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二世鴈治郎はんを語ろう

1 :重要無名文化財:2005/12/08(木) 04:00:01
大阪の真の名優、中村鴈治郎はんを語ろう。
同時代、それ以前の名優の思い出を語ろう。

2 :重要無名文化財:2005/12/08(木) 04:14:28
二世鴈治郎はんも亡くなってから、20年以上
三世延若も亡くなって、はや10年以上
我童はんも亡くなり(まぁ、我童はんはお江戸の育ちやけど)

上方の味のする役者は皆無になってきているね
ホンマに寂しいわ

ワイが、鴈治郎はんの生の舞台を見たのは、高校時代
高校生のための歌舞伎教室やったわ
「伊賀越道中双六」の沼津の十兵衛やったわ
市民会館での舞台やったけど、ホンマに今でも覚えているわ
ワイの前の通路を通ってくれはった
肌は縮緬のようにシワシワやったけど
鴈治郎はん、延若はん、それに、お米は、芝翫丈やったわ
ホンマにあれ以来やわ
大学で京都に行って、それから顔見せにも行くようになった
その頃の鴈治郎はんは、まだまだ元気な頃で
顔見せは「鴈治郎」のもの、という感じで、6役ほどやってはったわ
今は亡き、澤村宋十郎丈の襲名興行も兼ねていたと思うわ
修復前の南座の3階は、風がヒューヒュー入ってきてたのを覚えているわ

これから、ワイの鴈治郎はんの思い出を書き込ませて貰います。
皆さんも、思い出があれば、書き込んでください。



3 :重要無名文化財:2005/12/08(木) 04:15:30
重兵衛やったかな、役名を間違ったかも

4 :重要無名文化財:2005/12/08(木) 13:43:55
成駒屋はそんなことかまいはしまへん

関連スレ
http://that4.2ch.net/test/read.cgi/rmovie/1087731870/

5 :重要無名文化財:2005/12/09(金) 05:05:57
おおきに、おおきに
そんまスレもあったんやね

大成駒〜〜

6 :重要無名文化財:2005/12/09(金) 05:27:58
重複スレが立つなんて凄いね
頑張って語ってください

7 :重要無名文化財:2005/12/09(金) 09:24:40
息子とは、役者が違うな。ホンマモンの歌舞伎役者や。

8 :重要無名文化財:2005/12/09(金) 12:45:26
二代目鴈治郎はんは、上方を意識しなくても上方歌舞伎そのものだった人。

いまは、上方を意識しても上方歌舞伎になっていない。

9 :重要無名文化財:2005/12/10(土) 00:29:54
>>8
そりゃ云いすぎだな。
三代目も河庄とか封印切、
或いは河内屋系の権太とか
三二五六七とかやらせると
結構いい味だしてる。
曽根崎心中は
上方歌舞伎と言うよりは
東宝歌舞伎というべきね。

10 :重要無名文化財:2005/12/10(土) 09:43:55
二代目延若はんの三二五六七を見たかったでんな
誰か見はった人いはる??

二代目鴈治郎はんが、三代目扇雀丈の団七で「宿無団七時雨傘」を見たときに
幕切れで、下駄を履いて、かけて舞台に出てきたときは、涙が出るくらい
感動しましたわ もうかなりの高齢やったのに
あの味は、三代目はんのも見たけど、出てなかったわ

語りまんで、思い出しながら
ワイがアルツハイマーになるまで(藁)

11 :重要無名文化財:2005/12/10(土) 09:47:25
8の意見、当ってる。
9の曽根崎、2代目以外は、ズバリ当ってる。

12 :重要無名文化財:2005/12/10(土) 09:55:23
そうや、猿之助丈が新歌舞伎座で奮闘公演をしていた頃
延若はんの平作で、十兵衛をやりはったことがあったわ

あの足の運びは、二代目の鴈治郎はん、そっくりやったわ
二代目はんのお気に入りは、猿之助丈やったもんね
荷持ちは、右近丈がやっていたわ、あの頃は良かったのに

嵐璃?はんが良かったけどね〜 
璃?はんと言えば、忠臣蔵の伴内が絶品やったわ




13 :重要無名文化財:2005/12/10(土) 12:36:29
>>12
リカクさんね。
ものすごい顔でした。
役者は顔ね。

>>10
あの宿無団七、俺も見た。
めちゃくちゃ面白かった。
その後のは翫雀が団七やったやつでしょ。
ありゃだめだわ。
たった10年ちょっとで
随分と水準が下がりました。

二代目で見たかったのは
大晏寺堤ね。
折角こちらの歌舞伎座で掛かったんだけど
見てないんだな。
こないだ歌舞伎チャンネルで見て、
イヤモウ、残念なこと残念なこと。

14 :重要無名文化財:2005/12/10(土) 16:08:30
>>13
大安寺堤は、DVDで持っていまっせ
鴈治郎はんは初代の型をやっているんやと思いまっけど
あれは凄かったですわ
延若はんも元気で、意外に羽左右衛門がマシ〜

15 :重要無名文化財:2005/12/10(土) 23:54:23
>>14
延若のベリベリも見事でしたし、勘九郎も神妙でした。
滅多に掛からない芝居ですから、本を読むのが先でしたが、
こんな芝居どこが面白いのか、さっぱり判らない不思議な芝居と思ってました。
あのビデオで初めてわかりましたよ。こういう芝居は役者次第ですね。
本で読んだだけじゃ判りません。痛感しました。


16 :重要無名文化財:2005/12/11(日) 09:16:05
>>15
ホンマにそうでんな
勘九郎もまとも芝居をしてましたな、
あの頃は、親爺が生きていたからかいあな
今は、先代の気持ちの悪いところをアップで見せられているようで気分が悪いわ
あれは、藤山直美の嫌らしさと同じでんな

二代目はんは、二代目の延若はんを崇拝してはったんで、
ひょっとしたら、延若はんの型かもしれまへんな

けど、あれは、やっぱり二枚目役者が顔を汚してやる芝居やね
そやから、初代は良くやったみたいやね、
「二枚目の鴈治郎が汚れ役をやるんや」という気持ちやったんかもね
初代はんの写真持ってますけど、やはり、二枚目やわ
(今やったら、吉右衛門丈にやって欲しいね)

けど、二代目はんは、若いときは知らんけど、年取ってからは、二枚目とは
ちょっと言い難いけど、それを芸で見せてはるわ

役者の藝で見せる芝居の代表みたいなもんやね

今年の正月の、我當はんの「時平の七笑い」観たけど、
あれも役者で見せる芝居やね
我當はんには無理やわ
二代目鴈治郎はんはやってはるんかいな、面白かったやろうね

17 :重要無名文化財:2005/12/11(日) 15:03:12
>>16
播磨屋は照れちゃうんで
大晏寺堤ははずすかも知れない。
初代がやった上方系の芝居も
結局手がけずじまいでしょ。
東京ではとにかく出ない芝居。
あの二代目鴈治郎の所演以来出てないでしょ。

時平の七笑も難しい芝居。
おっしゃるとおり、我当丈には無理。
彦三郎の道真が如何にも良い人で
好ましかったんですけどね。
関西、東京と二回見たけど、
特に歌舞伎座の客席は寒かったな。
もっとも、我当丈に意外と白塗りが似合うんで
吃驚しました。
昔松緑がやりましたよ。国立で。
けど、そのときも珍品の虫干しに終わってましたね。




18 :重要無名文化財:2005/12/12(月) 11:27:16
>>17
亀レスですんまへん

当代の播磨屋はんの、女大名は絶品やったでっせ
確か去年の正月、三代目の鴈治郎はんの孫、今の扇雀はんの息子の初お目見え
に付き合いはったんやけど、そりゃ、大真面目に三枚目役をやってはったわ
ワイは、あまりの面白さに、2回も観に行きましたで
土蜘蛛も良かったし、それに、菊畑も良かったですけど
あの、女大名は傑作やったですわ 

今の播磨屋はんは、おつきあいで出ても、芝居を投げはらへんね、
兄貴とは大違いやわ

ただ、残念なんわ、悪役をすると、顔が笑って見えるところやね
金閣寺なんかでは、損してはったわ

初代の吉右衛門丈は、前の歌六はんの息子やし、上方狂言もやってはったよね
そりゃ、親爺の藝もやってはったんやね
二代目の延若はんの「芸話」に詳しゅう載ってまっせ
手にはいるんかいな、ワイは、古本市でたまたま見つけて、買うたんやけど
初代はんの話も、前の歌六はんの話も面白いでっせ

そういや、今は亡き、女王歌右衛門丈のNHKのインタビューで、
二代目の延若はんの芸談を嬉しそうに話してはったね
戦争前に中座でやった、忠臣蔵の通しでの経験を語ってはったけど
あのお方から、五代目はん以外の人を褒めているシーンは、ワイはあれしか
知らへんわ、余程、延若はんの師直が良かったんやろね

二代目鴈治郎はんの師直は、延若はんの型やね
あれは、ビデオはおますか?
どなたか、情報をよろぴく

19 :重要無名文化財:2005/12/12(月) 12:13:43
書き忘れていましたわ
播磨屋はんで、ワイは「沼津」を観たいですわ
富十郎はんの元気なうちに平作、雀右衛門丈(もしくは芝翫丈)のトリオで
観たいな〜



20 :重要無名文化財:2005/12/12(月) 12:37:18
播磨屋の重兵衛、歌舞伎座でやりました。天王寺屋の平作でした。
久しぶりの沼津なんで、(勘三郎が初演する前でした)
楽しみにしていたら、結果残念。平作がセリフが入っていないわ、
そのわりに元気すぎて哀れはないわで、千本松原では、見ていて悔し涙にくれました
あまりお勧めしません

播磨屋の重兵衛は東京式ということで、実事の役づくりでしたから、結構でした。
しかし芸の火花が散らないので残念でしたな。


21 :重要無名文化財:2005/12/12(月) 14:28:52
そうやったんでっか 情報おおきに〜
天王寺屋はんはアカンか...
やっぱり、亡くなった、延若はんは偉大やったんやね
ホンマにええとこなしで亡くなったんで、ワイはホンマに悲しいわ

ワイは、お江戸の役者では播磨屋はんしか期待していまへんわ
ワイも十兵衛、観てみたいですわ
きっと良かったやろね

お江戸にまで見に行かんとアカンかな〜
正月も奥州安達ヶ原の貞任、観たいな

22 :重要無名文化財:2005/12/13(火) 11:59:09
>>18
ウツボザルね。
常磐津の文句(全体の構成)が
いつもと違ってた印象があります。
播磨屋の女大名も大らかなよさはありましたが、
大きな体で結構照れてましたよ。
踊りとしては照れちゃ駄目なんです。
役者としては愛嬌ですみますけどね。
十年位前に先代三津五郎、当代、巳之助でやった
坂東流のウツボザルは本格で、
ああいう踊りがめっきり歌舞伎座に掛からなくなりました。
さみしいものです。

>>21
安達三は必見でしょうね。
これこそ播磨屋の傑作ですよ。
けど、この前国立でやった時は
二時間掛けて敷妙上使から出したのね。
今回は違うみたい。
二役もやめたしね。

藤十郎披露で盛綱やるでしょ。
あれ、初代同様二杯道具でやるらしいけど、
ちょっと楽しみだね。
成駒屋には河庄や封印切りだけでなく、
時代物にも独自の演出があるのね。
いつぞや現藤十郎で見た
初代の型と称する石切梶原も
曲芸めいてビックリしたが、
二代目でああいう系統の役も見てみたかったね。



23 :重要無名文化財:2005/12/13(火) 18:43:57
>>22
どうもです
確かに、踊りということでは、そう言えるかもしれまへんな
三代目の鴈治郎はんが、孫と一緒に出るのが余程嬉しそうで良かったですわ
けど、二代目はんは、扇のおかげで、孫と出られへんかったみたいやね
相当、仲が悪かったみたいでんな

奥州安達ヶ原は、そうやろね
ワイもお江戸まで久しぶりに出かけようかなって思ってますわ
けど、「お初」は食傷気味やし、播磨屋はんの芝居だけでええわ(藁)

先代の扇雀はんのやりはった「石切」は、ワイも見ましたわ
なかなかええもんやったけどね、あの頃の三二五六七も良かったけどね

初代はんの型みたいやけど、初代はんは、六郎太夫と娘を出してから、
出演者全員が揃ってから、梶原が出てくるというやり方をやりはった
みたいでっせ
先々代の梅玉はんの六郎太夫やったみたいでっけど
そんな無茶な注文も、初代はんはやりはったみたいでんな
(二代目延若はんの芸話から)
二代目はんのも見たかったけど、ワイは見てまへん;;
写真でしか知りまへんわ、残念ですわ
二代目はんは、延若はんを崇拝してはったみたいやから、延若はんのやり方
やったかもしれまへんな



24 :重要無名文化財:2005/12/13(火) 18:57:09
いっぱい書きすぎて、書き込みが出来まへんでした(藁)
靫猿は、二代目はんも女大名をやってはるみたいですわ
先々代の三津五郎丈と

藤十郎はんの襲名興行の中では「夏祭」を愉しみにしてますわ
現勘三郎の「夏祭」を、13代目の仁左右衛門はんが見はって、
えろう怒りはったみたいでんな
ワイも、あれは許せんわ;;
先代勘三郎丈の団七はあんなんちゃうかったし、
あれは、何でんねん!!
ええ加減にせえ、って言いたいですわ

13代目の仁左右衛門はんは、二代目の延若はんの団七が最高やって
書いてはったけど、想像するだけしかできひんしね

そういや、鰻谷も出えへんね;;
現仁左右衛門丈は、やりはらへんのかな
播磨屋はんで見てみたい気もするんやけど
このスレッド、なんか、播磨屋はんのスレッドみたいになってまんな(藁)


25 :重要無名文化財:2005/12/14(水) 22:11:12
>>23
鴈治郎型の石切は舞台がお寺だから
見た目は地味なのね。
東京で見慣れたのとは違って
出が違ったり、歌詠んだり、
手水鉢の下が割れたりで、
随分変わってた。
ものすごかったのは刀の目利きで
口に咥えた懐紙をパラパラとさせたことで、
一緒に見てた友人がとなりでゲラゲラ笑い出したことを
覚えてますよ。


26 :重要無名文化財:2005/12/14(水) 22:23:51
>>24
流石に二代目の女大名は見てません。
ちょっと想像できませんけどね。

夏祭の団七は初代や二代目はやってるのかな。
二代目の三婦はどっかで見たような気がするが
巡業だったかな?
記憶違いかもしれない。
今の翫雀がやった時は河内屋の型。
成駒屋のやり方と言うのは無いのか。
そのとき現藤十郎はお辰一役やってたが、
これは先代勘三郎同様
肥満が目立って個人的には不可。
巧いとは思いましたけどね。

先代勘三郎の団七は
あの顔と身体だから、こってりした印象があるけど、
やってることは実は江戸前のさっぱりした団七なのね。
藤十郎にはそれこそコテコテの
団七を見せていただきたいものです。


27 :重要無名文化財:2005/12/14(水) 23:08:51
二代目もじゅるじゅるしてたんですか?

