2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

足利義昭は暗君だったのか稀代の謀将だったのか

1 :人間七七四年:2007/04/13(金) 18:12:23 ID:fUCZ4ArY
司馬遼太郎「国盗り物語」をはじめ、
戦国時代の「策士策に溺れる典型の貴族趣味の暗君」として、
評価される事が圧倒的に多い足利義昭

対信長戦争の結果は最悪なものとして終わったが、
しかし、室町幕府の将軍としての権威を背景に、
諸大名に号令を発し信長包囲網を作り上げ、
信長に対抗しようとしたことは狡猾で愚かなことだったのか

結果が伴なわなかった為、
最悪の評価を受けやすい足利義昭について、
結果論、先入観を抜きにして考察するスレ

2 :人間七七四年:2007/04/13(金) 18:16:20 ID:N6b73O+L
負ければ何言われても仕方ない
詰めが甘かった。
ただ暗君ではなかろうな
利用されるだけ殺される可能性もあったし
いや書状も含め総て偽装工作と

3 :人間七七四年:2007/04/13(金) 18:20:32 ID:g66HTZgZ
足利義昭は二回も将軍宣下を受けたって本当なんでしょうか?

4 :人間七七四年:2007/04/13(金) 18:26:45 ID:nVOazDCN
槙島城の挙兵のエピソードなどから判断して、基本的には気の強いただの馬鹿だったと思うが、
結果しだいによっては名君に仕立て上げられてた可能性もあったとも思う

5 :人間七七四年:2007/04/13(金) 18:29:53 ID:fUCZ4ArY
じゃあ冷静に検討をしていくとしようか

まず一番有名な信長包囲網
信長ファンたちからは、
「信長を敵に回して勝てるわけないだろ、馬鹿」
という意見が多いようだが、
この信長包囲網を作ったことはそこまでおろかな事だったのか?
ここに勝機はなかったのか?

6 :人間七七四年:2007/04/13(金) 19:48:14 ID:qij34oP1
将軍としての自分の利用価値に気付いていた点は、
先代の将軍たちより優れている
義輝の死によって地に堕ちた将軍家の権威を、
信長包囲網成立に寄与するまでに復活させた力量も凡人では敵うまい
しかし『御輿』に甘んじることができない将来の気位が
結果的に身を滅ぼしてしまった
将軍家ではなく一大名として生まれていたなら、
乱世をどのように処していったのかな

7 :人間七七四年:2007/04/13(金) 20:21:06 ID:BCG29Jm+
包囲網など築かずに信長と仲良くやってたら、評価されてたかもね

8 :人間七七四年:2007/04/13(金) 20:23:27 ID:yJyQiHtO
>>1
なんでそんな両極端なんだ・・
そりゃ足利将軍15人の中では5位以内には入れるだろうけども、稀代の謀将とまでは

9 :人間七七四年:2007/04/13(金) 20:53:55 ID:E4VwujN0
>>8
上位5人を順位と一緒に発表せよ

10 :>>8じゃないが:2007/04/13(金) 21:09:07 ID:sgBvxFXQ
足利将軍の順位はこんな感じでは?
1位: 義満(南北朝合一、日明貿易開始、北山文化)
2位: 尊氏(執権北条氏打倒に勲功、征夷大将軍就任)
3位: 義教(日明貿易再開、比叡山討伐、鎌倉公方討伐)
4位: 義昭(実力者を次々と味方につけて倒幕勢力に対抗)
5位: 義輝(戦国大名同士の死闘をしばしば仲裁、剣豪)

11 :人間七七四年:2007/04/13(金) 21:20:20 ID:9cUXtUer
>>10
そこの4位には義詮が入って義輝が抜けるのが俺的評価。
尊氏と共に苦労してる幕府開府の功労者だし

12 :人間七七四年:2007/04/13(金) 21:25:54 ID:E4VwujN0
>>10
義教が幕府の中央集権化を進めようとして失敗したんだっけか?
将軍の中では超強硬派だよね

>>11
義詮は江戸幕府で言うと、秀忠的功績があるの?

