羅憲の
子を破り中央が荒廃し放題な中巴蜀に、自ら倹約し稀有な安定した治世を
もたらした。

こいつも2代目で失敗してるのでよく似てるけど、民にとっては過酷を
強いられた蜀漢よりもずっといい政治をしただろう。
劉備はこういう小規模、地方軍閥の頭領タイプだ。全土や中央に安定
した政権を立てることは難しい。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 01:40:27 ID:rvyP7LfwO
>>247
>民にとっては過酷を
> 強いられた蜀漢よりもずっといい政治をしただろう。
なるほど北伐の際の徴発などは民にとっては過酷だったろうが、
少なくとも諸葛亮の政治は民も歓迎していたことが記述から伺えるよ。
(南蛮から徴発していたからかな?)
姜維があんまりに国力弁えぬ北伐やるから民から怨嗟あったようだ。
まあそれに歯止めをかけなかった劉禅もあれだが。
まあ無論安定した治世としては後蜀には及ばないだろうけど。
> 劉備はこういう小規模、地方軍閥の頭領タイプだ。全土や中央に安定
> した政権を立てることは難しい。
なんか同時代のとある人物も似たようなこといってた気がする。
「劉備は中原で覇権を争うことは出来ないが地方に割拠したら脅威になる」みたいなの。
それと劉備って、荊益両州得たあとならともかく、それ以前から「あいつは危ない」といわれたこともあったが、
やはりただならぬ英気があったのかね。
まあこの手の発言は歴史家の創作というケースが多いみたいだけど。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 07:10:13 ID:IEtx/SMt0
そうかな〜四川は今でも少数民族が多い。 ここに割拠しにくるのは
塩目当てだったり、要害目当ての外人ら。

この地方は昔から清代まで土着の有力者が世襲で地盤をもっててそれらを
懐柔して多少の間接統治しないと統治が難しいんだよね。 
ここに割拠しに来た群雄がなにか新しい政策なりやりだすと途端に反乱が起こる。
雲南だけでなく国内でも 蜀漢は幾度も反乱が起きてるし。

彼らは、上は誰でもいいから自分の土地の安定した生活を重視してると思う。
孔明は法で統御したから実際は、益州荊州混合軍団の統治は別として、 
兵役は多いし民衆としてはうざかったんじゃないかな〜。

こういう土地だから後方にはいいけど拠点にしたらダメなんだと思う。
これだけの要害なのに、大抵先に崩れていくのが四川。 
領土拡大とかにも向いてないんだろうなぁ。 

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 10:59:11 ID:rvyP7LfwO
>>249
> 孔明は法で統御したから実際は、益州荊州混合軍団の統治は別として、 
> 兵役は多いし民衆としてはうざかったんじゃないかな〜。
実情がどうだったかはともかくとして、その「法」を恣意的ではなく公平に運用したから、賞罰が厳格だったから民も歓迎した、みたいな感じで史料にはある。
ただ、蜀記という書物には「法治が酷薄だったため、民を苦しめた」みたいな記述はあるが、呉側の書物だからどれだけ実情を映したものかはわからない(まあそれは蜀記以外の史料に関しても同様だが)
ただ、元々益州勢力(劉璋)に仕えていた法正は「かつて劉邦が定めた法三章みたいにまずは緩く統治しましょう、土着の者を立ててやってくださいな」 といってる、多分これが民らの心情
でも諸葛亮は「劉璋はいい加減な政治をしていたから私はそれ締め上げる為に統治する」といってる、
民からしてみれば「え〜」「おいおい…」といった心境になるな
ただ諸葛亮の統治は(法の運用などが)文句をつけようがなかった。
民としては諸葛亮の厳格な法治という方針は内心不満だったが、
しかし実際の統治は文句のつけようがないもんだから、尚更意地悪。って感じかな?
つか、民衆が諸葛亮を賞賛したとしたら、
もしやそれは汚職や不正を働いた官僚を徹底的に摘発・糾弾した点を賞賛したのかな?
> こういう土地だから後方にはいいけど拠点にしたらダメなんだと思う。
> これだけの要害なのに、大抵先に崩れていくのが四川。 
> 領土拡大とかにも向いてないんだろうなぁ。 
それはいえてるよね