28 :重要無名文化財:2005/12/15(木) 01:02:44
江戸前の権太と一緒で、江戸前の団七があった・・・十五代羽左衛門や六代菊五郎。

でも、播磨屋はもともと上方出身だから、大阪弁の団七だった。
ただし、お囃子はだんじりではない。

十七代勘三郎も播磨屋型で、やはり大阪弁。
結局は江戸前の団七は消滅してしまった!!!

29 :重要無名文化財:2005/12/15(木) 05:15:36
>>26
初代の鴈治郎はんもやってはると思うんやけど
どうかな、初代はんが亡くなったときに出た、昭和10年(やったと思うんでっけど)
に出た本で、やった役を調べてみんと分かりまへんわ
初代はんは、延若はんの得意とする役はあんまりやりはらへんかったみたいやから
やってはらへんのかも
若い頃は分からへんけどね
初代はんの女形の写真も残っていますね、若い頃の
九代目はんと一座していた頃のね

二代目はんも、団七はやってはって、その写真は見たことがあります
二代目延若はんの型でんな
松竹か国立に映像が残ってへんのかいな
猿之助丈が、鴈治郎はんの映像をいっぱい持ってはるらしんですわ
そういうのを一般に公開してくれはるとええんやけど

現藤十郎はんは、お梶も兼ねはるんとちゃうやろか
一座のメンツによるとは思うんやけど、
秀太郎はんが一座してはったら、役を譲りはるかもしれへんけどね
ワイは、芝翫丈のを見てみたいやんけど
ひょっとしたら、先代梅玉はんの型を覚えてはるかもしれへんし
芝翫丈の紅の引き方は、梅玉はんの真似をしてはるんやてね
それは、なんかのインタビューで、芝翫丈が言うてはったわ

先代の勘三郎丈は、大阪弁とは言えへんわ(藁)
あんなもん、上方言葉とちゃうで
三代目の延若はんを義兵次にするなんて、酷い話やわ
ホンマに、三代目はんは、ええとこなしで、亡くなって、可哀想やわ
ええ役者やったのに


30 :重要無名文化財:2005/12/15(木) 11:57:31
>>27
二代目はジュルジュルまではいかない。
でもやっぱり上方役者ね。
「ダンヒチ、ダンヒチ」
なんて今でも耳に残ってる。

>>28
そうだ!、勘三郎も上方言葉ね。
播磨屋の型。ご指摘ありがとう。
けど芸の質が意外とさっぱりしてんのよ。
住吉なんて特にそう感じた。
今は、確かに昔の東京のすっきりした芸と言うのが消えかかってるね。
音羽屋系の世話物ですら厚ぼったい。
三津五郎にどんどん挑戦してほしいな。

>>29
二代目も河内屋の型か。
でも二代目の団七というのは
見てみないと想像もつかないね。



31 :重要無名文化財:2005/12/15(木) 21:50:45
でも、
十七代勘三郎の団七や平作の大阪弁は、
いまのカンジャクやセンジャクよりエエよ!!!!!!

32 :重要無名文化財:2005/12/16(金) 05:38:03
ワイは、今、昭和52年の中座の「忠臣蔵」の通しの興行を
思い出そうとしますわ
鴈治郎はんの師直、由良之助
延若はんの、若狭之助、勘平
仁左右衛門はんの判官
芝翫丈が出てはったと思うんやけど、ワイの記憶違いかな

覚えてはる方いはります?

33 :重要無名文化財:2005/12/16(金) 09:13:53
九段目の本蔵も、仁左右衛門はんやったね

34 :重要無名文化財:2005/12/16(金) 11:26:12
>>32
それ、叔父に連れられて
東京から見物に行きましたよ。
京都観光の帰りですがね。
学校一日ズル休みしたんで、
帰ってきてから叔父が親爺に
エラク怒られてたことを
覚えてます。
はじめての中座で畳の桟敷に
びっくりしたものです。
顔世、こなみが秀太郎、
お石が徳三郎、
お軽とトナセが扇雀
芝翫は出ていないと思います
叔父のメモ付きの当時の番付が
手元に残ってる筈です。
探してみないと。




35 :重要無名文化財:2005/12/16(金) 12:53:57
>>33
おおきに
見てはる方がおられて嬉しいですわ
シカン丈は出てはらへんかったかいな
ワイも京都の下宿先から見に行ったんですわ

徳三郎はんと言えば、「雁の便り」の「お玉」が良かったでんな

36 :重要無名文化財:2005/12/16(金) 18:12:46
>>34
レスを間違うてましたわ
おおきに〜 見てはる方がおられて嬉しいですわ
扇雀はんは、大序の足利公もやってはったような気がしますわ

37 :重要無名文化財:2005/12/16(金) 23:08:33
お軽勘平の道行きは、落人ではなくて、裏門のほうでしたな。

38 :重要無名文化財:2005/12/17(土) 05:45:33
上方の場合は、裏門でんな
延若はんの勘平、良かったでんな
前の鴈治郎はんの勘平は太りすぎていて、哀れさがちょっと少ないわ

延若はんも語ろう!

39 :重要無名文化財:2005/12/17(土) 09:24:04
>>38 前の鴈治郎て三代目でんな。ややこしがな。太りすぎフンフン

40 :重要無名文化財:2005/12/17(土) 11:33:21
>>39
ワイの鴈治郎はんは、二代目はんしかないねんよ
初代はん、写真でしか知らへんしね
そういや、初代はんが亡くなってから、もう70年でんな


41 :重要無名文化財:2005/12/17(土) 22:24:22
重要無名文化財

42 :重要無名文化財:2005/12/18(日) 00:22:46
延若はんの 小さん金五郎 はよかったね。
大阪新歌舞伎座
大坂の二枚目とはこういう役かとよくわかりますなあ。

43 :重要無名文化財:2005/12/18(日) 05:42:59
>>42
あの芝居、見はった方がおられるんや 新歌舞伎座
嬉しいな〜
鴈治郎はんが亡うなってから、延若はんが猿之助丈の芝居に上置きで
出てはって、延若はんの芝居もやらせて貰ってはったんやね
猿之助丈の十兵衛で、延若はんの平作、お米は、門之助丈やったと

「小さん金五郎」ワイもよう覚えてま
下駄を履いて、舞台の中央から出てきた姿、良かったわ〜
二代目延若はんの姿は、ワイは、映画の「楼門」しか知らへんけど
三代目はんもええ役者やったと思うわ

もっと長生きして、「乳貰い」とか、「鰻谷」とか、「雁の便り」とか、
河内屋のお家の芸を見せて欲しかったわ
ホンマに残念や
延若はんが亡うなったときに、仁左右衛門はんが「可哀想や」って新聞に
書いてはったよね

お江戸で「なまっている」って虐められ、ホンマに悔しかったと思うわ
義太夫狂言でね

冥福をお祈りしますわ
「向こうに見えるわな、ありゃさ、向こうに見えるは河内屋の定紋じゃ」
「延若、ささささ、延若さん」(雁の便りの下座から)

44 :重要無名文化財:2005/12/18(日) 10:26:35
延若はん
「髪結の手は、あ〜ぶらだらけ」でしたなあ。

小さん金五郎
石段の前で立ち回りがあって、昔馴染んだ女とわかる。
幕切れは二人手を取って花道へ。
この狂言は先代延若いらいのうちの芸ですわ・・とか言いながら花道を入りはりました。
NHKの芸能百選と思うけど、スタジオ歌舞伎で映像が残っていると思います。

先代萩の八汐もやってはったですわ。 古怪でね。 



45 :重要無名文化財:2005/12/19(月) 12:08:34
延若はんの平作・・・お米は確か宗十郎やと思います。

46 :重要無名文化財:2005/12/19(月) 15:04:38
延若さんというと、歌右衛門の芝居になくてはならない役で、
ことに赤面なんかばかりやっておられた記憶があります。
阿古屋なら岩内とか…。
その後は、猿之助一座の芝居で幾度か拝見しましたが、
結局、歌右衛門に便利に使われて大きなお役もせず、
むしろ猿之助一座と組んでからの方が、なんとなく楽しげだったような。
歌右衛門がそれほどに評価してたとは、舞台見てた当時思えなかったのですけど。

とても好きな役者さんだったのですが、何が原因で名跡は未亡人預かり、
その後松竹が頼んでも一切駄目の、封印されたお名前になったのでしょうか?
団七や石川五右衛門など、「延若さんでみたい芝居」は沢山あるのですが、
河内屋の芸は、すっかりとだえてしまいましたね。

47 :重要無名文化財:2005/12/19(月) 15:39:10
>>46
どうもでおま
六代目の歌右衛門女王さんの一座では、相手役がいなかった都合で
延若はんが使われたんですわね、あの頃は、勘三郎丈、幸四郎丈、鴈治郎はん、
などが、東宝(?)、映画へ行ってはった関係でね〜
歌右衛門はんはやり易い相手役やったんやと思うですよ

けど、勘三郎はん、幸四郎はん、鴈治郎はんが戻ってきはってからは、
ええ役は全部先輩に取られてしもうて、赤面くらいの役しか回ってこんように
なりはったんでんな

猿之助丈の一座では、鴈治郎はんの代わりに使われはって、必ず、河内屋の
出し物を猿之助丈もやらしてあげてはったでんな
生き生きしてはったね、ホンマに〜

實川延若の名跡は、留め名になったみたいでんな
亡くなる直前に、「権太」を二代目はんの型で、『巡業で』やりはったのが、
最後の輝きやったみたいでんな

「研辰の討たれ」でも、ワイは延若はんの方がええわ
延若はんは、勘九郎を偉く買うてはったみたいでっけどね
で、延若はんが家の芸を晩年に教えはったみたいでんな

「封印切」も成駒屋型とも松嶋屋型とも違う型があるみたいでっけど
今は、実川姓は、延郎はんだけとちゃうやろか
寂しいね、初代鴈治郎はんも、もとは実川雁次郎やったんやからね


48 :重要無名文化財:2005/12/19(月) 17:21:51
ああ、なるほど〜。ありがとうございました。
東宝歌舞伎の夢崩れ、幸四郎・勘三郎が松竹に復帰してからしか
私はみていないのでした。納得です。
でも、大映に行ってらした鴈治郎さんも、なかなか出番がなくて、
扇雀さんと近松物を一幕って感じでやっておられましたよね。
むしろ時代など大一座での共演は、十三代目仁左衛門さんって感じで。
鴈治郎さんと他の役者との絡みは、東京ではあまり記憶がないんです。
翫右衛門さんのような前進座の方とは、よく一緒に出ておられた気がしますが…。

猿之助は鴈治郎さん、延若さんと、上方の芸がとってもお好きでしたよね。
自分もずいぶんと勉強なさったみたいですし。
延若さんが勘九郎に目をかけていたというのは、なんとなくわかりますけど、
果たして現勘三郎が、河内山の型でしっかりと上方狂言みせましょうなんて
思うのかどうか…。それよりも野田版がいいよって感じですしねえ。
猿之助が元気だったら耳に痛いことをいえたかも、ですが、今は誰もいないですね。


49 :重要無名文化財:2005/12/19(月) 17:27:37
48ですが、うっかりいたしました。
河内山じゃなく、河内屋です。いやほんま、お恥ずかしい・・・

河内屋の型は、たとえば、「二つ玉」の斧定九郎など、
色々あるようですよね。
もっとも、型だけやっても、あの延若さんの風貌と体つき、調子がなければ、
きっとピンと来ないものになってしまうと思いますけど。
今の亀鶴に、なぜかほんの少し延若さんのもっていた不思議さを感じますが、
古怪でいて、愛嬌があり、なおかつ凄みのあった延若さんの芸が、今や映像だけ、
まして實川姓も残るは一人…というのは、本当に切ないですね。

50 :重要無名文化財:2005/12/19(月) 22:54:21
鴈治郎はんが亡うなったときは、NHKで追悼番組があったでっせ
そのときは、歌右衛門はんも出てはって、「華を全部持って行っておしまいになった」と
珍しゅうええこと言いはったんよ。
延若はんは追悼番組もなかったわ;;
鴈治郎はんは、歌右衛門はんとは、一緒によう出てはったよ、政岡に八汐、
鴈治郎はんが戻る前は、延若はんがやってはったんやけどね
鴈治郎はんの岩藤にしはったり、歌右衛門はんの「隅田川」では、
鴈治郎はんの舟長の役も覚えてますわ。

で、三代目の「河庄」では、歌右衛門はんが小春に出はったんやと思うわ

前の亀鶴はんはよう覚えてるわ、鴈治郎はんが生きてはる間は、やっぱり
親戚ということもあり(初代はんの孫やしね)、色んな役に出してはったね
けど、鴈治郎はんが亡うなってからは、役に恵まれんで、自殺しはったんやね
今の亀鶴はんは、富十郎はんが面倒を見ているみたいやね

あの真面目な延若はんが照れながら、家の芸を守ろうと頑張ってはんやね
どてらを着た「斧定九郎」やね、確か、中座で見た覚えがあるわ
三代目の鴈治郎はんもやってはったね
實川一門には、實川延夫ちゃんという男前がいたんやけど、延若はんが亡うなってから
猿之助一座に入りはったしね
そういや、雛助はんの弟子連もみんな、猿之助はん一座に入ってしもうて
嵐姓も亡うなってきているね
魁車はんの息子の成太郎はんも魁車を継がずに亡うなったし、そのまた
息子の太郎はんは、成太郎も継がんうちに亡うなりはった;;
上方のええ名前がどんどん無くなっていくわ
鴈治郎も亡うなったし;;

51 :重要無名文化財:2005/12/19(月) 23:56:56
延若はんの権太、神戸文化ホ−ルでみましたで!!!!


52 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 00:56:35
延若はんの権太、私も神戸で見ましたよ。
お里が嫌で困ったけど。
板橋で見てから追っかけした。
板額(宗十郎)と堀川(我當)も文楽劇場で見たんだけれど、
ちょうど昭和天皇の病が篤く、もしやの時は公演中止もあり得ると、
宿ではニュースを見ながらドキドキしたことを今思い出した。


53 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 06:03:58
ああああ、嬉しいな
延若はんを覚えてくれてはる方がおられるんや
ホンマに嬉しいわ
「延若、ささささ、延若さん」

54 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 14:50:41
延若はんは、三代目鴈治郎襲名披露の「吉田屋」に、亭主喜左衛門を付き合ってはります。

翌月は京都顔見世・・・ただし、南座は改装中で歌舞練場でした。
落人の勘平・・・これが最期の役になりました。
いまの松助襲名披露として伴内は松助。 お軽は梅幸。

なんといっても、中座の忠臣蔵はやってほしかったですなあ。
由良助と師直と勘平のはずやったのかな???