13 :人間七七四年:2007/04/13(金) 21:36:15 ID:9cUXtUer
>>12
そこまで大きな功績ではないけど、弱体な幕府を滅ぼさずに義満に繋げられたのは上出来だと思う。

14 :人間七七四年:2007/04/13(金) 21:38:00 ID:g66HTZgZ
4〜7代目が早世しすぎ

15 :人間七七四年:2007/04/13(金) 21:39:49 ID:E4VwujN0
>>13
けど幕府復興を目論んだ義昭よりは評価上になる?

16 :人間七七四年:2007/04/13(金) 21:49:44 ID:2VG0109e
幕府を潰した義昭よりは誰だって上になるんじゃないのw

17 :人間七七四年:2007/04/13(金) 21:52:50 ID:ZmstWCb5
松永弾正を兄の仇と信長に処分を求めながら
信長と対立するとその松永と手を結ぶ。
無節操な・・・

18 :関連スレ:2007/04/13(金) 21:54:35 ID:NkCu7a5T
剣豪将軍足利義輝
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150552879/
【14代】 足利義栄 【阿波公方】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156769019/


19 :人間七七四年:2007/04/13(金) 22:02:59 ID:g66HTZgZ
歴代足利将軍を語る
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1165676901/

20 :人間七七四年:2007/04/13(金) 22:22:12 ID:E4VwujN0
>>16
それは結果論だw

>>17
なりふり構わずって感じだわな

21 :人間七七四年:2007/04/13(金) 23:34:22 ID:S7Gf3dWh
包囲網が成功して信長を打倒したとして、義昭が
権力を保持し続けるシナリオって有るのかね。

22 :人間七七四年:2007/04/13(金) 23:40:11 ID:E4VwujN0
>>21
問題はそこだ
義昭の直轄軍が存在せず、権力基盤がない状況
誰か大名を「管領」とかいう形で直臣とし、
この勢力を直轄化することで勢力を拡大するしかないね

23 :人間七七四年:2007/04/13(金) 23:41:38 ID:Mr+8dzyX
本能寺黒幕説を採用すれば最終的には信長に勝ったことになるぞ

24 :人間七七四年:2007/04/13(金) 23:42:58 ID:ZP1YQeBi
まあ謀将なんて評価は過大ですね。

義昭を謀将とする理由の第一として包囲網があげられますが、正直、そんなもん
存在してませんでしたから。
義昭がやったことは、信長と敵対する理由のある連中に名分を与えただけで、信長
の見方をその手練手管で敵に回したなんて業績はありません。そして、朝倉にせよ
三好にせよ彼らは勝手めいめいに信長と戦っていただけで、当人たちに同胞・見方
なんて意識はなかったし、そして重要なことは義昭には彼らに対する命令権もない。
ただ、一本化された指揮権がなくバラバラに戦いを挑まれるというのが、結果的に
信長にとっては対処困難にさせた。そしてそんな状況を少しでも自分の利益に還元
しようと工作したのが信玄だったり本願寺だったり。しかしこの二人にしても、他
勢力に対する命令権なんてないのだから当然思うようには状況を動かせなかった。

義昭がやったことは、構想も戦略もなにもなく、ただ手紙をばらまいただけ。

25 :人間七七四年:2007/04/13(金) 23:50:45 ID:NkCu7a5T
>>23
そんなものはありえない。

>>24
日独伊三国同盟みたいにバラバラに戦ってたら、勝てないわなw

26 :人間七七四年:2007/04/14(土) 14:31:58 ID:JWZBKbOO
>>17
名を捨てて実を取ったと見るか、ただの無節操と見るか・・・
多分後者だな。

27 :人間七七四年:2007/04/14(土) 15:35:50 ID:fgFW4PEp
利に敏い細川藤孝や明智光秀が早々と義昭に見切りをつけ、
織田に走ったことで結論は出ている。

信長にしても義昭との初対面で、その人間的軽さや軽挙妄動ぶりに興ざめしている。

28 :人間七七四年:2007/04/14(土) 17:14:24 ID:K4U1ThMl
まあ、義昭が暗君と称される所以としては、
本人の資質もそうだが、
あの時期に幕府を背負わねばならなかった時勢的な要因も大きいだろうな。