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 11:12:11 ID:Lt+OJrMt0
蜀に使いした張温はことあるごとに「蜀では〜」といって孫権に疎まれたらしいね。
多分孔明の存命中はある種の完全性を備えた施政が成立していたのではないだろうか、と思う。
一般に大国の使者というのは傲慢なものだし、
私淑するような目に見えた長所が確かにあったのではないだろうか?

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/09(木) 11:16:12 ID:JaeOdZU/0
>>250
蜀記は東晋の王隠じゃなかったっけ?

253 :250:2007/08/09(木) 14:31:07 ID:rvyP7LfwO
>>251
確かに国力の上では呉>蜀だったが、
張温が派遣されたとき
一応劉禅=皇帝、孫権=呉王(名目上は魏の臣下)だから傲慢に振る舞うというのは出来なかったと思うけどね。
それに張温自身
外交官として派遣される前に「計数に秀でている孔明のことゆえ…」と言ってるから元から孔明シンパっていうか、孔明を以前から一方的に評価していたんじゃない?
孔明の統治はよかったと思うけどね。
>>252
確認してみたらそうだった。
とあるスレに書いてあったのを鵜呑みにしてしまったよ、申し訳ない。

254 :250:2007/08/09(木) 14:33:39 ID:rvyP7LfwO
というかどんどんスレ主旨から離れている気がする、
俺のせいかな?申し訳ない。

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 05:16:57 ID:Ldfpqplu0
もし関羽以外の者が荊州を守っていたら?
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1189212296/

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 23:40:52 ID:4oBLl8o+0
>>249
四川は清代にいたるまで、土司とか土官がたくさんいたしね。

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/20(土) 21:52:44 ID:zrd8u7xmO
劉備はカス

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/20(土) 21:59:13 ID:iLysiTKY0
あ〜あ、ついに劉備も曹操も諸葛亮もカスになって、孫家の一人勝ちになったな…

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/20(土) 23:32:15 ID:1iUuGCYn0
有名ならみんなカスw

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/12(月) 16:35:09 ID:DJJ4kL3U0
劉備と劉邦どっちが好きと言われたら「劉備」と応えるが
劉邦のほうが恐ろしい印象をうけるな。
「自分の子供突き落としたり、統一後の粛清」など。。。。

といっても劉備は演技と正史で違う所も難しいけど。
孟達・劉封の粛清とか「諸葛亮・劉備」もやるときはやるしな。

ただ、関羽のあだ討ちとかは劉邦なら、実行しない気がする。
部下の賢明な意見は何故かよくいうこと聞く劉邦。

劉備は頑固に自分の意思通すとき、失敗したりすんだよな。
やっぱり漏れは劉邦の方がバケモノみたく怖い印象が強い。


261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/23(金) 22:07:50 ID:sk3XAz9z0
劉備も化物なみの生存力だよ
双方とも、有能な人材が集まる人間的な魅力と運は凄いんだろうな

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 05:15:06 ID:8p2zrGUlQ
下手に勢力が安定してしまったからな>三国
劉邦の時は混乱したままだからあんなに早く収束したんだろう

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 14:22:32 ID:JuUGXPFr0
>>260
70過ぎて鐘会産ませた鐘ヨウもいる分あの時代も必ずしも50年が寿命とも限らないとも思う
たぶん早く死ぬ人と遅くまで生きられる人と2通りあったのだろうな
>>262
韓信があちらこちらを平定してなお劉邦から自立しなかったことも大きな要因ぽい

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/01(土) 23:26:29 ID:jkEowDZK0
劉邦の威光

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 00:28:06 ID:OW8xtK1m0
韓信は死ぬまで劉邦が好きだったんだろうな

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 01:42:59 ID:a3jaErxe0
1:2:20これを三国鼎立と呼ぶにはおこがまし過ぎるぞ劉備
補給戦に関して劉邦に勝るとこないじゃん

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 04:16:06 ID:kTpBO77CO
>>266
> 1:2:20これを三国鼎立と呼ぶにはおこがまし過ぎる


その時代にそこまで国力の差はないよ。
じゃなきゃ、それでも統一できなかった魏は、史上最低の政権だ。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 10:37:33 ID:yy2essQx0
三国鼎立当時なら
魏6:呉1.5:蜀漢1.5(荊州南部0.5):涼州1
位じゃね?