最期は二枚目の役どころであったのがせめてもの慰めとおもっておりますよ。



55 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 17:15:56
何か、延若はんのスレッドみたいになってまんな
けど、それも、ええですね

今、二代目延若はんの芸談を読み直しているンでっけど
面白いでっせ
鴈治郎はんの「鴈治郎の歳月」に、二代目延若はんが「ワイがあんたを教える
で、あんたは、ワイの息子を教える、ワイの息子があんたの息子を教える
そうやっていけば、上方の芝居は残りますわ」
って言ってはったみたいでんな

松嶋屋はんは、11代目はんが、初代の鴈治郎はんと上手くいかんようになって
東京に移りはったからね、松嶋屋はんは、やっぱり、上方色が薄かったでんな

その点、鴈治郎はん、延若はんは、やっぱり上方の役者やったと思いますわ
鴈治郎はんも最後の舞台は、新口村の忠兵衛やったでんな
顔が小そうなってはって、哀しかったけどね

そうそう、国立でやった、菅原伝授の「道明寺」は仁左右衛門はんの
道真公が話題になったし、玉三郎丈の刈屋姫も良かったけど
ワイは、延若はんの覚寿も良かったと思うんやけどね、鴈治郎はんの予定やった
みたいやけど、休演で延若はんがやりはったんですよね
劇評はせりふが入っていないとか、散々やったけど
ワイが見たときは良かったけどね〜
何せ、東京の劇評はいつも悪かったわ;;
あの真面目な延若はんは、相当気にしてはったやろね

56 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 17:19:18
当方、関東もんですが。
幕間みたいな雑誌は、関西にはもうなかったんですか?
演劇界の劇評は、今でもまったくアテにならないと思います。
むしろ、古本屋で手に入れた幕間の方が、ずっと面白かったです。

57 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 21:57:10
先日、二代目鴈治郎はんの特集がNHKで放映されました。
忠臣蔵九段目の由良之助(最晩年)、河庄の治兵衛、寺子屋の千代、伊勢音頭の万野など。

二代目鴈治郎はんの大安寺堤。三代目延若はんの封印切、操三番叟、研辰の討たれ。
これらのビデオは家宝にしております。

58 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 21:59:18
菱田雅夫の、関西歌舞伎新聞 というのがあったでっせ。

59 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 22:14:45
二代目ご贔屓の好事家の言。
「松嶋家の菅丞相も、二代目が覚寿やってたらあこまで評判にならなんだはずや」
二代目の覚寿、名品やったそうですね。

河内家、かろうじて晩年拝見しています。あれこそ大阪の芸。下座音楽にも一家言
あったそうですね。そのあたり現・藤十郎は無頓着とか。

60 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 22:22:13
先代亀鶴、二代目さんが引き立ててはりましたが、二代目の没後、冷や飯食いに。
そのあたりの経緯のことを、昔「演劇界」の増刊でぼんやり指摘されていました。

現・亀鶴も天王寺屋の部屋子でやってはりましたが、愛息鷹之資の誕生で「天王寺屋」
から「八幡屋」へ。(この屋号も二代目・三代目富十郎の屋号ですから、イイ屋号なんですが)
「天王寺屋」は鷹之資へ、ということなんでしょうな。今は藤十郎のもとで修業。歳は若いが
翫・扇より資質は上と見ています。便利使いされぬことを祈るのみ。

懐かしいです。菱田雅夫の関西歌舞伎新聞! 


61 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 22:33:11
二代目鴈治郎・十三代目仁左衛門・三代目延若・二代目扇雀
我当・秀太郎・孝夫(当時)等が一座した昭和56年1月の中座のこと
教えてください。

62 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 22:46:47
ぢいさんばあさん 河庄 柳生二蓋笠

63 :重要無名文化財:2005/12/20(火) 22:53:05
延若はんは、源蔵と覚寿でしたなあ。。

64 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 05:15:42
藤十郎はんのスレッドよりもこっちの方が書き込みが多いでんな
関西歌舞伎新聞てなもんがあったんでっか、ワイは知りまへんでした
今でも手に入るでっしゃろか?教えてくらはい〜

確か56年の1月も、鴈治郎はんは途中で休演しはったとちゃうやろか?
「ぢいざんばあさん」で「ばあさん」るん、若い頃の姿が絶品やったと(藁)
二代目はんは「柳生二蓋笠」が好きやったみたいでんな、「あれはオモロイ芝居やった」
と書いてはるのを読んだことがおます

富十郎はんも亀鶴はんには期待してはると思うやけどね、そやないと、とても、
あの小さい息子が役がつくようになるまでは生きてはらへんと思うしね
で、亀鶴はんを部屋子にしてはったんやとおもうんやけどね
どないやろ?
愛之助ちゃん(千代丸ちゃん)でも、次の仁左右衛門の扱いになってますわな

鴈治郎はんは、覚寿を「七人の会」でやってはるんやったね、もちろん
ワイは見てまへんけど。国立の通しの看板には、鴈治郎の名前が載っていたん
でっせ。それ見て、ワイは哀しかったわ、また、休演やと思ってね
でも、それで、延若はんは、本役の源蔵だけでなく、覚寿も回ってきたん
でんな

二代目の延若はんも、下座に関してはうるさかったみたいでんな
けど、昔の役者はんは、皆そうみやいでんな
初代吉右衛門丈の父親の歌六丈も、「あんな下座では、ワイはしねん」とか
言うて、ごねはった話が、二代目延若はんの芸談に出てきますわ


65 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 09:31:01
ちょっと質問なんですが、いまの亀鶴は、古写真で観た初代鴈治郎と
いちばん風貌が似ていると思うんですが、どうでしょう。
いまは敵役ばかりやらされてますが、二枚目のほうが似合うような気がします。

66 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 11:52:50
いまの亀鶴は横浜育ち???
器用貧乏におわらないように祈ります。

67 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 12:21:43
>>66
京都生まれの横浜育ちらしいね。

68 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 14:45:35
>>64
現天王寺屋が亀鶴を大事に育てているとは、正直思えません。
天王寺屋も、若い頃、色々あったので苦労は人一倍知ってると思いますが、
息子が生まれてから、他はどうでもいいという風になったような気がします。
現藤十郎さんのところでもどうなんでしょうか?
息子二人へも芸の継承をきっちりなさらない家風ですしね。
もっとも、それは二代目さんも同じだったと思いますけど。
延若も現藤十郎も、武智歌舞伎がなかったら頭角を現せなかった。
そこに猿之助や富十郎も絡んでましたので、今思うと武智という人が
私財投げ打ってやった壮大なお道楽も、どうして大したものだな〜と思います。

69 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 15:24:01
>>68
そうやね、ワイもそう思いますわ
ホンマは、亀鶴はんに一回は富十郎を譲って、自分の子を亀鶴はんの養子にして
富十郎の名前を残していくんがええでっしゃろけど
そんな気はさらさら無いみたいでんな
今の亀鶴はんは、国立の研修生上がりですわな、それにしては、
ええ役がついているのは、富十郎はん、というよりも、三代目はんの意見が
通っているんでっしゃろな。

確かに、武智はんは、ええ仕事をしはったと思いますわ
少なくとも、扇雀はん、鶴之助はん、延若はん、雷蔵はん、ええ役者を
育てはったてんからね
今の藤十郎はんには、そういう面を見習うて欲しいけど

今、雷蔵はんが生きてはったら、藤十郎はんと同い年ですわ
きっとええ役者になっているんとちゃいますやろか
寿海はんの出し物だけでのうて、上方もんも出来ますからね
惜しいな〜、ホンマに

鴈治郎はんが「もっと先輩には、遊んでもろて、ぎょうさん子供を作っておいて
くれたら良かったんやけど」って書いてはりましたな

昔の上方では、腕だけあれば、大立て者になれたんですよね
初代はんも同じですわね、けど、今はそんな時代ではないですからね
愛之助ちゃんがええ役ついているのは、上手いってこともあるけど
仁左右衛門はんの押しも大きいとおもいますわね

70 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 16:50:01
贋鴈治郎

71 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 18:07:11
雷蔵は、俳優としては素晴らしいけど、いい歌舞伎役者たりえたのかどうか。
胃腸が生来虚弱で、腰がまったくはいらないというハンデが痛かったかもです。
とても好きな人ではありましたが、少なくとも扇雀のようにはいかなかったろうなと。
ただ口跡は、寿海さんそっくりでしたね。よく似てました。
寿海という名跡も、誰ぞに継がせたりはしないのでしょうかねぇ。

愛之助には期待しています。近頃、ぐっとよくなってきた気がしますし。

我ながら、かなり上方役者好きだったんだな、とこのスレを読んで思いました。
二代目鴈治郎さん含め、上方の名人芸のお話、楽しませていただいてます。

72 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 22:54:22
愛之助はね。
口跡が幼稚っぽい。 女形をやってた割には柔らか味が少ない。
現在は「16ミリ孝夫」でっせ。

73 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 23:03:31
与一っつあんも、成駒屋の御曹司やなあ。
歌舞伎を修業していたのに、途中から東宝へ・・・美空ひばりの相手役やった。
与一が続けていたら「両成駒」で、面白かったやろうな。

以前、NHK芸能百選の舞踊で、清元の「新口村」がありました。
与一と秀太郎。
秀太郎が「与一さんとは若い頃に一緒に歌舞伎に出た仲なので、とてもよく気持ちが伝わっていい踊りが踊れる」
と言うてましたよ。

74 :重要無名文化財:2005/12/21(水) 23:13:04
与一つあん、あの世代じゃピカ1に二枚目なのに、
全く勿体無い

75 :重要無名文化財:2005/12/22(木) 04:50:12
>>71
ホンマに、こないに書き込んでくれはる方がおられるとは、ワイは思うても
いませんでしたわ。ホンマに、まだ上方の芝居を愛してくれてはる方が
おられるんやと、ワイはホンマに嬉しいですわ。
雷蔵はんはそうかもしれまへんね、けど、富樫をやりはった写真を見はったこと
ありまっか?そりゃ、素晴らしい姿ですわ。
こない上方の役者がおらんようになってしもうている今、雷蔵はんが生きてくれて
はったら、とワイは思うたんですわ。

>>73,74
そやね、忘れていましたわ
ホンマの成駒屋の御曹司は、初代はんの長男又一郎はんの孫の与一はんでんな
そりゃ、あの世代ではホンマの二枚目ですわな
けど、どういう訳か、初代はんのあの「目」を受けついだんは、二代目はんで
三代目はんも同じ目をしてはりますわな
与一はんは、あの目は受け継いでいないような。
後ろ盾がいないと、アカンのかもですな
与一はんは、長谷川一夫の影響が強いみたいでなんな、同じ路線をやりたいと
何かの番組で言うてはったけどね それも上手くいかんみたいやね
又一郎はんの長男が戦死しはらへんかったら、変わっていたかもしれまへんな

脇を固める、璃かく(りかく、文字がでえへんみたいで)はんみたいな、お役者衆
がいはらへんことが、寂しいわ
璃かくはんの伴内は、最高やったわ
「時雨の炬燵」の五左右衛門も 合掌



76 :仁左衛門はん:2005/12/22(木) 09:48:15
細こうて済まん。 誤爆ごめん。

いつも頑張って 仁左右衛門はん (五左右衛門も)と書いているお一人へ。
癖でんな、右の字は不要だんねん。 <歌右衛門、吉右衛門は右だけ>



77 :重要無名文化財:2005/12/22(木) 12:08:02
雷蔵さんは芸域の広い人で、いろんな映画に出ていますな。
「ぼんち」が面白いと思います。

78 :重要無名文化財:2005/12/22(木) 18:22:18
>>77
確かに「ぼんち」はオモロイでんな
鴈治郎はんも、ちょい役で出てはりますな
女優陣が凄かったでんな、山田五十鈴、毛利菊江、京マチ子、
若尾文子、きら星のような女優陣でんな
もう、ああいう映画は作れまへんわな

79 :重要無名文化財:2005/12/22(木) 22:55:22
愛之助のファンの人には悪いけどね・・・

愛之助は、役者として「上手くはない」と思うよ。決して下手ではないけど。 
天才的な上手さは無い。
いまの大役を見ると背伸びしているように見える。 余裕が無い。
口跡が幼稚。 踊りは下手。 勧進帳の弁慶は無理やろうね。
でもね。松嶋屋は大器晩成型の家系だから、10年後20年後に期待してます。

80 :重要無名文化財:2005/12/22(木) 22:56:48
ぼんちは、越路吹雪、中村玉緒も。
中村玉緒がイビリ出されるのは面白かったわ。
あとは、焼け跡のみんなの再会の場面。

81 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 00:23:29
私は殺陣師段平が好きです。
雷蔵の沢正も素敵やった。

82 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 00:25:07
殺陣師段平。 田中絹代と夫婦役。

シェンシェイ、リアリズムってなんだんねん???