29 :人間七七四年:2007/04/14(土) 21:16:24 ID:zMTm8o/9
義輝死なずに逃亡→信長が担いで上洛

だったとしても、たいして変わらなかったような

30 :人間七七四年:2007/05/06(日) 15:33:17 ID:56TbfRlE
あげ。

31 :人間七七四年:2007/05/06(日) 16:02:43 ID:81ETURI4
お手紙作戦は古来より武力を持たない者がよく行い
尚且つ成功したためしがない
結局自分が武力を有していなければ
追い払っても次々取って代わられるだけで
全くもって意味がない
武家の棟梁たる将軍である義昭が
そこのところを理解できない時点で終わっている

32 :人間七七四年:2007/05/17(木) 18:37:08 ID:g4vYd43h
>>31
武力を持たない者が、それしか無いからその方法を取るんだろうが。
結果どうなるかを予想するとか、理解するという問題では無いだろう。
まずは、当時の足利義昭置かれた状況と、
その状況下で取れる最善の策について考えねば、
一般論を語った所で意味が無いと思うんだがな。

33 :人間七七四年:2007/06/03(日) 01:50:57 ID:LCEXDKBH
信長包囲網は机上の空論に過ぎなかった
こいつ自信は何もしてないしホント口だけ番長だろ

34 :人間七七四年:2007/06/03(日) 18:36:10 ID:BW/bZt42
その机上の空論で一時は確実に信長を追い詰めてたんだぜ
朝倉撤退や信玄急死がなければ、と考えると単なる口だけ番長とは違うと思う

35 :人間七七四年:2007/06/04(月) 14:04:06 ID:iq4+XRr6
兄上同様に、剣術を習ってた様だが上手かったのかな?

36 :人間七七四年:2007/06/05(火) 13:09:19 ID:dB3cWHu9
俺が義景だったら信長なんか1570年中に死んでたよ

37 :人間七七四年:2007/06/22(金) 21:45:41 ID:zVufaajG
鞆まで付いていった幕臣って、上野とか柳沢ぐらい?

38 :人間七七四年:2007/06/22(金) 22:53:52 ID:mFDJfaxm
チェックメイトのような幕府を引き継がされたて、

一体何ができるというのか。

39 :人間七七四年:2007/06/23(土) 19:06:24 ID:Bc/Q7IOa
義昭と義輝が公方としてどちらが有能かは微妙なところ。
義輝は「自分で何かをしようとする公方」、
義昭はそれに対して「他人に何かをさせようとする公方」。
京や日本の政情が違うから比較できないがどちらも御輿にはなりにくい
癖のある公方。
いずれも文弱に溺れた印象が強い足利公方にしては
最後を飾るにふさわしい人物だったのは間違いないだろう。
いや、御輿になり得なかったからこそ滅びたのか。

40 :人間七七四年:2007/06/24(日) 05:40:32 ID:BHHLPYHi
義輝は有終の美を飾れたので得してるな
仮にあそこで生き残っても結局食い潰されて終わっただろうし

いや、剣豪将軍大好きですけどね

41 :人間七七四年:2007/06/30(土) 14:19:07 ID:B3Amt6e3
自分も剣豪将軍好きだが何かをしたいのなら
義昭のように自分を押し売りするくらいの方が身の丈にあっているだろ。

まあ義昭は最後は帰洛できて准三后。目的の京都復帰はできたわけで
あそこまですれば執念だな。信長が死んだのが一番大きいが。

42 :人間七七四年:2007/08/07(火) 01:58:03 ID:3N8eEt5H
この人のやった事って自分の権威を盾に手紙を送りまくっただけでしょ

43 :人間七七四年:2007/08/07(火) 19:58:46 ID:ETXdJLE3
自分の利用価値が分かってたからだろ
周り中を混乱に巻き込むあたりはさすがに足利らしい