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 12:08:43 ID:TRP7Qd7D0
赤壁時で魏呉が10:1だよ
あんときの敗戦でさえ魏にとっちゃかすり傷にすぎないよ

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 12:35:24 ID:yy2essQx0
>>269
統一出来なくなった理由の一つの敗戦を、
かすり傷呼ばわりとぁーすげえなw

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 13:23:12 ID:QoNN2vCY0
>>270
かすり傷だけどばい菌入って破傷風になりますた。

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 17:19:56 ID:4FdawPsF0
それに曹操がやっぱもう無理っぽいからいいや気分になっちゃったんじゃないの?

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 01:56:23 ID:pJiwuBja0
敵は残しとかなくちゃ走狗として煮られちゃうだろ
司馬懿の側からしたら

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 19:52:54 ID:P3MYSh3o0
光武帝は一人も煮てないよ

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 21:22:36 ID:jTaqqATd0
光武帝劉秀と劉備・劉邦には超えられない壁があると思うんだ

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/03(月) 22:52:28 ID:jaM0DHCM0
>>275
初代とそれ以外の差は大きいよな

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/04(火) 02:37:50 ID:b5KbYAuQ0
中国史で、一度滅んだ王朝を立て直したのは、劉秀一人のみ。
中国史でも一人しか居ない存在だから、ある意味劉邦以上だろ。

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/04(火) 02:40:31 ID:/FYK9rU20
劉秀は完璧すぎて面白みが無い
それくらい凄い

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/04(火) 19:10:07 ID:ngKVf6Z00
完璧な人間は牛に乗って戦に出ない

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/04(火) 19:18:05 ID:HUj0wpYS0
い、いや… いくさには出てないよ… たぶん…
前に、牛で参陣し、呉漢らとともに突撃し、最後にたどりついて
おいしいところだけもっていく、とかいう4コマを妄想したことはある。

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/04(火) 22:11:00 ID:8yxWaVh20
劉邦・劉備はドキドキハラハラのハードボイルドドラマだが
劉秀はホームコメディ。実にフルハウス

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/04(火) 23:23:47 ID:X70Tej250
隠れ光武帝ヲタがこんなにいるとはna


283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/05(水) 00:30:58 ID:BqWD6naq0
殆ど腐女子

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/05(水) 02:26:57 ID:6g3KVUAa0
おいらは塚本光武帝呼んで、気になって、原点調べて好きになった派だな。
つーか塚本光武帝呼んで、婦女子がファンになったらすげえよなw
塚本光武帝以外にも、光武帝の小説ってあるの?

個人的にはスレタイを
劉備と劉邦と劉秀では誰が優れている?
にした方がいいねぇw
同じ血統だし。(劉備だけ研究中だが)

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/05(水) 09:03:41 ID:KrW7+1BQ0
>>283
失礼なヤツだな。自分の専門は五代だが、劉秀も好きなだけだ。

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 17:56:33 ID:aMnQxG580
後継者と配下の優秀さでも劉秀がトップだな

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 19:51:54 ID:tZ8J7rf80
配下だけは解らんな。
後継者+皇后はどう考えても劉秀だがね。

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 20:34:39 ID:x94wFUW+0
>>284
塚本史の光武帝は気になっているんだがあまりいい評判を聞かなくて
踏み出せないでいる