83 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 04:34:09
段平も良かったでんな
けど、ワイは、「小早川家の秋」での、浪速千栄子はんとのやり取りが、
忘れられまへん。浪速千栄子はんの「あっけないもんですな」と言うところは
最高ですわ、もちろん、鴈治郎はんの、「もういいかい」と孫と隠れん坊を
するところもええですけど。
浪速千栄子はんとか、三益愛子はんみたいな、上品な上方言葉がのうなったね
哀しいこっちゃわ、玉緒はんはかなり下品やしね(藁)
そや、妹役の杉村春子はんが、焼き場で思わず泣き出すシーン、あれは、名演やね
ホンマに上手いわ

杉村春子はんといえば、「浮草」での、押さえた演技も凄いですな
「お父さんがどないな気持ちで出て行きはったと思うているの」と言うところは
迫真ですな
「浮草」では、京マチ子はんと、道の両側に分かれて、雨の中、口げんかを
するシーン、それに、最後の汽車の中で、マチ子はんに差し出された、
爪楊枝をプッと吹いて、手ぬぐいでぬぐってから使うシーン、
あれは、小津の演出なんでっしゃろか
それと、階段を着物を着ながら降りてくるシーン
鴈治郎はんは、「時雨の炬燵」でも、着物を着替えるシーンがおますけど
ああいう細かいところに芸がありますな
帯をきゅっと締めるのが、ホンマに上手いわ

段平のDVDは、ちょっと前は売っていたのに、今は売ってまへんな;

84 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 05:56:47
愛之助ちゃんは、まだ丁稚の役が本役やわね、それに四天王くらいやね
ワイは、子役の千代丸ちゃんの頃から見てるから、応援してますわ
ホンマに可愛かったけどね

松嶋屋はんの息子連も下手糞ぞろい、ようもあそこまで「棒だら役者」なんは、
信じられへんわ(こないのこと書いたら、どっかから怒られますけどな、藁)
成駒屋はんの方もあんまり期待できひんし
しゃあないから、愛之助ちゃんに期待するんですわ
上方言葉も母語やしね

そういや、右近ちゃんも大阪のお人やったね、
猿之助丈の「沼津」の十兵衛の時の、荷持ちは良かったでっせ

それに、ワイは、梅玉はんも役をホンマにちゃんと与えてあげはったら
頑張りはるんとちゃうかな
富十郎はんの代役で、去年の初芝居頑張ってはったけど
ホンマによう頑張ってはったよ
ワイは、見直したんでっけどね
もうちょっとマシな役を付けてあげて欲しいわ

85 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 09:45:03
>>83
二世鴈治郎さんの映画で感動したのは、『炎上』の生臭坊主です。
愛人に会いに行く前、何気なく化粧水をつける仕草が本当にすごかった。

>鴈治郎はんは、「時雨の炬燵」でも、着物を着替えるシーンがおますけど
>ああいう細かいところに芸がありますな

本当にそう思います。
その才能は、今の藤十郎さんにもあるような。
特に上方和事の芝居では、何気ない動きに「はっ」とすることが多いです。
延若さんの和事はみたことがないのですが、たとえば成駒屋さんと比較すると、
どんな風に違っていたのでしょうか?

86 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 09:50:20
それと、『殺陣師段平』のビデオをはじめ、
いわゆる大映シリーズですが、
大映→徳間→角川と、映像化権が変わったため、
店頭在庫だけとなってしまってますね。
ただ、おそらくストックはあると思うので、
注文すれば取り寄せできるのではないでしょうか?

問題は、キネマ倶楽部ですよね。
あそこで扱われていた作品は、今のところ行き場がないような…。

87 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 15:43:50
>>85
三代目の延若はんの芸風は、一言で言って、生真面目ということではないでっか
違いを色々と朝から考えたんですわ
けどね、鴈治郎はんは、初代はんのやり方とはかなり変えてはるところがある
と思うんですわ
初代はんは、九代目の影響もあり、また、自分なりの型を工夫するという
ところもあり、「写実」というのを大事にしはったみたいでんな
それに反して、二代目の延若はんは、それとの対抗で、昔の古風なやり方で
勝負したってことが、何かの本に書いてありましたわ
で、鴈治郎はんは、延若はんの崇拝者、ワイは、初代はんも、二代目の延若はんの
舞台も、見た人から聞いたことしかおまへん
鴈治郎はんの芸のどこまでが、初代はんのものか、また延若はんのものか
それに鴈治郎はんの独自工夫か、ホンマに難しいでんな
三代目の延若はんは、きっと二代目はんを目標にしてはったとおもうんでっけど
体格も押し出しも違いますわな、
三代目の延若はんの「八汐」とかは、二代目はんの真似をしてはると
おもうんでっけど、
和事では、どないでっしゃろ 延若はんの「封印切」は確か「切れる」では
のうて、「切る」という気持ち(逆やったかもしれまへん)
成駒屋の型とは、違うていたと思いますわ
けど、衝立に窓をつけといて、顔を出してばぁーというところは、
鴈治郎はんが若い頃にしやはって、それを見た二代目の延若はんが真似を
しはったそうでっけど、三代目の延若はんはやってはったかな
延若はんはじゃらじゃらしたところが、得意ではなかったような気もします
根が真面目やからね、鴈治郎はんはそういうところをこれでもかって
やってはりましたわな
けど、ホンマは、古風な上方の型を守ってはったんわ、延若はんやったんと
ちゃいますわ
じゃらじゃらしていながら、それに照れている、延若はんを思い出しますわ
そやから、院本物の方が良かったような気がしますわ
忠臣蔵の勘平とかね
あの六段目は良かったですわ、哀れでね

88 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 17:18:30
一つ、延若はんで思い出したことが
歌右衛門女王はんの道成寺で、所化(で良かったでっか)、
きいたか坊主で出てはって、一人だけ、
上方のなまり「聞いたか、聞いたか」「き」にアクセントをつけますねん
上方は、
お江戸の役者衆は「た」にアクセントがあるように思いますわ
ワイは、延若はんが正しいように思うでっけど
どなたか、詳しい方おられたら、教えてくらはい


89 :重要無名文化財:2005/12/23(金) 18:49:32
三代目延若さんの封印切のビデオを見ました。
衝立の窓から八右衛門が「こんばんは」というのはありました。
封印は「切れ」のほうですな。 勘平の財布と一緒で、胸元で確かめる。
切れているのを見て、泣く。 それから思い切って封印を切る。
他と大きく違うのは、梅川が「八っつあんの意地の悪いのは常のこと、短気起こしてくだしゃんすな」
と忠兵衛に封を切らないように意見することです。
封を切るときにポポポと鼓が鳴り、「・・・合い合い笠のかみかけて」という汐汲の合方が入る。

90 :重要無名文化財:2005/12/24(土) 00:28:22
歌右衛門の娘道成寺のビデオも見ましたわ。

延若はんは「きいたか きいたか」、ほかの役者は「聞いたぞ きいたぞ」
きいたかは「き」にアクセント、聞いたぞは「た」にアクセントですなあ。

91 :重要無名文化財:2005/12/24(土) 05:16:11
>>89
おおきに、詳しゅう書いてくれはって。
ワイは封印切のビデオは持ってまへんねん;;
残念ですわ; 歌舞伎チャンネルでやってくれへんかな
「切れ」の方やったでっか、三代目の延若はんが何かに書いてはるのを
読んだことがおます、成駒屋と型が違うって。

>>90
やっぱりそうでっか、「聞いたぞ」も「き」もアクセントがあるのが
ホンマやと思うんでっけど
どないなんでしょ?
三代目の鴈治郎はんの襲名の時の、道成寺も見てますけど
そんときも「た」にアクセントがあったような
それで、延若はんの「聞いたか」を思い出したんですわ

皆さん、メリークリスマス〜

92 :重要無名文化財:2005/12/24(土) 23:15:55
京都南座の顔見世夜の部見ました。
口上はあんまり面白くなかったな。
二代目の鴈治郎はんの話題はまったくなし。

93 :重要無名文化財:2005/12/25(日) 01:58:44
二代目鴈治郎はんの最後の舞台は、南座顔見世の新口村。

94 :重要無名文化財:2005/12/25(日) 13:02:59
ワイも、その舞台見ましたで

95 :重要無名文化財:2005/12/25(日) 19:02:42
河内屋の話題うれしいですね。私も晩年追っかけました。それでついでに猿之助も好きになった(笑)。
平作とか、はこせこで千松を叩いて、鏡で政岡を伺う八汐とか、すし屋権太は新宿文化センターでした。
国立大文字屋、セリフはぼろぼろだけれど、座っている姿の良いこと。歌舞錬場の勘平は、あれだけしかないセリフが出てこなくて、見ていて泣きました。
そういえばあの顔見世では我童さんが対面の虎でしたな。我童サンのお話もいかがですか。
それはそうと、河内屋がなくなった時、水落潔さんが演劇界に書いた追悼文「いすかの嘴」は、名文ですよ。読むたび、目頭が熱くなります。

96 :重要無名文化財:2005/12/25(日) 22:27:31
>>95
歌舞練場、行きましたよ私も。
二代目もそうだが、延若も晩年は台詞が出なかったね。
年齢相応と言えばその通りなんだけどね。
今の年寄りがやたら元気なのが異常なのかな。

97 :重要無名文化財:2005/12/25(日) 23:23:30
ここの掲示板にも、大文字屋のことが書かれています。
河内屋ファンのようですよ。

http://www1.bbs.livedoor.com/3002127/bbs_plain?range=-20&base=3400

98 :重要無名文化財:2005/12/25(日) 23:50:53
京都南座の顔見世では、歳末助け合いのサイン会がありました。
私は延若はんの絵を買いました・・・色紙に墨で、御所人形の絵です。
いま、私の部屋に飾っておりますよ。

延若はんは、顔見世では、保名の一役だけのときもありました。
たしか、十三代目仁左衛門=松王、十七代目勘三郎=源蔵、梅幸=千代の「寺子屋」があった年ですな。
十三代目は「忠臣蔵七段目」の由良助も。

99 :重要無名文化財:2005/12/26(月) 05:27:39
ワイも、延若はんが顔見せで、「保名」一役やったこと
覚えてますわ、可哀想やったな、ワイも観に行ってました
他に延若はんがやっても良さそうな役があるのに、
延若はんには回ってこんかったでんな;;
「寺子屋」やったら、そりゃ、源蔵ですわな
可哀想やったでんな
延若はんは、せりふが出てこない、という意見もおますけど
水落はんがある本で書いてはったけど、院本物でお江戸でやったとき
「訛っている」とお江戸の役者衆にだいぶ虐められはったみたいでんな
真面目な延若はんには、それに悩んだってことが書いてありましたわ
あの年の顔見せ、鴈治郎はんの記憶がないんですわ、ご存じのかた、
教えてくらはい。

鴈治郎はんの台詞のよたは、有名でんな
けど、あれも味でしたな
鴈治郎はんが亡うなったときに、松禄はんがええこと書いてはりましたわ
「踊りもよたで、こっちの振りを観ながら踊ってられるが、それを
味にしてしまう」ってね。
台詞では、義経役で「ものども」が出てこんこともあったみたいでんな
これは、猿之助丈が書いてはったわ

100 :重要無名文化財:2005/12/26(月) 12:29:02
三代目延若はんは、「せめてあと10年」。

昭和50〜60年代は、雀右衛門、富十郎、田之助も不遇でした。芝翫は永久二番手みたいな感じ。 当時の扇雀はコマ歌舞伎が終わって中途半端な時期。
それが、勘三郎、松緑・・・歌右衛門と亡くなるに連れて、活躍の機会が増えた。
あの羽左衛門でも最後は歌舞伎座の座頭みたいになってしまった。

延若はんは雀右衛門さんと年齢はひとつ違い。




101 :重要無名文化財:2005/12/26(月) 15:20:57
>>99
保名の出た顔見世は '86年、
鴈治郎は '83年に没してますから
記憶にないのも当然ですね。

この顔見世では、チャリティーサイン会で
勘三郎、梅幸、延若などにしてもらい、
写真も撮らせてもらったので、
よく覚えています

102 :重要無名文化財:2005/12/26(月) 22:26:13
>京都南座の顔見世では、歳末助け合いのサイン会がありました。
>私は延若はんの絵を買いました・・・色紙に墨で、御所人形の絵です。
>いま、私の部屋に飾っておりますよ。

梅幸、富十郎、我当、八十助、進之介。
5人連名サインの色紙もあります。テーブルに並んでいてひとりづつ書いてくれはります。
河内屋の御所人形の絵は、すでに書いたものを売ってたのです。


103 :重要無名文化財:2005/12/27(火) 00:19:23
うお〜うらやましい!
今サインもらいたくなるような文字の書ける役者いないよね。

104 :重要無名文化財:2005/12/27(火) 00:49:36
私は歌右衛門だけサイン済みの色紙が用意されてて、
それに延若と富十郎に貰った一枚と、
雀右衛門、左團次、延若、芝雀、菊五郎の連名もある。

歌舞練場での顔見世で貰ったのは、
権十郎、東蔵、松助に、まつや
と就学前の松也が仮名で書いてくれたのも
思い出深い。
サイン会じゃないけど、我童、徳三郎は
紅で書いてくれた。

105 :重要無名文化財:2005/12/27(火) 00:52:51
あっ間違えた。
権十郎、菊蔵、松助、まつやね。

106 :重要無名文化財:2005/12/27(火) 01:03:12
そうやそうや。

延若はんの最後の「落人」のとき、宗十郎はんの重の井子別れ。
いまの松也くんが三吉やったなあ。
天王寺屋の船弁慶。 我童の大磯の虎、十三代目仁左衛門の工藤。 延若の勘平。
梅幸のお軽。 さすがの顔見世やなあ。
いまの顔見世は常の興行と変わりまへん。

107 :重要無名文化財:2005/12/27(火) 05:24:16
>>101
そうでしたな
ワイとしたことが;;
鴈治郎はんはもう、亡うなってはったんでんな
こんな大事なことを忘れていて、情けないですわ
おおきに

天王寺屋はんの「舟弁慶」で思い出すのは、
矢車会の時にやったもんですな
鴈治郎はんが舟長、延若はんが弁慶であったような記憶おますが
ワイの記憶は当てになりまへんけど
確か、南座で、「時雨傘」が出た後にやったような
あの頃は、鴈治郎はんは元気やったでんな


108 :mptjtmgp:2005/12/27(火) 06:17:14
Http://tadaden.com/tadaden/index.php?f_no=78670

109 ::2005/12/27(火) 06:18:43
http://tadaden.com/tadaden/index.php?f_no=78670

110 :重要無名文化財:2005/12/27(火) 23:52:13
ここでもチョット話題になっていた松助はんが亡くなりました。
大阪新歌舞伎座での封印切の八右衛門が意外に良かったでっせ。 忠兵衛は坂田はん。
確か歌右衛門が推薦したとか。

上方言葉の話せる役者を揃えなあきまへんな。
市川右之助、嵐徳也(廃業?)、宮脇信治(もと実川若之介)、市川龍造(もと田中龍造)、市川延夫(もと嵐延夫)、市川欣弥(もと片岡欣弥)、中村芝のぶ・・・・

いまの上方の脇役さんで、腕があるのは 鴈乃助、扇之丞、松之丞 くらいかな?


111 :重要無名文化財:2005/12/27(火) 23:55:59
二代目扇雀=三代目鴈治郎は、「坂田はん」と呼びますわ。
なんだか、あほの坂田みたいですけどね。
坂田はんのほうがややこしくなくていいです。

「鴈治郎」といえば、二代目さんのこと!!!


112 :重要無名文化財:2005/12/28(水) 00:08:16
坂田はん、明日お練りでっせ。

113 :重要無名文化財:2005/12/28(水) 00:20:11
ああうらやましいー!その顔見世!
そんな豪華メンバーのお芝居、見たことない〜!