44 :人間七七四年:2007/08/07(火) 23:06:04 ID:v5xvxiSa
足利義昭て信長への憎しみだけが生き甲斐だったんだろうな。
信長が死ぬと権力への執着まったく無くなっている。
本当に野心家なら、秀吉が養子縁組を申し込んできたときに、もっと
巧く立ち回って征夷大将軍と交換に関白職を貰うとか足利幕府を
復興させたりしそうなのに、京にすら戻らなかったんだから。
案外将軍職には執着がなく、仮に信玄とか謙信が上洛してきたら
あっさり将軍職を譲てたかも。


45 :人間七七四年:2007/08/08(水) 05:15:06 ID:R7IQJT8V
信じてただけに蔑ろにされたのがショックだったんだよきっと

46 :人間七七四年:2007/08/08(水) 09:46:53 ID:UQy+MIpL
女みたいなやつだな

47 :人間七七四年:2007/08/08(水) 10:24:28 ID:FS/tlzg3
スパムメール将軍

48 :人間七七四年:2007/08/08(水) 17:56:42 ID:rSLEqi8o
特に暗君でもなく謀将でもなく・・・
ちょっと背伸びしてはっただけ

49 :人間七七四年:2007/08/08(水) 23:09:26 ID:gXcyaJdq
まあ兄貴よりは器量に乏しいな。

50 :人間七七四年:2007/08/09(木) 18:56:49 ID:ljLfscb4
今川義元と同じくイメージが悪い。

51 :人間七七四年:2007/08/09(木) 23:34:33 ID:RWyrfTJJ
義元は最近再評価が著しいからこいつもそのうち再評価されるかも試練

52 :人間七七四年:2007/08/10(金) 03:11:07 ID:OgXOVGFQ
いまどのような評価がスタンダードなのかは知らんが
義輝、義昭はあの時代の将軍としては及第点だろう。
その目標に対する結果が全てだからそれ以上の評価はできないが
将軍職として自己の権威を最大限に利用しているのは単なる傀儡将軍とは違うわな。

まあ義輝は少し「剣豪」のイメージのせいで調停工作なんかが薄れているが
どちらかといえば復古主義的な(幕府復興)人物だったのだろう。
義昭は「お手紙」のイメージが強いが行動力は兄貴よりも優れているよなあ。
ただどうも義輝旧臣との関係が微妙なあたり時代の急激な変化もあるだろうけど
人徳という点ではイマイチだったのかもねえ。

53 :人間七七四年:2007/08/21(火) 08:19:13 ID:6YofpmJl
 

54 :人間七七四年:2007/08/27(月) 22:42:49 ID:V8w3/s+W
再評価厨も大変だな・・・

55 :人間七七四年:2007/09/27(木) 03:40:45 ID:ppzTSM4W
鞆まで付いていった家臣ってどの位いるんだろ?
上野や柳沢ぐらい?

56 :人間七七四年:2007/10/18(木) 20:16:40 ID:mcAoSxuj
謀略家

57 :人間七七四年:2007/11/10(土) 10:19:20 ID:EhcRoZHU
意外と策士

58 :人間七七四年:2007/11/10(土) 22:14:24 ID:BqZSOeRj
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E9%87%8E%E8%BE%BA%E6%98%8C%E5%B9%B8

59 :人間七七四年:2007/11/11(日) 02:36:57 ID:UGj1Anxc
  

60 :人間七七四年:2007/11/11(日) 10:59:18 ID:sMLSiaDV
剣豪将軍って、死んだ日のぞいて一体何人斬ったんだ?

61 :人間七七四年:2007/11/12(月) 09:24:29 ID:Cy8SH2vN
>>60
光源院はスレ違いですぞ。

剣豪将軍足利義輝
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150552879/

62 :人間七七四年:2007/11/12(月) 15:55:19 ID:KOb/8DM4
才能と行動力はあったけど性格面で活かせなかった感じがする。
秀吉が天下人には勇気と大気と智恵が必要だが惜しいのがいると言ったような。
追い詰められて結果的に真価を発揮したけど優勢になると元に戻る。