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 21:07:15 ID:tZ8J7rf80
塚本史の光武帝は、主人公が赤眉軍って感じがしたね。
皇帝即位後が下巻の半分位しかなかった。
劉秀の逸話が殆ど無かったり、嫌味な優等生に書かれたり、
正直お勧め出来ない。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/06(木) 21:45:55 ID:YD+1Fmjr0
まぁあれは、河北平定までの話みたいなもんだから。
期待して読むとより一層、失望感が。
しかし赤眉の話として読むと、それなりに。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/09(日) 20:31:12 ID:M4/4cj6P0
>>277
中国史に含めて良いものかどうかとも思うけど、
耶律大石なんてのもいるよ

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/10(月) 04:10:25 ID:pmlOuA2I0
あげ

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/10(月) 16:23:35 ID:UcI/VEHU0
>>291
カラキタイ(西遼)はいくらなんでも、ダメだろ。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/11(火) 20:03:21 ID:gjziI5iX0
もろ中央アジアだしな

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 18:26:37 ID:/flhICKb0
個人能力なら劉秀がトップで確定だが、
部下を操る能力は、劉邦と劉秀、どっちが優れていたんだろうね?
劉備も優れていたけれど、部下の数が二人に対して少ないから、
二人と比べるのは(材料が少ないので)難しいですね。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 19:14:24 ID:8m4Q4u9D0
ケウとかカ復、コウエンの処世を見るに部下との信頼関係を結ぶことが出来たのは光武帝
でもそれは単にツキの巡りがよかっただけで、
高祖がダブル韓信やホウ越、英布らを粛清し、
ショウカ、ハンカイさえも狐疑したのは仕方ないだろうよ。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 21:19:17 ID:rgaXlKJA0
光武帝は功臣の武装解除や実権剥奪の手際が良かったのもあるんじゃない
後漢書の所々に「高祖のような粛清を避けるため云々」とあった気がする
ということは、反面教師たる高祖より先に光武帝が天下統一していたら
高祖ばりの粛清をやったかも知れない
あとは高祖の諸侯王どものような欲張りがいなかったせいもあるか
理由はどうあれ、走狗煮らるのが世の習いであることを思えば稀有な例ではある

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 21:41:10 ID:QlzWW0Cn0
光武帝の失点は馬援の官爵を剥いだことぐらいかな

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 21:56:47 ID:8m4Q4u9D0
しかしその娘を息子の嫁にするほどだから差し引きプラスじゃね?

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 00:18:28 ID:jhDBZzrb0
ケ禹等の劉秀に仕えた者達にとっても、劉邦が韓信や英布、ホウ越等を粛清したのはいい教訓になったんだろうな

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 00:24:07 ID:KG2oKfoK0
光武帝は皇后を廃しているところが難かな
わりと後漢は廃皇后、廃太子の弊害が目立つ気がする

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 00:57:46 ID:jhDBZzrb0
光武帝は郭皇后との間に五人に男子をもうけており、必ずしも二人の仲は悪かったわけではないらしい。
跡継ぎに指名した陰麗華との子である明帝は非常に有能な人物だったし、郭皇后を廃したのは必ずしも失策とは言えないだろう。
郭皇后はその後も平穏に暮らしたみたいだしね。

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 07:01:02 ID:hx1Lzr7c0
明帝が即位した直後だかに前皇太子が死んでるけど誰かの陰謀だろうか?
大体において郭氏系の五人は終わりが良くない。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 10:03:42 ID:6/7iR6kv0
微妙だな。

昔はそういう急死は珍しくないし、
一方で陰謀の臭いもする。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 12:17:22 ID:lUPYlc1yO
漢の文帝もライバル斉王や呂氏打倒の殊勲者劉章が即位してすぐ早死にしたり王時代の妻や子がバタバタ死んだりしてる
よくあること

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 15:56:17 ID:n5uQ4wTu0
>>301
別に難ではないだろう。
むしろそこしかケチが付けられないと言ったほうが正しい。

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 18:57:06 ID:58SJGMld0
偶には兄の、劉縯も思いだしてあげてください。
…結構優秀ですよ…