114 :重要無名文化財:2005/12/28(水) 00:24:39
>>110
>いまの上方の脇役さんで

ベテランですが、寿治郎さんは凄く面白いと思います。

あと、嵐冠十郎はどうしてるんでしょう?
できれば、ゆくゆく市川延夫に名跡を継いで欲しいと思う。
そして、(無理だと思うけど、)右之助に右團次の名跡を継いで欲しい。

115 :重要無名文化財:2005/12/28(水) 01:09:32
寿治郎はん・・・・
昭和63年中座の「仮名手本忠臣蔵」
三段目の進物と裏門の伴内は、あんまり良くないと思いましたけど。
声はチャリに向くようでもあんまり面白くない。 センスの問題かも?

そういえば、あの時は「お軽の文使い」も「裏門」もあったんや!!!!
延若はんの由良助が見れなかったのは残念やったけど、上方式の忠臣蔵でしたで。
あのときの坂田はん(当時扇雀)の六段目勘平は「いかなればこそ勘平は・・・」のセリフがありましたで。
「鉄砲 傷には似たれども」で、後ろ向きにはっきりと腹切ってた。
最近はいつの間にか切ってますな・・・

こう書いていると「坂田はん」のファンのように見えますけど、実は、延若はんのほうがずっとずっと好きでしてん。

116 :重要無名文化財:2005/12/28(水) 05:15:33
>>111
ワイも、鴈治郎はんと言うたら、二代目はんやわ、初代はんは、初代はんって
言うことにしますわ
ワイは、「坂田」はんは、やはり「アホ、アホ、アホの坂田」を思い出すんで
三代目はんとしますわ

>>114
延夫ちゃんは、猿之助一座に入っていたんですけどな
嵐姓もおらんようになってきたでんな
雛三はんも、片岡比奈三と名前を変えはったでんな、雛助はんのお弟子やったん
やけどね

雛助はんと言えば、新口村の女房の役、綺麗やったわ、白塗りでね
窓から顔を出しはったとき、びっくりしましたわ、二代目はんの忠兵衛やった
ね、顔見せやったと思うわ

冠十郎はんはどないしはったんやろね、もう亡うなりはったんかな;;
右之助は期待できひんわ、藁

>>115
寿治郎はんは、ホンマのちょい役やないとアカンね
松柏はんとは大分腕がちゃいますな
脇役がホンマにおらんようになってきてますな

初代はんと二代目延若はん、三代目の梅玉はんの舞台をみたいな
地獄に行けば見られるかいな
地獄八景亡者戯〜〜


117 :重要無名文化財:2005/12/28(水) 12:09:14
脇では、駒雀もいたし、梅雀もいた。高砂屋の梅雀。 
延寿もいた。

青虎はんは、三右衛門の域までは行きませんでしたなあ。

鴈之丞はんは、あのころは下品な芸と思ってたけど、あれはあれで上方の濃さがあった。
曽根崎心中の下女は、突っ込んでやってたと思う。 面白かった。
それと比べると、寿治郎はんは物足りないですわ。いまでも扇豊というイメージ。
たまにね。寿治郎はんに「大番頭」なんて声が掛かってたけどおかしいでっせ。

そうそう、一度、鴈之丞はんで身替座禅の腰元を見たことがあったわ。

昔は、掛け声は名前で掛ける人が多かった。「じゃーくえもーんさーん」
それと、「役者の神様」「人間国宝」とかも掛かってました。
吉田屋(十三代仁左と十三代我童)のテレビ放映では「がどーさーん」という声が掛かってます。

118 :重要無名文化財:2005/12/28(水) 16:40:15
>>117
鴈之丞って後の桜彩さんのことですね。
あの人はやりすぎ。
曽根崎心中の下女は寝惚け過ぎですわ。

いつぞや南座で現藤十郎と現勘三郎の奮闘公演があったとき、
珍しくどんどろが出ましたが、
青虎と寿治郎のオバチャンは面白かったな。

>>116
右之助は達者ですよ。腕はあります。
けど、今の位置では出し物の出しようがない。
残念ですね。
葛の葉とかやらせたらニンにピッタリだと思いますがね。
成田屋のところもせめて巡業の時くらいは
家橘、右之助それに市蔵になんかさせたらいいんだけど、
ま、色々あるんだろうね。




119 :重要無名文化財:2005/12/28(水) 23:38:53
寿治郎さんはいろいろ書かれてますね。
決して下手な役者ではないと思います。ただ、芸域は広いようで案外狭いかなと思います。
端敵が一番あってるでしょう。
夏祭の儀平次はニンにない役でした。

鴈之丞さんのおかや(忠臣蔵6段目)、あの頃はやりすぎと思っていました。
やはり、先代の上村吉弥のほうがずっと良いと思ったものです。
でも、今になっては、鴈之丞のあの濃さが上方ならではの芝居であったと思うようになりました。
先代上村吉弥のおかやは東京でやっても評価されたでしょう。
鴈之丞のおかやは東京では拒絶されたかも?

>成田屋のところもせめて巡業の時くらいは
>家橘、右之助それに市蔵になんかさせたらいいんだけど、
>ま、色々あるんだろうね。

先日の海老蔵襲名の巡業ではそれぞれ良い役でしたよ。

120 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 06:00:21
海老蔵襲名巡業での右之助さん、凄くよかったですよ。
とくにその若々しさは、ビックリしました。

121 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 06:06:27
先代上村吉弥はんは、良かったでんな
ああいう芸は、もう無理なんかも

122 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 06:50:49
青虎はんはどないしてはるのかいな?

123 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 07:16:23
華のある役者衆が減ったでんな
それが、ワイには寂しいですわ
出てきただけで、わっと来る
これこそ、芝居の醍醐味ちゃいまっか

124 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 15:05:07
華のある役者 そうでんなあ。
私は、先代の勘三郎にそれを感じましたわ。
テレビで見ると太ったジジイに見えるけど、ナマでみたら何かオーラを感じた。
忠臣蔵の師直もよかったな。

125 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 15:09:59
南座で見たのは、身替座禅、釣女・・・先代勘三郎。
釣女は、猿之助、孝夫、澤村藤十郎、先代勘三郎。  
期待感にぞくぞくしたものですわ。

126 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 17:29:58
鴈之丞の「帯屋」のおばんなんか面白かったですな。勉強会での万野もなんともいえぬ
味でした。あのドロリとした味わいもネエはん独特のものでした。
寿治郎は、最近省略されて出ませんが「封印切」の肝煎、あのあたりでしょうな。
身替座禅、中座でしたね。鴈之丞と左升、2人併せて???歳の腰元、お二人とも真っ白けに
塗って神妙につとめてはりました。

127 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 17:30:41
このスレののびっぷりはすごいですね。
 

128 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 18:16:34
>>126
封印切の居催促、最近やらないね。
治右衛門も切羽詰ってんだよね。

>>125
先代勘三郎の醜女はモウ顔からして遣り過ぎ。
ちょっと耐えられなかったね。
けど、華があった点は認める。
今の勘三郎が同じことをやっても
残念ながら軽佻浮薄に見えてしまうが、
それだけ先代が一代限りの名優だった良い証だろう。
今月の松浦侯を見ていてつくづく思ったよ。


129 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 20:21:46
先代勘三郎の釣女の醜女。
顔は作ってても「女形」やったんです。
加役ではなく、女形の演じる雰囲気を持っていました。

いまの勘三郎の女形は騒がしくて、やっぱり加役としての女形ですわ。

二代目鴈治郎はんも、声は悪声でも、千代や相模の役では「女形」でした。

130 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 22:29:04
このスレをみて河内屋はんが懐かしくなりました。
さっきから、「沼津」のビデオを見ています。
二代目鴈治郎、延若、我童。 安兵衛はリカク。
チョボは寿太夫。寿太夫の語りの濃さが芝居を盛り立ててます。
これぞ上方歌舞伎。

131 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 22:33:59
鴈治郎はんの足取りがええなあ。

132 :重要無名文化財:2005/12/29(木) 22:54:37
ホンマに鴈治郎はんの足の運びはええわ
あれは、誰にも真似ができひんね

三代目はんより、猿之助丈の方が、鴈治郎はんに似ていましたで〜

今の勘三郎は、親爺の嫌なところを拡大して見せてくれますな
藤山直美と同じやわ、前の勘三郎も、寛美もあんなんやなかったですわな

133 :重要無名文化財:2005/12/30(金) 05:44:46
年末、年始で、
鴈治郎はんで、あの芝居を見たかったのシリーズをやりまへんか?
延若はんもいれてくらはい

ワイは、もう一回
忠臣蔵の、鴈治郎はんの師直、延若はんの若狭之助、
判官は、三代目の梅玉はん、顔世は、芝翫時代の歌右衛門はんでみたいな
そんな座組はあらへんね

師直は、二代目の延若はん、若狭之助は、魁車はんか
顔世が梅玉はんかな
鴈治郎はんは判官かな



134 :重要無名文化財:2005/12/30(金) 12:04:33
初代鴈治郎はんは、若狭助と由良助だったと思う。
二代目さんも、若狭助と由良助だったり、判官と戸無瀬だったり。
二代目は師直は「ニンにない」とやってなかった。
でも、イギリス公演かなにかで、歌右衛門に勧められてやってみたら、当たり役みたいになったらしい。

坂田ハンの師直は感心しまへんな。
師直は、威張っててもどこかに小心で怖がりなところがあって、ユーモラスでもある。
ワテが見た中では、段四郎や先代勘三郎がよかったですな。

>今の勘三郎は、親爺の嫌なところを拡大して見せてくれますな
>藤山直美と同じやわ、前の勘三郎も、寛美もあんなんやなかったですわな
まさにそのとおり!

135 :重要無名文化財:2005/12/30(金) 12:28:36
>>133
忠臣蔵は歌右衛門の顔世で二代目はんは師直を勤めはったはづやわ。
悪役なのに何ともいえず色気があってよかったと岡本町さんが言うて
はった記憶があるんやけどなあ。

136 :重要無名文化財:2005/12/30(金) 22:45:51
二代目の師直も
判官をいじめる時
現藤十郎みたいに
文楽の大夫がやるような笑いを
いれてたんですか?
ご存知だったら教えてください。

137 :重要無名文化財:2005/12/31(土) 11:39:38
文楽の大夫がやるような笑い。
やってなかったはずですよ。

138 :重要無名文化財:2005/12/31(土) 12:31:43
ほんまや

139 :重要無名文化財:2005/12/31(土) 13:24:49
>137
あれは、ああいう老けの大敵をやったことのない(ニンにない)三代目が、
すこしでもそれらしく見せようという工夫です。

140 :重要無名文化財:2005/12/31(土) 14:33:11
雀右衛門はんは、プラズマテレビでは
見ん方がええな、ちょっと可哀想やわ
鴈治郎の名前がなくなったんは、ホンマに寂しいわ
テレビ鑑賞中でおま
仁左衛門はんは、踊りはもう一つやね

141 :重要無名文化財:2006/01/01(日) 01:59:25
鴈治郎はんのファンの皆さん
明けまして、おめでとうございます。
今年も宜しゅうに〜

142 :重要無名文化財:2006/01/01(日) 02:06:00
お正月は、なんと言っても、延若はんの「操り三番叟」を見たい!

143 :重要無名文化財:2006/01/01(日) 08:14:53
そうでんな
延若はんの三番叟は良かったでんな
顔も三番叟にぴったりやったしね

144 :重要無名文化財:2006/01/01(日) 11:20:59
延若が出征前に
白井会長のお声掛りで
先代の助六におそわったそうですね。
助六はその前に七代目宗十郎にも教えたそうですが
紀伊国屋の操りは下手だったと書いてますね。



145 :重要無名文化財:2006/01/02(月) 11:33:54
延若はんの操り三番叟は、NHKスタジオの収録ものと、歌舞伎座と、両方の映像が残ってますな。
鯉つかみ や 小さん金五郎 は芸能百選スタジオ歌舞伎。


146 :重要無名文化財:2006/01/02(月) 12:07:37
アレッ
はげてますか

147 :重要無名文化財:2006/01/02(月) 22:03:35
必殺仕事人での鹿蔵役はよかったのう

148 :重要無名文化財:2006/01/02(月) 23:30:51
そうそう
何で途中降板してしまったのか!

149 :重要無名文化財:2006/01/03(火) 02:12:33
必殺の元締めは、山田五十鈴と鴈治郎はんでしたなあ。

今日テレビで、先代萩をみました。
梅玉の八汐はあきまへんで・・・凄みもなく色気もなく不気味さもなし。
秀太郎はんの栄御前は案外に立派でしたな。

延若はんの八汐はよかったなあ。
中性的なんだけど女の色気もあって、不気味な雰囲気もあった。
懐剣で刀をたたく。

150 :重要無名文化財:2006/01/03(火) 05:26:52
ワイは、鴈治郎はんの八汐を思い出したわ
動く錦絵のようやったね 歌右衛門はんの政岡、
延若はんは、栄御前やったでんな

昨日のは、ホンマやったら、播磨屋はんで見たかったでんな
高麗屋が出ていたんで、仕方がなかったんやろね

延若はんの八汐も良かったでんな、顔が良かったわ


151 :重要無名文化財:2006/01/04(水) 06:50:02
毎年、初芝居は松竹座に行ってましたけど
今年は、行きまへんわ
鴈治郎の出ていない芝居は、大阪の初芝居とちゃうで
ということは、今後は、もう見れへんかもしれへんね

年末年始は、テレビで歌舞伎を見てましたわ
藤十郎はんは、あのお年を考えれば若いでんな
鴈治郎はんのあの年齢の頃はシワシワやったからね
常磐御前という珍品もあったけどね

ワイのテレビ評を書かせて貰いますわ
「十種香」濡衣は、芝翫丈でやって欲しかったわ、播磨屋はんは、ああいう役は
あんまり合わへんね
「夕霧」京屋はんは、もう口上だけでええわ、痛々しいわ
「御殿」松嶋屋はんの栄御前は、割とマシ(芝翫丈の代役でんな)、千松の虎が意外に良かった
というか、子役は誰がやってもええ役か
それより、なんで、床下の中継がないねん
播磨屋はんの男之助を見たかったのに
「曾根崎」橋之助はんの九平次が意外に良かった
正月から、あんな暗い芝居をなんで出すんかな
やりたい気持ちも分かるけど、見物は暗い気持ちで帰らなアカンで

152 :重要無名文化財 :2006/01/04(水) 12:09:08
松竹座のお正月の忠臣蔵も暗いでんな。五段目と六段目。
七段目だったらよかったのに。

153 :重要無名文化財:2006/01/04(水) 16:25:40
そうやね
七段目の方がええわね
けど、松嶋屋はんが、平右衛門と由良之助の二役をせんとアカンわね
あの座組やと