まあ自分でも買い被ってると思うけど。

63 :人間七七四年:2007/11/19(月) 00:56:06 ID:wm+MFa1I
ゲームや漫画じゃ義輝並みに剣豪だったりするがな。

64 :人間七七四年:2007/11/21(水) 02:47:27 ID:37KozurZ
信長にとっては道具でも足利義昭にとっては身分が上であり、幕府も存続していて
軍がないのだから御輿に乗るのは当然であり、義昭にとっては信長は裏切り者でもあり、現政権を軽んじた人間と見るのは筋が通っている。
力の世界じゃなけりゃな。

ただ彼がとった包囲網なんてもんは軍がなく権威と発言権が高い物なら容易に考え付くものだろう。
しかもばら撒いて、信長を潰す大義名分を与えたにすぎず、彼が積極的にまとめたわけではないと思う。
正直足並みが揃っていたとは思えないし、包囲網。
謀将とはとてもいえない。歴代続いてきたわけだから、自分が呼べば周りは呼応すると安易に考えてたような気もする。

65 :人間七七四年:2007/11/21(水) 05:11:04 ID:FLII65LE
>>64
僧侶上がりで、よく実情が把握できてなかったのかな?
側近も耳の良いことしか入れず、裸の王様状態で。

66 :人間七七四年:2007/12/02(日) 10:22:53 ID:I4HmzO76
でも信長を追い詰めたのはスゴイと思うがな。

67 :人間七七四年:2007/12/11(火) 20:18:17 ID:te7Q3PBs
信長を追い詰めたランク

S 今川義元 石山本願寺 足利義昭
A 斉藤義龍 浅井・朝倉連合
B 毛利輝元 武田信玄 上杉謙信
C 織田信友 武田勝頼 松永久秀
D 六角義賢 北畠具教

68 :人間七七四年:2007/12/11(火) 21:32:14 ID:3j5I/Z9k
>>66
義昭の手腕で追い詰めたってわけではないのでねえ

69 :人間七七四年:2007/12/24(月) 17:43:39 ID:zzdKheir
稀代の謀将だと思う
豊臣時代でも将軍に任命され続け
秀吉の朝鮮攻めの九州動座にも武将として兵を引き連れ従軍している
兄の義輝とは違い
公家的しぶとさを持った武将だと思う
さすが足利家
政略上領地などを与えることは出来なかったが
秀吉も義昭を嫌いではなかったのだと思う
近衛家のような摂家に産まれておれば
もう少しは幸せな人生を送れたと思う

70 :人間七七四年:2007/12/24(月) 17:51:06 ID:04yOinvc
関東の古河公方足利義氏やその跡を継いだ少女公方足利義姫タンよりはがんばったと思うよ…

71 :人間七七四年:2007/12/25(火) 22:04:30 ID:DIeHwDsU
公家に産まれておれば近衛前久よりも評価は上であったと思います。

72 :人間七七四年:2007/12/26(水) 21:28:40 ID:qvppBHM2
>>70
間違いなく豚一よりはがんばった

73 :人間七七四年:2007/12/29(土) 10:04:04 ID:MpBFSbKB
まあ、長生きしたよな。

74 :人間七七四年:2008/01/08(火) 23:49:51 ID:epNFU8ob
足利義昭に軍がなかったというのは俗説。
奉公衆を持っていたし、佐々木(六角)の旧臣も指揮出来た。
戦力だったからこそ秀吉も朝鮮出兵に従軍(渡海はしてないけど)させたんだよ?。

75 :人間七七四年:2008/01/09(水) 01:20:15 ID:d/wsRI8J
明智が本当に直臣だったのかは分からんが、少なくとも間違いなく直臣で
幕府有数の名門、細川のオヤジにあっさりと見限られたあたりに、彼の
人間的限界を感じるなあ。

尼子の旧臣、山中鹿之助が節義を通した例とかあるし、浅井朝倉にしても
主家の滅亡に殉じて死んだ家臣はたくさんいる。

義昭は、将軍であるのに、有能な家臣たちには愛想つかされて、忠臣の一人も
得ることも出来ず、自滅同然に滅んでいった・・・・
この辺からも、大した人物ではなかったようにしか思えんな。

76 :人間七七四年:2008/01/09(水) 03:57:53 ID:WM9sOzHs
豊臣政権下でも官位は持ってたんですか?

