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中国史商人列伝

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 06:56:42 ID:3lENkFGg0

 中国の歴史に名を残した商人たちについて語る。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 07:03:14 ID:RkwAZd/j0
承認

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 07:50:11 ID:wiIyt4lM0
白圭

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 09:20:53 ID:wFQcKV560
とりあえず官爵売った人と麺を量り売りするのがうまかった人と…あと何がいたっけ。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 09:59:06 ID:CgzgnqNjO
湯、高宗武丁、箕子、干子、受王、微子、禄父

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 10:11:44 ID:+wUjbxxK0
商人は意外と表舞台には出にくいね。
特に近世以降は。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 13:19:17 ID:E7VtY88Z0
南朝における恩倖は?

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 15:39:28 ID:jc3B4Fc30
呂不韋

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 22:41:51 ID:27Qu+lRR0
西漢の武帝に仕えた桑弘羊は、商家の生まれだけど、
最初から官として登用されているから、商人とは言えないか。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 23:15:17 ID:ou8aEG1k0
塩賊なんかも商人ですよね

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 23:23:20 ID:27Qu+lRR0
>>10
賊ではない正規の塩商も、財力では、数ある商人の中で最大かも。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 23:38:05 ID:xXFaaM7M0
伝説の大商人陶朱公が范蠡MkUだったってのはやっぱあり得んよね。

13 :名無しさん@お腹いっぱい :2007/10/12(金) 00:09:49 ID:WlDaW0gX0
>>5
それは「しょうにん」ではなく「しょうひと」ですがなw

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 09:54:03 ID:3X21WICU0
元末明初の商人、沈万三も有名。

巨商沈万三って本が、翻訳されているしね。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 15:13:25 ID:ETgegLPk0
>>12
マークIIIじゃなかったっけ

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 21:51:21 ID:yuHktdVU0
儒教社会では、商人は卑しいものとされていたから
表に出にくい面があるのかな?

郭威の養子となった、少年柴栄を、長江流域まで行商に
連れて行った、鄴都の大商人、頡跌氏(けってつ)などを。
頡跌が姓で、名はわからないそうだ。
ちなみに、『乱世の皇帝』には「けっちゅ」氏とされているが、
《五代史補》世宗問卜には、「頡跌」なので、たんに表記間違いと思う。
(だいたい、[足朱]という字がないのにから…)

江陵なども商圏で、よくお茶の買い付けに行ったそうです。
ところで、なんで行商に出なければならなかったかというと
当時の郭威は下級将校のくせに、大の大酒呑みで
そのため家計を圧迫していたとか…
だいたい、夫人の柴氏は、涇州竜岡県の大地主なのに
郭家には恩恵がなされていなかったのか…
柴氏がかなりの賢婦人なので、甘やかしが一切なかったのか…
その頡跌氏がのちどのように遇されたのか…
いろいろ謎ではあります。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/12(金) 21:53:07 ID:K21W8HSh0
>>16
儒教社会になる前の戦国時代とかの方が、商人が活躍している印象が強いね。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 01:17:30 ID:ALfN4gkE0
>>17
戦国時代が統一へとむかった契機のひとつに
流通の統一という商人からの声が強かったことがあげられる。
商人の商圏が広くなればなるほど、関税とかの関係上
統一された政治圏のほうが都合が良い場合が大きい。

中国後代でも分裂から統一へと向う流れに、その傾向が強いと思われる。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 02:12:42 ID:EWGGMrek0
>>15
だな、MkUは鴟夷子皮とかいう商人だな。
しかしなんだな、日本語読みするとひどく語呂の悪い名前だな「しいしひ」

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 04:39:08 ID:f16p9Pmi0
商売(らしきもの)が始まったのはどの辺りなんだろう?

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 05:16:38 ID:vEJgx6cH0
>>20
邑がある程度成立した頃には、商売に類するものは始まっていたんじゃないかな?


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/13(土) 15:46:50 ID:Tpv7vz7J0
>>10
歴史上、最強の塩賊はやっぱり黄巣になるかな?

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 15:50:51 ID:3l4UD9iZ0
商人の民間活動は歴史に記録が残りにくい。

官界に進出しちゃうと、その時点で商人ではなくなってしまうし。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 12:41:29 ID:aZUjDBUQ0
私は博多商人の血をひいていますが
さらに先祖をたどると宋の商人につながるそうです
ありがたいことに株や投資で一財産築き上げることができましたが
これも御先祖様から引き継いだ力のおかげだと感謝しております
宋人の有名な商人といえば誰になるのでしょう?

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 00:48:02 ID:u/eVy/te0
商人ってあまり名前が残らないことが多いねえ。

宋代は、特に貨幣経済が発達して、
紙幣も生まれた時代だけど、
ぱっと思いつく商人の名前はないなあ。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 01:06:22 ID:9JNUJyyC0
名前が残るのは基本的に悪人だけ

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/07(木) 23:16:22 ID:tkkbL20w0
史書を書くような階層の人間は、商人を蔑視していそうだしね。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/08(金) 04:00:38 ID:UmXl5pHD0
山西省北部の、蒙古高原と中原の交易をしていた商人って結構重要な役割になうことあるよね。
漢武帝時代には匈奴の誘引役を受けたり、
北魏初期には結構な活躍をしたのもいたし、五代期にもなんかいたよね。国の財政賄うぐらいの豪気な家が。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 19:28:10 ID:w5zWr1g+0
中世の日本に来航している中国人商人って結構多いね。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 22:53:32 ID:g/PaDNPD0
三国志の時代から倭のあたりには中国人商人が進出してたんじゃなかったっけか

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 01:07:00 ID:DcH3pweIO
>>25
西門慶

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 01:10:24 ID:/x5d63XD0
邱永漢

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 15:27:46 ID:/3lj7WF+0
>>29
博多の町を開いたのは宋人の商人だし、敦賀にも中国人街ができていたらしいな。
明代以降は、海禁の関係で、賊っぽさが増す者が目立つけど。

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