154 :重要無名文化財:2006/01/05(木) 21:23:14
曾根崎のお初は、いつの間にか、烈女みたいになってしまいましたなあ。
そろそろセンジャクはんに交代???
我当はんの久右衛門が十三代目に似てきました。「死ぬなよ」で客席から拍手。

155 :重要無名文化財:2006/01/05(木) 21:34:33
>>148
あれは体調不良で降りられたのでしょう。
舞台も休まれていますよ。
再起して澤瀉屋さんの「続・独道中五十三次(本名題を忘れました)」で
鶴屋南北一役。
「今月は役不足やなぁ」とおっしゃっていました。

156 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 04:30:59
5日に関西テレビでやっていた
藤十郎襲名特別番組で、玉緒はんと三代目はんとのちょっとの間の退団が
おましたな
久しぶりで二人の話を聞きましたわ
玉緒は「お父ちゃんは、藤十郎なんかいわへんかったね」
「成駒屋の芝居は全部、息子に譲るのん?」
と、聞いているところが面白かったですわ
玉緒の方が、鴈治郎はんに似てますな〜
男やったら、良かったのにって思うのは、ワイだけやろうか

157 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 09:16:14
わたしも、玉緒が男やったらよかったのに、と思います。
二代目さんの愛嬌と味は、妹の方が濃厚ですな。
玉緒もいうてましたね、「鴈治郎、成駒家がなくなるのは寂しい」。
米朝師匠も「鴈治郎を、成駒家のことも大切に」と。

坂田藤十郎も結構ですが、やっぱり上方は「中村鴈治郎」「成駒家」
ですな。

158 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 10:34:24
嫁はんが党首や参議院議長に出世したので
負けたないっちゅーのがあるのかしらん

159 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 11:21:14
>>157
ワイも大阪は、鴈治郎でないとアカンと思うわ
けど、あの二人では、ちょっと
鴈之助はんの方が上手いと思うんやけど
名代になってもええ役はつきまへんな
昔は、初代はんも、一代であそこまで登りつめはったんやけどね

孫に期待せな、アカンかな

160 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 11:54:23
>孫に期待せな、アカンかな

孫・・・成長する頃には、わたし向こうで再び二代目さん見てますわ


161 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 13:39:07
ワイも孫の成長まで生きているやろか

162 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 15:23:19
皆さんそんな心細いこと言わないで、いろいろ聞かせてください。

163 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 16:29:13
うちに、三代目鴈治郎襲名記念番組の録画があります。
ナレーションは米朝師。
十三代目大松嶋がインタビューで、初代二代目の思い出を語っています。
初代は上京すると明舟町の十一代目の家に遊びに来たそうです。
「あんたはなあ、年寄りの役やけど、ワシは若い役をせんなんから腰が痛うてしんどいわ。あんたはええなあ」
と初代は十一代目に話していたそうです。
それと、二代目最後の新口村の舞台のこと。 離れてもまた戻ってきて抱き合ったと。
二代目との共演で一番良かったのは炬燵のおさん。「あるか?」に対して「あるある」の情がよかったと。

三代目襲名披露のときは、大阪を強調してます。
でも、藤十郎になったら「京都や」と心変わりしはったんやろか?

それと、口上。
三代目襲名披露口上では、下手に紋付袴の番頭はんが平伏してました。

164 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 21:35:59
重要無名文化財

165 :重要無名文化財:2006/01/07(土) 23:57:41
>>150
なんでもかんでも
「・・・はん」と言うたらええの違うで


166 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 00:10:49
>>165
確かに。レス見直してワロタ。

167 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 06:07:31
なにをまぁ、ざわざわと

168 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 07:37:36

判ってへんな

169 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 08:32:11
>>163
その番組、ワイは見てまへんわ、残念ですわ
初代はんの最後の舞台は、確か、十次郎やったかと
若い頃の写真と変わらん姿やったでんな、綺麗やったわ
皆さんは、日本の歌舞伎という、CD持ってはりまっか?ワイは昨日手に入れましたわ、初代はんは、噂通りの悪声ですな、
流石に、十五代の橘屋の口跡は、素晴らしいですな

170 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 21:05:41
初代の、土屋主税 レコード持つてま。

171 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 21:10:18
声は悪くても搾り出すようなリアリティがあります。
封印切の「急かねばならぬ、道が遠い」とか。
初代ならではの魅力がありますね。
今月扇雀君が出してる藤十郎の恋も、
初代のレコードを真似てるようで
かえって芝居が停滞してるのね。

172 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 21:32:26
>>169
まだ判ってへん

173 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 21:43:48
いまのセンジャクの芸は理屈っぽい。
20年前のほうが良かったよ。

デビューが遅かったから、芸がどうしても頭でっかちになるんだよね。
まず頭で考えるけど、芸がついてこない。
子供の頃からやってた人との違い。

174 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 23:12:38
八右衛門との会話も、テンポが実に速い。軽快。

175 :重要無名文化財:2006/01/08(日) 23:15:54
最近はみんな、ゆっくりゆっくりやれば歌舞伎だと思ってるからw

176 :重要無名文化財:2006/01/09(月) 01:00:43
チョボの寿太夫はんは、語りがこってりしてたけど、運びは速かったでっせ。
ダラダラしてなかった。

国立の金門五三桐 延若、二代目鴈治郎、十三代目大松嶋。
ガンジロはんは、中国の大臣か何かの役で琴を弾いてはった。
不気味で古怪でよかったでんな。

二代目ガンジロはんの、鱶七を観た人いはりますか?


177 :重要無名文化財:2006/01/09(月) 05:11:14
>>170
初代はんの「土屋主税」のレコードもおますのか
それは、まだ売ってまっか?
ワイも聞きたいな

昔、鴈治郎はんと初代の追悼興行が中座であったときに
前夜祭みたいなのがあってね
初代はんの8ミリも写されたんですわ、速さがおかしくてね
「道明寺」とか「石切」とかがちょっとだけ
見たんでっけど、どないな動きか分からんような映画やった
ですわ

「封印切」の箱登羅はんの八右衛門は、お江戸の訛りがありますな
延若はんやと良かったのにね
魁車はんの声は初めて聞きましたわ

>>176
ワイは、写真でしか知りまへん
鱶七、良かったやろね
国立には、映像が残っているはずやと思うんやけど
販売して欲しいね

178 :重要無名文化財:2006/01/09(月) 05:49:03
追善興行の間違いやったわ

179 :重要無名文化財:2006/01/09(月) 06:07:26
>>177
畿内の生まれやないのやったら
「さん」で統一しときなはれ

180 :重要無名文化財:2006/01/09(月) 07:52:44
鴈治郎、さささ、鴈治郎
鴈治郎はん

181 ::2006/01/09(月) 08:53:18
>>179
畿内てなんや? 機内は禁煙になっておりま〜すてゆう奴か?

182 :重要無名文化財:2006/01/09(月) 08:54:53
ワイは、鴈治郎はんで通しますわ

183 :重要無名文化財:2006/01/10(火) 00:02:52
文楽の住大夫が先代綱大夫のことを「綱はんニイさん」とよんでるよ。

「・・・はん」でよろしい。

184 :重要無名文化財:2006/01/10(火) 08:57:00
>>181
つまらん

185 :重要無名文化財:2006/01/10(火) 12:28:46
八右衛門は松若がよかったらしいですな。

186 :重要無名文化財:2006/01/10(火) 13:57:45
鴈治郎はんが、孫右衛門をやってはるのもあったでんな
八右衛門はやりはったことがあるんやろか

187 :重要無名文化財:2006/01/10(火) 19:42:48
ありまっせ〜 そおら よろしおましたで

188 :重要無名文化財:2006/01/10(火) 22:24:31
そうでっか
そりゃ、よろしいでっしゃろね
見たかったわ

189 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 07:16:46
(十三代)片岡仁左衛門丈も、
「‥‥‥仁左衛門はん、なんて言われると
ゾッとするなぁ」と言っておられました。

190 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 12:17:20
河内屋の忠兵衛のときに八右衛門は十三代仁左衛門も二代鴈治郎もやってます。
どちらも愛嬌がありました。いまの仁左衛門がこれに近い。

八代三津五郎のは敵役の感じ。いまの我当ががこれに近い。

愛嬌と敵役を兼ね備えたのが、十七代勘三郎の八右衛門。

191 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 12:59:32
はんとさんの使い分け、むつかしおます。よそのお方には・・な。
文楽で云おうなら、山城はん・綱はん・清六さん・弥七っあん・津ぅさん
南部さん・錦糸さん・勝太郎はん・吉兵衛はん・燕三はん


192 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 15:36:48
>>190
ほうほう、延若はんの忠兵衛のときでっか
その辺りは、ワイは見てまへんわ
残念やわ
今の仁左衛門の八右衛門は見ましたけど、鴈治郎はんとは
味が違うような気がするんでっけど
色敵のええ味がしてますねんけど
ちょっと違うような気がするんでっけど

孫右衛門は、最近見た中では、当代の成田屋が意外に良かったでっせ
三代目の鴈治郎はんとの舞台でっけど

193 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 16:21:37
>孫右衛門は、最近見た中では、当代の成田屋が意外に良かったでっせ
>三代目の鴈治郎はんとの舞台でっけど

団十郎の孫右衛門。私もそう思います。 何年か前のお正月の松竹座。
花活けに刀を刺したり、お金を投げるところとか、案外よかったなあ。
亡くなった松助はんの梅忠の八右衛門もよかったですわ。

我当さんの11月歌舞伎座の孫右衛門は十三代目に似てきましたな。まだちょっと硬いけど。

二代目ガンジロはんは、河庄の孫右衛門は十三代目よりも八代目三津五郎のほうがええというてたらしい。

194 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 16:40:40
不器用な成田屋が一生懸命それらしく捨て台詞してましたね。
天王寺屋が国立でやった時は、その捨て台詞が異様にモダンで
違和感がありましたが、歌舞伎座の再演では直してました。
誰かが指摘したのでしょう。

坂東吉弥が死んだ時、現藤十郎が代役でやった孫右衛門は
面白かった。贋侍のあたりもこってりやりながら
町人との変わり目が自然なんですな。
そういう器用さは今の我当丈にはない。

私の子供のころの歌舞伎座では
殆ど十三代目だった記憶がありますが、
さすがに治兵衛を意見するあたりは素晴らしかった。
我当丈も後半がいいね。




195 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 17:06:28
二世鴈治郎では、なんと言っても 沼津の呉服屋重兵衛。
南座の顔見世(平作は三世延若)で魅了され、東京から中座へ遠征し
(平作は十三世仁左衛門)、また歌舞伎座で見て・・・小生の最大の財産。

千代萩の八汐も結構でした。
珍しいものでは・・・南座で演じた意休(助六は猿之助)。今思えば 
凄いものを見せてもらった。そうそう、宝塚の余興「風と共に
去りぬ」でリンカーン大統領を演じ「赤毛物は初めてや」と喜んだ
との記事を読んだことがあります。どなたか御覧になってませんか?

そして、残念なのは楼門の真柴久吉を見ていないこと。
東京では長くやらず、そのままになってしまったのです。
どなたか御覧になった方、その素晴しさを教えてください。


196 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 18:02:48
>>宝塚の余興「風と共に 去りぬ」でリンカーン大統領を演じ「赤毛物は初めてや」と喜んだ

猿之助のおもだか会会員の集い
「風渡艫荷去離奴(かぜもろともなさけのさりじょう)」ですね。
猿之助写真集でみました。芸名は天津おそめ、とか。

197 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 22:43:48
>>192

>>191さんにこれほど親切に教せてもらいながら
まだ判らんとはどないやねん!

198 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 22:54:16
>>197
だけど、他所者にはマジで分からん。
さんとはんの使い分け。どういう基準で分けるの?
語感からすれば、仁左衛門はんではなんか気持ち悪いのはわかるけど。
二ザさんといっても、二ザはんとはいわないように。

199 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 23:30:22
>>197

このスレは二代目鴈治郎はんを語るのが意図でっせ。
些細なことであれこれ言わはんなや。
そんなことこそ気にしないのが本来の上方です。

200 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 23:33:45
>>199
それやったら、上であんな野暮なこと書いている連中に
同じことを言いなはれ。あんたのカキコかどうか知らんが
少なくとも矛盾してまっせ(w

201 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 23:49:43
はんでもさんでも丈、呼び捨てでもいいです。
気に入らんのは仕方ないけど言語学のスレでも立ててやれば良い。
あまりやりすぎると端からみたら親切ではなく
イケズなことばに見えるわ。

202 :重要無名文化財:2006/01/11(水) 23:53:43
しっかし色気おましたなー

203 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 00:18:21
二代目の映像作品を見たいのですがどうすればいいのでしょうか。

204 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 00:44:48
旧大映の作品は、CSの衛星劇場などでよく放映されます。
戦前の「芸道一代男」は溝口健二監督作品。松竹下加茂撮影所の火事のためフィルムは現存せず。


205 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 01:43:39
最近歌舞伎を勉強しだした者です。
ちょっと質問なんですが、このスレでも何度か話題に上っていた
嵐雛助さんって、どんな俳優だったんでしょうか?
武智鉄二の本なんか読むと、駄目な俳優の代表みたいに書かれてるんですが。

206 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 01:54:22
戦後すぐに白井会長ひとりの引き立てでbP女方になった。
白井の死とともにメッキがはがされてふつうのランクの役者となる
その後長い余生を舞台に出る機会もないままに過ごす

というところ?若い時はとてもきれいだったらしい。
先代の上村吉弥への聞き書き本でも取り上げられていますね。

207 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 03:51:37
>>203
鴈治郎はんの出演の映画は、小津作品では「浮草」「小早川屋の秋」は
DVDで売ってまっせ
あと、雷蔵との作品は、割と手に入れやすいみたいですわ
「大阪物語」もよろしいで

>>205
雛助はんは、ワイが覚えているのは、顔見せで、「封印切」「新口村」が出たときに、
「新口村」の女房の役(役名は忘れましたわ)で、窓を開けて顔をだすところの
雛助はんの綺麗な顔は忘れられまへんわ、もう晩年やったけど
綺麗でしたで。あの役は、あんな白塗りでやる役ではないでっしゃろけど
良かったでっせ。下手やったんかどうかは、ワイには分かりまへん。

>>196
鴈治郎はんが亡うなったときに、フライデイかフォーカスに写真が載りましたな
リンカーンの役ですな。
沢潟屋のファンサービスの会に、「ワイも出たい」と言いはって、役の無いところを
無理やり作って出はったみたいなことやったんとちゃいまっか
ワイも舞台は見てまへん、写真だけですわ

「徹子の部屋」での、鴈治郎はんの追悼番組でも、元気な頃の鴈治郎はんは、
猿之助丈を褒めまくってはったね。「新しいことをするところがええ」と
言うてはったような思い出が
猿之助丈と一座するのがホンマに愉しかったみたいですな






208 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 05:39:51
>>199
>>些細なことであれこれ言わはんなや。
>>そんなことこそ気にしないのが本来の上方です。

いい加減なこと、いうな!