77 :人間七七四年:2008/01/09(水) 12:12:43 ID:4vVY1fq+
>>75
一応、一色藤長や槙島昭光などは幕府滅亡後も従っているけどな。

>>76
准后になってたはず

78 :人間七七四年:2008/01/09(水) 13:43:34 ID:Q6Mz8SAX
>>77
准后と関白、どちらが上?
秀吉も准后だったの?

79 :人間七七四年:2008/01/09(水) 15:56:16 ID:FcqRNNkH
ま、義昭役は玉置浩二の右に出るヤツはおらんな。

80 :関連スレ:2008/01/09(水) 17:15:09 ID:hvIXDLaT
戦国武将を演じるなら、この俳優さん
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1198268197/


81 :人間七七四年:2008/01/19(土) 23:18:36 ID:oeCC4hSQ
>>75
君の知識は根本から間違っている。
長岡藤孝は、ただの裏切りものだが、
その他の、まともな旧室町幕臣は義昭に従い鞆の浦まで下向し、
かの地、および全国を飛び回り、幕府再興のため尽力している。
細川京兆の一族、斯波の一族、一色の一族、上野の一族、六角の一族、京極の一族、大館の一族などなど
キラ星のごとく名門の子弟一門が従軍している。
義昭に軍隊があったからこそ、秀吉も朝鮮出兵に名護屋まで従軍させたんだよ。
内容の薄い、簡単な歴史ものばかり読んでいては、真実など教えてもらえないよ。
たいがいの歴史ものは信長ファン、信長オタクが書いたものだからね。

82 :人間七七四年:2008/01/20(日) 01:01:59 ID:1yxm6WN0
腐っても鯛ってところですか。
経済力も軍事力も人間的大きさも信長に及ばなかったけど
噛み付いたってのがいかにも小物らしくていいじゃない

83 :人間七七四年:2008/01/20(日) 14:09:52 ID:BbR4iAkc
>>81
ほほーう、貴殿は御詳しい。
信長の姑息な手段により、担ぎ上げられ、また都を追われた将軍ですよね。
最近の研究では、
だいたい信長は上洛するのに、六角氏の宗家と戦ってもいないらしい。
だから観音寺城も、無傷で残ったらしい。
信長が戦ったのは六角氏の一門の、箕作六角家だったらしいよ。
六角の宗家は、京極氏や足利将軍と同じように公家化してたみたいで、京極の浅井氏みたいに
執事で庶家の箕作六角が施政してたらしいけど。
義昭上洛、将軍職就任以後も六角宗家と織田は同盟してるらしい。
だから南近江で六角殲滅の大戦はなくて当たり前らしい。
上洛軍に成敗されたのは執政の箕作六角だけだったらしい。
信長は細川京兆とも畠山とも義兄弟だし、実は室町幕府の権威をフルに取り入れているんだよね。
当時の政府である室町幕府からすれば、信長は大裏切り者、反乱軍でしかない。
基本的には斯波氏の軍事力(織田氏)でしかないんだから、三好と同じくらい
でしゃばり過ぎなんだよ。
ただの家臣として、身を粉にして働いて、斯波氏や将軍家を支えるのが正しい道。
前時代には、実力があっても慢心せずに、分をわきまえた武士も
たくさんいたわけだから。
憐れだね義昭は、信長みたいな家臣が出て。



84 :人間七七四年:2008/01/20(日) 15:58:47 ID:NMbo9Ebs
>>83
そもそも足利氏自体が、実力があって分をわきまえずに幕府に刃向かったり
天皇に逆らったりしたらとんでもない家臣ということになってしまうが?