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 19:32:17 ID:Fe4j47km0
スレタイとは関係の無い流れだけど良スレだなw

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 21:58:23 ID:Fm4EsiXZ0
劉秀の葬式の席で元皇太子の劉彊(郭皇后の子)と劉荘(明帝)がフツーに一緒の席にいたエピソードに
笑ってしまうんだが。趙憙が慌てて劉荘を上に、他の王を下にしたことも含めて
劉秀周りって貴族のボンボンなのに、どうしてこう庶民じみてるんだろうw

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 22:38:10 ID:ibJSKOR60
明帝の人柄じゃないか?
明帝は他の光武の子供、つまり自分の兄弟たちと殊更仲が良かったから。
よくいるじゃない?昨日の敵を今日の味方に変えてしまう度量を持った人間が。
光武の影に隠れてるけど、明帝自身も相当の人物だったと個人的には思うよ。

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 22:48:47 ID:58SJGMld0
ところで、劉備の後漢での最終的な官位って何?
左将軍で終わり?

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 23:11:45 ID:K8ZuLS2A0
楚王英の事件の事もあるし必ずしも明帝と他の兄弟達(特に異母兄弟)との
仲が全てうまくいっていたとは言えない(特に異母兄弟)。

ただ明帝の治世は法家的な政策により信賞必罰を旨とした公明正大な政治が行われ、
多数の酷吏を重用して豪族と言えども不正を犯せば容赦なく罰し(後漢の中で明帝の時が最も酷吏の数が多かった)、
また外交政策に関しては父光武帝の消極策を転換し積極的な外征を行い後漢朝の版図を押し広げた。
この時班超も西域に出征しており後の西域経営の基礎を築くなど極めて優秀な皇帝であったのは間違いない。


313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 23:52:02 ID:HgFEMYvP0
明帝といえば地方官の汚職のカラクリを12歳のときに暴いたとかの天才エピソードがあったよな
後年の名君ぶりを暗示してるんだろうけど何となく出来すぎ感もある

・・・そろそろ光武帝スレでやらないか

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 00:31:36 ID:UhJW5LPE0
(特に異母兄弟)を二回も書き込んでた…

>>313
ごめん


315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 00:42:56 ID:959Rrw6s0
明帝と楚王英とはとくに仲が良かったとは後漢書にも書いてあることだが。
まあ実態は定かではないな。皇帝側から見た記録だし。

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/16(日) 10:28:02 ID:jSTdnHjB0
曹操が掌握するところの漢朝から劉備が正式に貰った官位は豫州牧・左将軍。
そのあと勝手に「上表」して荊州牧、益州牧を経て漢中王・大司馬を称するのが後漢での最終官位。
もっとも、そのあと漢の皇帝になるわけだけど。

個人としての武勇や能力では劉備の方が上に思えるな
関羽・張飛などはあくまで部将だし。
しかし人を使う能力では現実に天下を取った劉邦には及ばない。

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 12:26:03 ID:sLDDnVqW0
>>70くらまで読んだ。

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 20:42:39 ID:RNFpuM1F0
劉備に三傑がいたら魏など数ヶ月で滅ぼしてた

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/14(月) 14:35:56 ID:oDGgLYcXO
310
よくいるか?
昨日の敵を今日の味方に出来るヤツ?
誰か会ったことある人、いますか?

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/14(月) 16:20:48 ID:g5fEvF6J0
会ったことないと研究しちゃいけないのかな?
まぁ、そんな大度がよくいるとは思えんけどな。

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 14:06:28 ID:xRHIH8re0
敵対していた関係であっても利害関係が一致すれば味方にすることもできるわな
古今東西政治によくあることだ

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/16(水) 00:07:12 ID:MD6oq69OO
利害一致ということなら度量はあんまり関係ないじゃない?
それだと味方というよりは互いに利用してる感じだし。
310 のニュアンスとは違うじゃん。

赦し難い遺恨があった上で配下に加えるというならまだ解るけども…

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