209 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 05:43:37
>>203
「小早川家の秋」でした
間違いましたわ

210 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 10:16:34
ごたごた云いとおまへんが、鴈治郎はんのここで、延若はんてなもっさりした
こと、いわんといとくなはれ。延若は「さん」河内屋は「はん」でおます。

211 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 11:55:39
私は東京の者ですが、
昔、役者のことを「松緑さん」とか「歌右衛門さん」とか
さん付けで呼んでたら、或る劇通の故老から、
「関係者でもないのに役者にさん付けするのはおかしい。呼び捨てで良い。」
と指摘されたことがあります。
それ以来、芸名にしても屋号にしても呼び捨てにしてますが、
上方ではそういうことを言う人はいないのですか?

212 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 12:13:07
昔の上方では、掛け声がさん付けだった。
センジャクさーん 津大夫さーん

213 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 12:54:37
>>210

>>2 以降 「延若はん」が目白押しなのですが…(40回以上延若はんが出てきます)

214 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 15:12:40
>>212
今でも名前で掛ける人いますよね。
新国劇や新派ならともかく、東京人には聊か違和感があります。
文楽では東京公演でも「住さん」とか掛かってますね。
「千歳大夫!」みたいに掛ける人もいる。
こりゃチョボでも同じ。
上方役者に対しては偶に「寿治郎!」と掛かるくらいかな。
「寿治郎さん!」というような掛声は東京では聞かない。
まあ、掛声については東京では色々とやかましい。

いずれにせよ、後学の為、「サン」と「ハン」の使い分けに
法則性があるのであれば教えてほしいね。
スレ違いだろうけれども、よろしくねage。


215 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 15:29:12
「はん」と「さん」の別のスレを立てたら、どうですか?
こことは関係の無いことではないですか?

216 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 17:58:28
>>215
一言ピシッと説明すれば済むことじゃないの。
さんざ書き込んでた人は、そのくらいちゃんと説明すべきだと思うけどね。
でも、余り引きずるのもなんだからもうやめにしたほうがいいのかね。
後味悪いね。

217 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 18:53:42
鴈治郎、さささ、成駒屋、さっさ〜〜

218 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 21:04:43
つあんってのは?
ほら封印切り、はっつあん

219 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 21:48:05
別スレへどうぞ
______★上方の「はん」と「さん」の使い分け★__
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/rakugo/1137069931/

このスレは純粋に上方の役者について語るものでおます。

220 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 22:38:54
別スレに解説が出ているよ。

221 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 22:44:10
歌舞伎なら…


成駒屋「あ」 はん
松嶋屋「あ」 はん
河内屋「あ」 はん
吉田屋「あ」 はん
鴈治郎「お」 はん
猿之助「え」 はん
雛助「え」 はん

仁左衛門「ん」 さん
そして…
延若「う」 さん

うむ 「延若はん」は間違い!

>210 名前:重要無名文化財[sage] 投稿日:2006/01/12(木) 10:16:34
>ごたごた云いとおまへんが、鴈治郎はんのここで、延若はんてなもっさりした
>こと、いわんといとくなはれ。延若は「さん」河内屋は「はん」でおます。
が正しい

222 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 22:47:26
間違えてこっちに書いてしまいましたら
向こうでも間違ったことを書いていたことを指摘されてしまいました

223 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 23:00:12
189 :重要無名文化財 :2006/01/11(水) 07:16:46
(十三代)片岡仁左衛門丈も、
「‥‥‥仁左衛門はん、なんて言われると
ゾッとするなぁ」と言っておられました。

(桂米朝「小論「さん」と「はん」」)

224 :重要無名文化財:2006/01/12(木) 23:29:03
やっぱり二代目さんはよかったなあ。

225 :重要無名文化財:2006/01/13(金) 04:06:01
さ、鴈治郎(ガンジロ)はんを語りまひょ


226 :重要無名文化財:2006/01/13(金) 17:46:01
別スレを立てて下すった方に感謝しつつ、
鴈治郎を語ろう!

227 :重要無名文化財:2006/01/13(金) 20:00:59
昭和51年の顔見せは、何役も出てはったね。宗十郎の襲名の年やったと。源太勘当の母親もやってはったような

228 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 01:25:36
静かになって良かったわ

229 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 06:28:16
しかし>>199みたいなこと言われたら
上方の作者も役者も甲斐がおへんな

230 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 09:00:58
鴈治郎はんも晩年は東京やったでんな
上方役者っていてんねんやろか

231 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 10:07:56
ワイは、まぁ、鴈治郎はんの思い出を語らせてもらいますわ

232 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 11:16:59
>>227
延寿、良かっただろうね。想像がつく。
勘当場も結構好きな狂言だけど滅多に出なくなった。
歌舞伎座では確か延若もやってるでしょ。

233 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 12:43:04
>>232
延寿、良かったでっせ
宗十郎も綺麗やったしね
ホンマにこの頃同じような演目が多いでんな
勘当場は、芝翫丈にでもやって欲しいもんですけど
大丈夫なんやろか?


234 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 14:34:04
去年、松嶋屋の秀太郎さんがやったよ

235 :梅が枝:2006/01/14(土) 15:33:14
梅が枝の手水鉢,叩いてお金がで〜るならば♪

236 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 15:43:15
ワイも上方生まれやけどね
偉そうなことは言いまへんわ

237 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 17:41:05
>>234
十年ぶりくらいでしょ。ちょっと間隔あき過ぎだね。


238 :重要無名文化財:2006/01/14(土) 21:31:42
三代目鴈治郎は、いつまでたってもセンジャクのイメージで困っていた。
坂田ハンになってくれたので、
これで私にとっての鴈治郎は「二代目」だけになってスッキリしました。

239 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 00:49:13
>>235
先年福助が神崎揚屋を歌舞伎座で出した時、
もう周りのお客、ウンともスンとも反応しないの。
イヤホンガイドつかっててもキョトンとしてる。
確かに神崎揚屋だけ出したら無理もない。
手水鉢の唄を知ってる人も少なくなってるだろうしね。
別に通しでやれとか言うつもりはないんだが、
勘当場が以前みたいに出る狂言だったら
もう少し違ってたと思うのね。

>>233
僕は去年の秀太郎の延寿を見て、
確かに義太夫狂言の酷はあるんだけど
手強さと情の点において物足りないのね。
ちょっと童顔だったのも違和感があったが、
延寿が似合わないのは、寧ろ秀太郎にとっては名誉かもしれない。
いずれにせよ、女形から出すのに無理があるのかな、って思った。
東京でその前出た時は権十郎で、
これは顔が立派だから結構似合ってはいたけど、
肝心要のところで台詞が上滑りしちゃうんだな。
昔の延若なんかと全然違うのね。
去年見た吉之丞の尼崎の婆さんもすごく立派なんだけど、
やっぱり台詞が淡白なんだ。つっこまない。
東京役者と上方役者のお役に対するアプローチの違いを非常に感じるね。

240 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 05:44:46
>>239
>>もう周りのお客、ウンともスンとも反応しないの。
>>イヤホンガイドつかっててもキョトンとしてる。
>>確かに神崎揚屋だけ出したら無理もない。

それは演目(や出し方)の問題じゃないのでは・・・

241 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 06:28:01
鴈治郎はん、延若丈と吉之丞とは格が違いますわ
婆さんをやる役者がなんぼいいひんというても、吉之丞ではね

新勘三郎の襲名の時の、「大蔵卿」で、中村屋の役者を出していたけど
玉三郎とあまりの差がありすぎて、アホらしくなったわ

覚寿、越路とかをやれる役者衆がおらんようになっていることは確かと
ちゃいますか
哀しいこっちゃね

ワイは、猿之助丈の晩年はどうなるかなって期待していたんやけど
もう出てこれへんみたいやしね

イヤホンガイドは、ええけど、隣に座っていたら、オバハンらが喋って五月蠅いわ
しゃあないこっちゃけどね


242 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 08:27:28
悲しいね

243 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 10:41:28
>>241
小山三さんが襲名狂言に出たのは、先代当代と二代にわたり、
なおかつ現勘太郎・七之助の三代目に至るまで、
中村屋一筋に尽くしてこられたことにちなんでのことです。
まして、乳母の役。
まさしく小山三さんの役者人生そのものが反映されてました。

三月しょっぱな襲名始め、お家芸狂言での心憎い配役を、
アホらしくなったの一言で片づけられると、
とりたてて中村屋贔屓でなくとも、東京もんとしてはたまりません。

244 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 11:07:22
>>241
僕は必ずしも吉之丞が芸格において劣るとは思っていないから、
誤解しないでいただきたいのね。
確かに門閥外の役者だけど、東宝時代は立女形に近い役もやってた人。
今歌舞伎界を見回しても、これだけ重い老役が相応しいニンの人もいない。
だからこそ、物足りない点を惜しいと思うのね。
どうでも良い役者には物足りなさも感じないわけよ。

>>243
小山三の鳴瀬、僕は見ていて胸が熱くなったね。
あの三ヶ月の襲名興行の中で一番嬉しかったよ。


245 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 11:11:11
まぁ感想は人それぞれですね

246 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 11:19:23
人それぞれといっても、一応二世鴈治郎他、物故した上方役者をそれなりに
語ってるスレで、あまりに外したコメントはどうかと思うな。
歌舞伎をみはじめたばかりの人ならともかく、先代の勘三郎だって普通に
生の舞台を見てたとしたらねぇ。

247 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 11:25:38
>>243なんで「東京もん」なの?
vs上方に持っていかなくてもいいでしょうに。

248 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 11:36:50
東京の役者事情に詳しくない人の発言だと思ったんじゃない?

今回のは、今月の歌舞伎スレならスルーできるけど、自分もちょっと…。
だからって、241さんをどうこう言いたいのではないよ。
芸格とかで言えば、確かに小山三ではつらいところがあったと思う。

ただ、襲名狂言だからね。
一門に縁の深い人がその時限り大抜擢されるには相応のドラマがあった上。
それを知って、秘かに楽しむのが長く芝居をみてきた歌舞伎ファンの喜びでもあり、
単純に「この役者駄目」だけでもないかなと。

249 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 12:21:58
反対にね。 京都南座の坂田藤十郎はんの襲名興行。
曽根崎心中はいつもと同じような配役。
襲名披露ならいろんな役者が付き合うものだし、ましてや顔見世は顔見世ならではの配役が楽しみなんですわ。
以前に「寺子屋」が出たとき、十三代目大松嶋の松王、十七代目勘三郎の源蔵、梅幸の千代。
「釣女」は猿之助の太郎冠者、十七代目勘三郎の醜女。
こういうのが顔見世なんですよね。

250 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 12:27:46
鴈治郎はんは、どんな役でも付き合って
出てはったですな
けど、全然付き合わん役者もいましたな


251 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 12:30:07
そんなことも有り、京都の顔見世は権十郎さん大忙しでしたね。

252 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 12:51:34
>>249
当時って、十二月興行ありましたっけ?>歌舞伎座。

今、顔見世が東西共にパッとしないのは、
役者の数は少なくなったのに、興行数がふえたせいも
あるように思います。
のべつまくなしにダラダラとあちこちで見かける感じ。
役者の層もがっくりと薄くなりましたしね。

253 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 13:51:12
十二月の東京歌舞伎座は、大川橋蔵公演だった。
羽左衛門はこれによく出ていたな。

あと、十二月の国立は昔から歌舞伎だった。こちらは良いメンバーだった。
歌右衛門なんかは、顔見世と国立と隔年に出ていたね。

いまは、顔見世、歌舞伎座、国立 と中途半端に3分散。

254 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 21:21:16
まぁ
鴈治郎はんを語りまひょ


255 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 21:44:29
三代目襲名の折、南座顔見世での口上で猿之助が、
「二代目さんに「あんたは東京の息子や」と言われていた」
というてはりました。

256 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 22:09:21
鴈治郎はんは、自分の息子より、猿之助の方が好きやったんとちゃいまっか
猿之助の不遇のときに、あれだけ応援していたんは、
鴈治郎はんだけやったような


257 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 22:12:05
 人
(´ω`) kamejiro

258 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 22:18:53
襲名に亀が全く出なかったのには失望
国立のカガミヤマのとき、賎弱の方が評価低かったからってwww

259 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 22:39:05
>>243
相手も上方者じゃないから

260 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 22:55:24
坂田はんの襲名のことは、別スレで議論しなはれ。
ここは二代目鴈治郎はんのスレでおます。

261 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 23:11:46
小山三の筋書き写真なんとかしろ

262 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 23:46:10
>>261
小山三スレへどうぞ〜。


263 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 23:56:29
ここは二代目鴈治郎はんのスレでおます。


264 :重要無名文化財:2006/01/15(日) 23:57:09
上方では、筋書ではなく番付とよびまっせ。

265 :重要無名文化財:2006/01/16(月) 01:28:56
「さん」と「はん」のスレへどうぞ〜

266 :重要無名文化財:2006/01/17(火) 21:34:55
鴈治郎はんて小柄で4頭身か5頭身位やったけど、舞台では
大きく見えましたねぇ、私江戸もんですので上方の言葉は
よう使えません。今の役者さんで上方の匂いのする方は
数えるほどですね。現23さんはお江戸の「お祭り」やらはっても
いなせな鳶には見えませんでした。あの方はまだまだ上方の
方やと思います。スレ違いでした。

267 :重要無名文化財:2006/01/17(火) 23:54:19
23さんは上方の狂言はやりませんなあ。 キライなのかも?