85 :人間七七四年:2008/01/20(日) 18:05:03 ID:N9froR02
足利氏は持明院流の室町時代以降の天皇家にとって超忠臣。
鎌倉武士が関東に移してしまった政権を再び京都に戻した
京都中興の家柄。当時の天皇家が認めた武家の中の武家。

86 :人間七七四年:2008/01/20(日) 19:57:33 ID:du3LAazh
戦国時代にしてしまったのに忠臣も糞もないだろ。
足利家は為政者として完全に失敗。

87 :人間七七四年:2008/01/20(日) 23:39:17 ID:Kbyz6OtE
戦国時代ではなく
大謀反時代。
悪いのは家臣達のほうだ。
将軍や管領がやさしくなりすぎたのが悪いといえば、悪いが。
足利義満や義教みたいに、早い目に織田を潰すべきだったと思う。
上杉謙信とともに上洛すれば、あんな目に遭わくてすんだかも。
信長が薄情すぎるんだ。足利将軍は六角氏などを頼り、よく地方に下っていたが、
あんな酷い目に遭わせたのは三好一味くらいじゃないか?。

88 :人間七七四年:2008/01/21(月) 01:14:08 ID:Ky0TnfXg
悪いのは日野家出身の馬鹿なマンコが将軍の嫁になる事を繰り返して
血が濃くなった馬鹿な将軍が産まれたからさ。
日野富子が最悪。義尚可愛さに山名宗全とつるんで騒然!
応仁の乱を引き起こし戦国時代へ突入する大きな要因を作った
のは他ならない馬鹿女日野富子だよ

89 :人間七七四年:2008/01/21(月) 01:25:44 ID:HJZ6a2SQ
なんつうか足利とかゆう武家がヤンチャをしたからこそおれらの好きな戦国時代があったと感謝しようぜ

90 :人間七七四年:2008/01/21(月) 01:36:14 ID:txTKI1OW
>>87
室町幕府自体草創期から有力者連合政権だったから、
野心のある者が出てくれば持たなくなって終わりなの当たり前。
そもそも戦国以前に何度も内乱、内戦だったし、没落の決め手になったのも足利一族の争い。
これほどダメな政権も珍しい。

91 :人間七七四年:2008/01/21(月) 01:43:49 ID:zyf+CrEm
でも明応の政変が無ければ中央政権として復活した可能性があるのも凄い話ではあるw

92 :人間七七四年:2008/01/21(月) 07:12:22 ID:oKVCsb6Q
市川團蔵が演じていた足利義昭が一番しっくり来る。

93 :人間七七四年:2008/01/21(月) 07:52:17 ID:aKgjHDa/
つーか、実権を握ってた箕作六角と戦って、実権を持たない六角宗家と戦わなかったのは当たり前だろ

94 :人間七七四年:2008/01/23(水) 23:57:56 ID:OT8KRvEh
武田信玄が首尾よく上洛を果たしたとしても今度は信玄の傀儡と成り果てていたであろう

95 :人間七七四年:2008/01/24(木) 00:27:48 ID:ewceVP6e
>>89
そういう意味でも足利ってやっぱ武家の名門だよなw
武士が一番輝いた戦国時代を招いたんだからな

96 :大井夫人:2008/01/24(木) 20:44:30 ID:l8V1b3vN
将軍・足利義昭さまは、織田信長どののお力にて将軍になられましたが、信長どのの思うがままにされるには、少しょう若かったのかもしれませぬ

97 :人間七七四年:2008/02/13(水) 14:12:23 ID:7/VnFOK3
>>96
坊主だった期間が長かったから、世間知らずだったんだろう。
将軍家の威光など、随分昔に落ちていたことにも気づかなかったわけだし。

98 :人間七七四年:2008/02/16(土) 11:53:38 ID:xYnVj2Fe
包囲網のころ、奉公衆ってどれくらいの数動員できたの?


99 :人間七七四年:2008/02/16(土) 12:56:40 ID:KQXsJcgJ
>>97
お前のは20年前くらいの史観だなw
義昭の時期も足利将軍が一定以上の権威を保っていたのはあきらか。
でないと信長だって利用しない。

だいたい将軍家の威光が地に落ちているのなら、何故に2次にわたり信長包囲網を
構築できたんだよw

義昭の失敗は自前の強力な軍事力構築に失敗した(信長がそれをさせなかった)事に尽きる。

100 :人間七七四年:2008/02/16(土) 14:29:37 ID:ASkxBpex
一定の権威っても、かなり不自由な権威だけどなw
義満の頃のような絶対君主になれると義昭は思ってそうだが。