268 :重要無名文化財:2006/01/18(水) 05:35:17
ホンマに上方のお役者集が少のうなってしまってまんな
哀しいこっちゃけど

>>266
ホンマに、大きゅう見えましたな
ホンマに小さいのに

写真と記事しかワイはしらへんねんけど、
初代は、犬山道節をやりはったとき、見得を切りはると
どんどんと大きゅう見えたそうですな

そういうのが藝の力なんかもしれまへんな


269 :重要無名文化財:2006/01/18(水) 09:19:59
スレ違いかもしれないけれど、
(上方役者繋がりの故人ということで)
毎日新聞香川支局長が
葉村屋について書いてます。
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/kagawa/letter/

270 :重要無名文化財:2006/01/18(水) 20:01:47
やはり葉村屋の死因についてごまかしていた(あるいは意図的にウソを書いていた)ね・・・

271 :重要無名文化財:2006/01/19(木) 12:24:56
雁のたより
久しぶりにやってよ。

272 :重要無名文化財:2006/01/19(木) 21:03:03
国立の記録映画界で見た「岡崎」の政右衛門、最高に良かったな〜。

273 :重要無名文化財:2006/01/20(金) 05:29:33
鴈治郎はんの三二五六七を見たいでんな
向こうに見ゆるは、鴈治郎さんの定紋じゃ、
鴈治郎、ささささ、成駒屋、さ、さぁ〜〜

274 :重要無名文化財:2006/01/20(金) 06:17:16

この方 大好き
(・∀・)



275 :重要無名文化財:2006/01/20(金) 11:59:13
ちょいのせも観たい。

276 :重要無名文化財:2006/01/20(金) 12:22:58
ちょいのせも観たいでんな

277 :重要無名文化財:2006/01/20(金) 13:06:45
>>268
いまに始まったことと違うやろ

ところでどんなモンの集まりだんね

278 :重要無名文化財:2006/01/20(金) 15:14:27
ゆくゆくは花形歌舞伎で雁のたよりをやらせたいね。
翫雀君なんかも似合わない徳兵衛なんかは早くお役御免にして貰って、
三二五六七みたいなものや二世延若系の芝居に
活路を見出して欲しいんだけどね。
もっとも、台詞回しをはじめとして
相当な努力と意識改革が必要なのは言うまでも無いけどね。


279 :重要無名文化財:2006/01/20(金) 22:33:18
孝夫=仁左衛門のコピーは愛之助だけでエエ。

本来の大阪、つまりは愛嬌があってこってりした色気ある上方の二枚目を見たいんですわ。
河内屋系ですな。

280 :重要無名文化財:2006/01/21(土) 07:46:17
二代目延若を生で観られた方おられますか?

281 :重要無名文化財:2006/01/21(土) 08:02:13
古老のおはなし。
権太・団七・毛谷村の六助などは河内家が一番。そのあとの役者はどれも食い足りない。


282 :重要無名文化財:2006/01/25(水) 00:31:39
二代目鴈治郎はんは、「面あげろ」で、権太の愛嬌たっぷりの顔をしはりましたなあ。

孝夫さんの権太もやはりそうどしたなあ。

あれは二代目河内屋の型でっしゃろか?

283 :重要無名文化財:2006/01/25(水) 16:17:30
今の松島屋のも河内屋系、というよりは上方系のゴンタだけど、
細かいところで仁左衛門独特の解釈があるのね。
付け際で梶原を見送って本舞台に帰るところで
親爺に「よろこんでくれ」みたいなことを言いながら戻って刺されるんだけど
一事が万事その調子。つまり説明的。
良く考えられてはいるけどね。
二代目延若のゴンタは勿論知らないけど、
ニンから言ったら現藤十郎の方が本役でしょ。
南座でやったのは傑作だったと思うけどね。

284 :283:2006/01/25(水) 16:19:16
言葉足らずだったので追伸。

仁左衛門に比べて藤十郎の方が本役、
という意味ですよ。

285 :重要無名文化財 :2006/01/25(水) 16:24:46
いまの坂田はんの権太は、中座で観ました。
一座の出演者は、玉緒、与一、成年、我当、秀太郎 など。
芸道一代男もやってはったなあ。

南座のときは、秀太郎の弥助がよかった。
衣装は後半で変えていた。
「敵ながらあっぱれ」のセリフを抜いてはったよ。

煙たいワイ

286 :重要無名文化財:2006/01/25(水) 18:53:14
>>285
夢のような座組ですね その人たちの多くはもう歌舞伎には出ないのでしょうね

287 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 00:09:09
>>一座の出演者は、玉緒、与一、成年、我当、秀太郎 

この人たちで口上もあった。

成年と智太郎の二人で「五条橋」があったと記憶。
与一は芸道一代男で、初代鴈治郎の父親役。
劇中劇で河庄の場面があった。ここで「河内家」と声が掛かる。

288 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 07:03:14
>>285
もう大分前のことですよね
いつ頃のことですか?

289 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 10:11:51
>>285
中座の権太はどんな配役だったの?

290 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 12:45:48
實川雁二郎

291 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 15:59:24
>玉緒
中村玉緒のことですか?

292 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 20:53:48
そうです。玉緒は初代のお母ちゃん役。与一が三代目翫雀、つまりお父ちゃん役。
踊りは雪月花で、「鷺娘」浩太郎、「橋弁慶」智太郎・成年、「三つ面椀久」扇雀
(もう三代目襲名してたかな?)でした。

「すしや」は確か浩太郎がお里で、弥左衛門が岩井半四郎だった。弥助は智太郎やったかな?


293 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 21:37:12
半四郎の弥左衛門ですか。
南座の時も浩太郎(もう扇雀でした)がお里でした。
弥左衛門は故権十郎で、上方言葉の捨て台詞を頑張ってましたね。
その数ヵ月後に亡くなるんです。がっかりしたもんです。

294 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 23:27:59
>>弥左衛門は故権十郎
ちゃんと元盗賊である意味のセリフを言ってましたな。河内屋型。

私が見た最後は、国立劇場の黄門記のお奉行さん。


295 :重要無名文化財:2006/01/26(木) 23:30:09
いまおもたら、中座の雰囲気は独特でしたな。
いかにも大阪らしい匂いでした。
今の松竹座は上品ぶっててイヤ。

296 :重要無名文化財:2006/01/27(金) 07:16:30
松竹座は、客席まで階段を登らないといけないですよね
やはり、入り口を入ったら客席にしてほしいです

297 :重要無名文化財:2006/01/27(金) 09:24:51
このスレで大阪民国の言葉勉強してます。

298 :重要無名文化財:2006/01/27(金) 10:51:35

●帰国できないブルガリアのサーカス一家と犬猫たち

親子3人と犬猫たちが興行主(日系中国人)の夜逃げにあって帰国できなくなり
現在、大阪府河内長野市の山奥にある3帖ほどのコンテナで暮らしている。
寒さのあまり体調を崩す犬猫も出始めているらしい・・・

NPO法人が「ブルガリア・アニマル・レスキュー基金」を募っています。
皆様の暖かいご支援、よろしくお願い致します。
http://ime.st/www.arkbark.net/j/htm/news_events/one.cgi?id=33

家族の飛行機代は出すが、犬猫の輸送代は出さないと日系中国人は言ってるそうです。
綺麗な娘さんが「動物を連れて帰りたい」と泣いてました。
そもそもこの家族はブルガリヤでもサーカスをしているので、動物を置いて帰る事は出来ません。

MBSのボイスというニュース番組で取り上げられてました http://mbs.jp/voice/
これに関するスレ http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/dog/1138270915/

299 :重要無名文化財:2006/01/27(金) 12:47:56
中座は狭かったんで、忠臣蔵の判官さんの駕籠が客席廊下に置いてありました。

舞台に向かって左側の奥におでん屋があった。千葉蝶三朗の色紙があったと思う。
一階の芸裏席はかなり高くなってたので案外見やすかった。

三等席は一列しかなかったから売り切れのときもあったなあ。

「ふぐならふぐならづぼらやへ」の音楽がうるさかった。

中座向かいの天牛で大学入試の赤本を買ったよ。

300 :重要無名文化財:2006/01/28(土) 09:22:43
千葉蝶三朗・・・今のひとは知らんでっしゃろ。
承知苦心喜劇の役者はん。
おもろかったでんな。

301 :重要無名文化財:2006/01/28(土) 11:43:26
あのおでんもたいして旨くないのだが、
つまらない幕だと出てきて一杯やってたりしてました。

やっぱり鳥屋も狭かったんでしょうね、
なんかの芝居の時に遅れてはいったら、
正面の廊下のところに馬!がいましたよ。



302 :重要無名文化財:2006/02/05(日) 19:08:55
六代目歌右衛門は生粋の江戸の役者ですが、二代目鴈治郎、十三代目仁左衛門、三代目延若など、上方の役者のほうが合っていたように思います。

303 :重要無名文化財:2006/02/10(金) 12:37:20
そうです。

304 :重要無名文化財:2006/02/10(金) 22:58:19
先日のNHK、藤十郎の特集。二代目さんの「河庄」。
やっぱりよろしいなぁ〜!!あの「やわらかさ」、無類・絶後ですわ。

305 :重要無名文化財:2006/02/12(日) 20:35:49
ほんま、ほんま。それに引き換えおたくの息、どうしてあんなに
ウヌボレヤなんやろ。情けない。

306 :名無しさん:2006/02/19(日) 20:19:51
河庄

307 :重要無名文化財 :2006/02/23(木) 20:36:47
追善

308 :重要無名文化財 :2006/03/18(土) 22:33:11
重要無名文化財

309 :重要無名文化財:2006/03/24(金) 22:56:41
伝兵衛はん

310 :重要無名文化財:2006/05/07(日) 10:00:03
age  


311 :重要無名文化財:2006/07/19(水) 18:40:48
あげ


312 :重要無名文化財:2006/08/02(水) 11:00:54
所 詮 、 河 原 乞 食 

卑 し い 身 分 だ な

313 :重要無名文化財:2006/08/02(水) 20:22:59
私は50歳代の、おじさんです。私の子供のころ(昭和30〜40年)ころは
終戦直後の余韻がまだ残り『朝鮮人』と言うと、それは凶悪犯罪者を意味しました。

小学生のころ、夜のラジオで聞くニュースは「キン・・」 「ボク・・」などの朝鮮人による
事件のニュースのない日はありませんでした。

敗戦と同時に、全国で一斉に始まった朝鮮人による強盗・強姦・恐喝・・など、
あらゆる社会的犯罪のひどさは、いずれ明るみに出されると信じています。

敗戦後、日本は急速に治安を回復すると、朝鮮人達は、誰からも相手にされなくなりました。
すると、このころから、『在日に対する言われなき差別』などと言い始めました。

しかし、当時の日本人は、こんな「身勝手な言い分」を誰も相手にしませんでした。
日本人が、朝鮮人に対して、「軽蔑」と「恨み」を強めていったのは
この日本が戦争に敗れた時の、朝鮮人の言動のひどさにあります。

満州・半島では、女・子供と老人ばかりの避難民を襲っては、
女は強姦して殺し、子供は中国人に売りました。

何年か前、在日たちは、以下のことを日本人に言いました。
・・・「お前たちは、昔、悪い事をした日本人の子孫だから、お前たち子孫が、責任を取れ」・・・

朝鮮人は、自分達の犯罪をごまかす為に、強制連行・従軍慰安婦など、
歴史の捏造や歪曲して、事実を逆さまにして大声で叫んでいるのが真実です。
必ず本当の歴史が明るみに出てきます。・・出します。

私たち日本人は決して朝鮮人を許してはならないのです。
朝鮮人のした日本人に対する残虐な歴史を決して忘れてはならないのです。

314 :重要無名文化財:2006/08/08(火) 18:08:36
河 原 乞 食

315 :重要無名文化財:2006/08/19(土) 20:40:45
重要無名文化財

316 :重要無名文化財:2006/08/19(土) 22:02:53
鴈治郎はんて小柄で4頭身か5頭身位やったけど、舞台では
大きく見えましたねぇ、私江戸もんですので上方の言葉は
よう使えません。今の役者さんで上方の匂いのする方は
数えるほどですね。現23さんはお江戸の「お祭り」やらはっても
いなせな鳶には見えませんでした。あの方はまだまだ上方の
方やと思います。スレ違いでした。

317 :重要無名文化財:2006/08/29(火) 05:12:24
死ねばいいのに

318 :重要無名文化財:2006/08/29(火) 19:21:26
ホンマに上方のお役者集が少のうなってしまってまんな
哀しいこっちゃけど


319 :重要無名文化財:2006/10/31(火) 06:43:42
スレ違いかもしれないけれど、
(上方役者繋がりの故人ということで)
毎日新聞香川支局長が
葉村屋について書いてます。
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/kagawa/letter/

320 :重要無名文化財:2006/11/14(火) 09:44:57
晩年、「伊勢音頭」の万野。もうフラフラで舞台でこけまくり、扇雀が引き起こして
た。5日目から休演。最初から計画的だった。

321 :重要無名文化財:2006/12/05(火) 23:11:20
昼の「楼門」の久吉はなんとか勤めた。

322 :重要無名文化財:2006/12/11(月) 23:43:43
二世鴈治郎はんを語ろう

323 :重要無名文化財:2007/03/04(日) 22:38:50
重要無名文化財

324 :西 良二:2007/07/22(日) 16:23:50
鴈次郎、よかったね。とりわけ60代から70代前判が最高、古典も新作も共に素晴しかった。醜かったのは勧進帳の義経、猿のようでつらかった。藤十郎はいい年なのに若すぎて何時までも50年〜60年代のコマ歌舞伎の時のよう、知ってる人もすくないかな・・・。

325 :重要無名文化財:2007/09/20(木) 22:34:49
殺陣師段平

326 :重要無名文化財:2007/09/20(木) 23:36:26
中村玉緒の父親ってイメージだな。


327 :重要無名文化財:2007/09/23(日) 19:41:02
所 詮 、 河 原 乞 食 

卑 し い 身 分 だ な

328 :重要無名文化財:2007/10/28(日) 16:17:09
1月松竹座、翫雀の「封印切」。
今年の1月もおとっつぁんで出てま、「封印切」。
どーせやったら「河庄」出しなはれ。

「沼津」は父祖伝来の芸の競演。
二代目さんと大松嶋のビデオ、今見ても号泣しますわ。
「親父どん、そじゃないか」
「旦さん、あんさんはご発明なお方じゃなぁ」

329 :重要無名文化財:2007/10/28(日) 16:19:38
女にだらしがない

330 :重要無名文化財:2007/12/06(木) 01:58:00
二世鴈治郎はんを語ろう


331 :重要無名文化財:2007/12/06(木) 02:11:10

「沼津」NHK放映

2代目鴈治郎 延若 我童 リカク 左団次

13代目仁左よりも、延若のビデオのほうが好き。



332 :重要無名文化財:2007/12/06(木) 02:12:35
「河庄」
いまやったら、孫右衛門は我当さんですなあ。

333 :重要無名文化財:2007/12/06(木) 10:27:09
333

334 :重要無名文化財:2008/03/01(土) 01:01:25
重要無名文化財

335 :重要無名文化財:2008/04/13(日) 22:50:40
扇千景の「私の履歴書」

二代目鴈治郎はんのことを書き出したね。

336 :重要無名文化財:2008/04/13(日) 23:18:09
暴露本の様相を呈してきたが、大丈夫なのか、ちかげはん。


337 :重要無名文化財:2008/04/13(日) 23:49:57
長門裕之の本よりも、過激に?



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