>だいたい将軍家の威光が地に落ちているのなら、何故に2次にわたり信長包囲網を
>構築できたんだよw

信長が勢力を伸ばすのが嫌な勢力が個々に戦ってただけでは?
朝倉とか空気読んでないしw
共同戦線とか全然張れてないから、脅威は本願寺、遠国の毛利と武田ぐらいっしょ。

101 :人間七七四年:2008/02/16(土) 16:20:12 ID:RcM1PeQ3
>>99
もとから信長と敵対している、利害がぶつかる大名に手紙おくっただけ。
義昭が反信長包囲網をつくったなんて妄想もいいとこ。

102 :人間七七四年:2008/02/16(土) 16:36:17 ID:KQXsJcgJ
アホか。「将軍」と言う地位にある程度の権威と求心力があったからこそ「包囲網」と呼べるような
政治的状況を作り出せたのだろうが。

「信長に敵対している者同士なら誰でも簡単に連係させられる」って思うのは、例えば今の日本で
「反自民の野党なら、オレが手紙出しただけで連係させられるよ」って言っているのと同じだということを
何故に理解出来ない?
呼びかけ人には呼びかけるなりの物が無いと、人を動かす事は出来ないんだぜ。

103 :人間七七四年:2008/02/16(土) 17:28:53 ID:RcM1PeQ3
>>102
>信長に敵対している者同士なら誰でも簡単に連係させられる
この認識がそもそも間違い。連中は手前勝手に信長と戦っただけで、連携なんてない。
せいぜい朝倉と浅井くらいか。あとは、状況に応じて戦っただけで、例えば信長が浅井を
攻めている間に六角が蜂起したとしても、それは信長の留守中に自分の失った権益を取り
戻そうとしているだけで、「信長の背後をついて浅井を救援しよう」なんて意識はカケラも
ない。
そういった連中を自分の利益のためにとりあえず纏めようとしたのが信玄であり顕如。
義昭の手腕なんかどこにもない。

104 :人間七七四年:2008/02/16(土) 19:26:37 ID:KQXsJcgJ
>>103
パーなのか君は?

じゃあ何で信長はその、何の影響力も無い義昭を頂いて、そして信長包囲網には何一つ関係の無い
義昭を追放するはめになったんだ?

信長は無駄な事をするのが好きな武将ですなあw

105 :人間七七四年:2008/02/16(土) 20:56:55 ID:RcM1PeQ3
>>104
パーなのか君は?

実際に信長追討の手紙を出して、反信長の起兵をおこなっている義昭を放置なんて
できるわけないだろう。
それから影響力の有無と強弱は別だ。信長は上洛して京を支配する大義名分として
足利将軍の影響力を利用したが、それが通じるのは当時はもう精々京と畿内周辺で、
とても全国に通じるもんではない。

義昭は信長を倒すために手紙を出して見方を誘ったが、手紙に応じたのは義昭とは
関係なしに信長と敵対していたか、する動悸がある連中だけ。上杉は徳川は義昭の
手紙を無視して信長と同盟。畿内の諸豪族にも筒井や荒木など義昭を見捨てるものが
でているありさま。
そして義昭には命令権もなければ指示を出した痕跡もない。彼がやったことはただ
信長を倒せと目標だけが書かれた手紙をだしただけ。
これで、義昭が包囲網を作ったなんて妄想もいいところ。

106 :人間七七四年:2008/02/17(日) 21:24:37 ID:eXzcTIxq
>>105
> それから影響力の有無と強弱は別だ。信長は上洛して京を支配する大義名分として
> 足利将軍の影響力を利用したが、それが通じるのは当時はもう精々京と畿内周辺で、
> とても全国に通じるもんではない。

おやおや?主張が後退してるぞ?w

107 :人間七七四年:2008/02/18(月) 01:31:23 ID:j3t3z4sk
たしかに。
六角に浅井を助けようなんて気はまったくないだろうな。チャンスさえあればゴタゴタにまぎれて漁夫の利で小谷落とそうとスラ思ってそうだなw


27 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)